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8.抜け出せない罠

 

 言いたいことは山ほどあった。


 どうしてわざわざフレイに依頼しにきたのか、とか。

 庶民の手を借りなければならないほどなのか、とか。


 けれども頷いてしまった。

 思い焦がれた意中の人に手を伸ばさんとする依頼人の顔を見て。


「……わかりました。精一杯お役に立てるよう努めさせていただきます」


 隣でケビンが驚いていたが、結局はフレイの意志を尊重してくれるのだ。

 協力者であり、面白いことが好きな彼ならば、きっと乗ってくれるだろうとわかっていた。

 だからこその独断。


 しかしこの決断があまりに早計だったとフレイはさっそく後悔することになる。


「じゃあ、しばらくここに滞在してもらおう。仕事のことは心配しないでくれ。予約済みの数名の依頼人たちにはこちらから誠心誠意説明させてもらうから。もちろんこちらの都合によるキャンセルだからな、迷惑料も支払ってくるから安心してくれ」


「え、はあ? ちょっ」

「大丈夫。もし家に大事なものがあるなら取りに行かせるし、泥棒の心配があるならこっそりと警備の者を置こう。もちろん生活に必要なものはこちらでいくらでも準備できるから、困るようなことはない」


 端正な顔が流れるように困ることを言う。

 何せこの男、「もう家(工房)には帰らせない」と言っているのだ。


「困ります! そんな勝手に。私たちにも都合ってものが」

「君たちを帰らせると、俺は困るんだよ。これからもっと詳細に話を詰めたいし、俺が考える今後のストーリーも話しておきたい。それにここで君たちを帰らせてしまったらこの話がどこかで漏れるかもしれないだろう?」


 さも当然とばかりにジールは首を傾げ、フレイは奥歯を強く噛み締めた。


(嵌められた……!)


 わざわざ宮殿に呼び寄せたのはこのためだったのだ。

 のこのこと赴いてきたフレイたちを、きっと彼はしたり顔で見ていたに違いない。


「もちろん俺も心の通った人間だ。どうしても帰りたい用事があると言うなら、厳重に警護させてもらうことにはなるが外出してもらって構わない。……ただ、ほら、万が一にここでの話が外部に漏れたとなれば、真っ先に疑うのは君たちになるわけだけど」


 牽制と脅迫。

 あまり考えたくないことだが、フレイたちがいくら口を塞いでいたところで、事実を捻じ曲げ嘘の行動をでっち上げることは造作もないだろう。金も権力もあり、なんせ庶民に仕事を依頼してくる王子だ、考え方も常人のものとは異なっている。


 事態の悪化を防ぐため、フレイはきゅっと口を噤んだ。ただ眉間には力が入る。


「さすがにそのままの君をアレンには会わせられないだろ。せめて貴族の生活に慣れてもらわないと」


 だから宮殿で過ごせ、と。

 フレイの険しい顔には気づいているだろうに彼は涼しい顔を崩さなかった。

 全ては計算通り、想定内なのだ。


「君たちと俺たちでは生活もマナーも、常識も違っている。君にはアレンの気を引きつけてもらわないと困るからさ、まずは貴族の行動を身につけてもらいたい。ああ、もちろん別に報酬は渡すつもりだ。昨日の紙切れは手付金さ」


 庶民なんか、王子が相手にするわけがない。

 フレイがずっと疑問に思っていたことに対する答えがこれだった。

 ジールはフレイを貴族令嬢に仕立てようとしている。付け焼き刃でどれだけ庶民っぽさが消えるかはわからない。無茶苦茶だ、とも思う。だが、できなければ仕事にならない。

 ジールも腹心の使用人たちも貴族令嬢にするべく躍起になるだろう。そんな状況で簡単に「できない」とは言いづらく、重圧も相当なものになる。

 請け負わされた仕事の難易度を改めて突きつけられた気がした。


「確か言ってなかったな。まずは一年、貴族の生活に馴染んでもらいつつ人脈づくり。俺とリーゼの仲もその間に好きなだけ調べるといい。で、あとの二年でアレンを誑し込んでほしい。この計画、三年計画だからそのつもりで頼むな」

「さ、さんねん……!?」


 ジールが指を鳴らすと、使用人によって目の前に金貨いっぱいの袋が置かれた。

 これはおそらく彼の言う手付金。一年以上遊んで暮らせるお金を簡単に出してくる神経に頭がくらりとした。


(これが貴族の感覚というなら、慣れるなんて全然思えないわよ)


 山盛りの金貨を前にして目を逸らせず固まった。

 その様子をジールは満足そうに見つめ、喉を鳴らして笑う。


「君、たしか勉強は好きだったろう?」


 こともなげに微笑む美男子が悪魔のように思えた。

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