三輪
「秋山。いい季節になったな」
「……なんだ急に」
体育の授業で虎太郎とペアを組んだ三輪真司は、女子達の方を眺めながらニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべている。六ミリで刈り上げられた坊主頭がチャームポイントだ。
「半袖Tシャツとハーフパンツから伸びる白くて柔らかな手足。あ、運動部の焼けた肌も最高」
「……」
虎太郎は反応に困り、と言うよりも反応するべきではないと判断にして三輪を無視する。
「透ける下着……おっと、ボールがぶつかったわけでもないのに鼻血が」
三輪は言いながらポケットティッシュを鼻に詰める。
「秋山は黒髪の清楚系美女が好きだったよな」
「……」
「俺は金髪の巨乳ギャルが好きだ」
(なんの宣言だよ)
無視をされても三輪は止まず話し続ける。
「そして俺は、汗をかいた女の子の匂いも好きだ」
「もうやめときな」
ストレッチをしながら耳元で囁かれ続けることに耐えかねた虎太郎は、ようやく三輪を制止した。
「秋山。お前は自分を押し殺している。もっと曝け出していいんだぞ」
「……どういう、意味?」
「むっつりは悪いことじゃないが、オープンは心が晴れるぞ」
(そっちかよ!)
三輪の脳内はエロいことでいっぱいなようだ。
「好きな体位は?」
「まだ続けるんだ……」
止まらない三輪に呆れる虎太郎はこのストレッチが早く終わることを願う。
「秋山はMだな」
「何が?」
「攻めよりも攻められる側だ」
(ああ……)
もはや言葉が出ない虎太郎に三輪は楽しげに話し続ける。
「俺調べによると、黒髪清純系が好きな奴は高確率でMだ」
「へ、へぇ〜」
「そして、俺調べによるとうちの女子たち、神谷は──」
虎太郎は三輪の言葉を環境音か何かだと思い聞き流すことにした。
それからも三輪は、反応が薄い虎太郎へ執拗に語りかけた。もはや一方的に話している状態だったが、何やら仲間でも見つけたかのように嬉々としていた。
「俺も、昔はむっつりだったんだ」
体育のストレッチも終わりようやく解放されると虎太郎が安心していたのも束の間、バレーボールのトス練習でペアを作るように指示が出たため、そのまま三輪と組むようになてしまった。
「だが、オープンにする快感を知ってしまった」
「露出狂とかになりそう」
「大丈夫。法は犯さない」
「あ、そう」
ダムダムポンポン、ボールが弾ける音と、クラスメイトたちの楽しそうな声に、二人の下品な会話は紛れル。
「秋山は好きな人とかいないのか?」
「いないよ」
「ふーん。ちなみに男と女だったらどっちが好き?」
「え……それは普通に女子だけど……男子を恋愛対象として見たことはないかな」
「ほぉ〜」
(な、なんだ……?)
何やら含みのある吐息を漏らす三輪に怪訝な目を向ける。
「俺は、どんな性癖(恋)であっても応援するぜ」
「は、はぁ……」
誰かを応援しているのか、三輪は慈しみを含んだ眼差しをしている。それがどういう意味なのかさっぱり分からない虎太郎は、触らぬ神に祟りなしと授業の間は不干渉を貫いた。
体育の授業が終わり窮屈な制服へと着替える最中。三輪は国分と共に連れションへと行っていた。
「太一、聞いてきたぞー」
「どうだった?」
「秋山は好きな人いないって。よかったな」
三輪は暖かい目で、隣に立つ国分を見つめる。二人で並んで便器に向かって己を解放しながら。
「俺はどんな恋でも応援してるぞ」
「なっ!? 恋って、お前なんで知って……」
「ふっ、好きな人を聞くってそういうことだろ」
「さ、さすが三輪だぜ」
自分が恋していることに気づかれたことに慄く国分は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「俺、分かりやすいか? 他に誰か気づいてる?」
「いや、誰にも。俺も頼まれなければ気づかなかった」
「そっか」
「安心しろ。言いふらしたりなんてしないから」
「三輪……」
親指を立てる三輪は先に用を済ませトイレを後にする。その背中を追い見つめる国分はなんてかっこいい漢なんだ! と瞳を輝かせた。
「玲那が好きってこと、バレちまってたのか……」
少し遅れてトイレを脱する国分の独り言は、水とともに排水口へと流れて消えた。




