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46.演技なの?素顔なの?


(はあーーー、不覚だわ!)


 デートから帰ってきてからというもの、フレイはずっと後悔ばかりだった。

 アレン相手に赤面、だなんて、あり得ないことだと言うのに。


 考えれば考えるほど、頻繁にアレンの顔と声と行動が頭を占めて。

 再び赤面しそうになるのだから、それが気に触るフレイにとってストレスは溜まる一方だ。


 寝て起きてもそれは治らず、今もまた顔を覆って大きな溜息を吐いた。


「なあに。フレイ。そんなに溜息ばかり」

「コルネリア様……ええと、なんでもありませんわ」


 顔を覆う指の間から目だけを向けて、フレイは首を振る。


(情けないわ。コルネリア様にこんなところを見られるなんて。でも)


 コルネリアの前で赤面しようものなら何を言われるかわかったものじゃない。

 お茶の誘いは断れなかったので、顔は隠すことにしたのだ。物理的に。


 椅子に座ってから顔を隠し続けるフレイを横目に、コルネリアはカップに口をつけた。


「溜息ばかり聞かされて、お茶も冷めてしまったわ。何もないなんて、そんなわけないでしょう。いい加減に白状してはいかが?」

「なにも、ございません」


 そう答えれば、今度はコルネリアが一度溜息を吐いた。


「はあ。まあ、あなたがその気なら、別に話さなくても結構よ」


 諦めたようにコルネリアが言うので、お茶会は解散かと思った。

 しかしそれは甘い考えだった。


「勝手に話すから、あなたはずっとそうしていらっしゃいな」


 無情な一言で、お茶会という名のコルネリア小言の会は続行された。

 コルネリアの独り言は、フレイの心臓を大きく抉ってくる。


「昨日のアレン様とのデートはどうだったのかしら」

「……」

「まあ、とても楽しかったようね。何よりだわ。警備隊からもお話を聞きましたが、仲睦まじい様子だったようで、ねえ?」

「……っ」

「民衆の反応もとても良く、愛し合う二人の姿を一目見ようと大きな人だかりができたこともあったそうね」


 にこにこと笑うコルネリアだが、隙間なく顔を覆うフレイは無反応を貫いた。


「……ええと、何だったかしら。たしか、ずっと手を繋いで、見つめ合って、微笑み合って?」

「!!」

「”真実の愛”を語る恋人たちのように、目を輝かせて、少し頬を紅潮させて? 二人だけの世界を作り出していたとか?」


 ふふ、と時折はさむ笑い声。楽しそうに語るコルネリアだったが、フレイの羞恥心は限界だった。


「もう、やめてください!」


 とうとうフレイは遮った。震わせた拳は膝の上だ。赤面はとうとう晒されてしまった。


「あらまあ、かわいらしいこと」


 恨みがましい視線をやっても、コルネリアが怯むわけもなく。

 ころころと笑う顔は嫌味一つなく上品だ。


「やはり“真実の愛”はこうでなくては。アレン様と一緒に出掛けられて、楽しかったのでしょう? 演技なんてしなくても、心から。今さら嘘を吐こうなんて考えないことね。その顔で、いくら違うと言われても全く信じられませんよ」

「これは」


 図星だった。コルネリアが見透かしたように笑うので、フレイは嘆息した。諦めたのだ。


「……はあ。仰る通り、です。楽しかったことは楽しかったんです。演技されていたので、優しく接してくださいましたし。だから、私の心の弱さにはがっかりしましたが、楽しく過ごせたことはそうおかしいことではないんでしょうけど。ただ……時折どちらのアレン様なのかわからなくなることがあって、それがずっと引っ掛かっていて」


 デート中、彼は、フレイが本性を知る前の彼だった。

 優しく聡明な、誰もが憧れる、模範的な王子様のようなアレン。庶民のフレイが想像するような、物語の主人公のような、お姫様を助け出すような、王子様だ。

 そんな彼との会話が思いのほか楽しく趣味も合い、いい意味で予想外だったからこそフレイは惹かれたのだし、大事にしなければと使命感に駆られ王子の体裁を守るための行動をしたりもした。


 そんなアレンの姿なのに、時折、本性が見えた。口端をぐっと上げて笑う顔とか、肩をすくめる様子だとか、笑っていない冷めた瞳の奥だとか。


 もしかしたらフレイの思い込みなのかもしれない。素の姿を見てしまったから、そう思ってしまっただけなのかもしれない。

 けれど、混乱した。この瞬間のアレンは演技なのだろうか。一度思ってしまえば、ずっと考えてしまう。すると一層わからなくなってしまった。


 赤くなっていた頬を撫でながら眉間に力を入れた。眉が寄る。


「まあ怖い顔。しわができちゃうわよ。けれどそれを聞いてわたくしは安心したわ。そんなに悩む必要があるかしら。どちらのアレン様も、一人のアレン様に違いないのよ? ただ演技をしているかしていないかだけ。──演技をしていると、本人が自覚しているかしていないかの違い、かしらね」

「素を知ってしまった私に対して、演技が雑になってきているということでしょうか」

「あらあ違うわよ。フレイに、気を許しているんでしょうよ」


 コルネリアの言葉にさえ嬉しくなってしまうとは、情けなくて口を尖らせた。


「……それはそれで、困るんですけどね……」

「恋は、笑ってこそ楽しいものよ。”真実の愛”は難しく考えていては実らないもの。温かいお茶でも飲んでリラックスなさい。……淹れ直してくれる?」


 使用人に指示を出すコルネリアをぼんやりと見つつ、フレイは納得とばかりに頷いた。


(それはそうよね。頭で考えていては、公の場での婚約破棄なんてあり得ないもの)


 運ばれてきた淹れ立ての紅茶の香りを感じながら、厄介にもアレンに抱いてしまった恋心を完全に自覚し、そして封印する方法を考えていた。


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