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13.迎えた社交デビュー

 よく晴れた日だ。

 心地よいそよ風を真新しいドレスで受けながら、フレイは長い髪を押さえた。


(長かった……長かったような、短かったような?)


 思い返すのは、マナーと教養を叩き込まれる怒涛のような日々。

 早く終わればいいのにと思いつつも、終わってほしくないとも願い続けた。なぜなら、終われば待ち構えているのは王子の誘惑。

 できるのかもわからないし、できたとして許されることなのかもわからず、もしかしたら捕まってしまうことだってあるかもしれない。

 本国と隣国との板挟みのような状態に胃がキリキリと痛む。

 いろんな感情が渦を巻き、うまく乗り越えられないまま、フレイはここに立ってしまった。必死の願いは届かなかった。


「……社交デビュー……私に務まるかしら」


 王宮で開かれる社交パーティー。フレイはこれからそれに参加する。

 デビュタントに渡される花を胸に取り付け、貴族の令嬢として振舞わなければならない場だ。

 初めての場所、そして空気に、緊張するなというほうが無理な話で。

 形の良い眉がわずかに寄る。


 所作は家庭教師にお墨付きをもらった。「この歳でよくここまで!」と感心もしてくれた。けれど実践はこれが初めてだ。正直なところ自信はない。いくら練習で上手くできていたとしても、本物のパーティーはやはり勝手が違うだろう。


(それに、気が散るに違いないもの)


 授業のときはその間、マナーのことだけを考えていればよかった。姿勢を正し、指先にまで力を込めて、口端は上げて。けれど、このパーティーでは他に考えなければならないことがある。


 このパーティーには、王子アレンが現れる。


(……うう、とうとう依頼遂行ね。誘惑ってなんなのよ。リーゼ様もいらっしゃるっていうのに)


 もちろん婚約者を引き連れての参加である。

 幸せの象徴であるかのように、婚約中のアレンとリーゼの二人を国中が見守っている。アレンは元より、リーゼもまた美しく聡明で、女性の誰もが憧れるほど。

 その目の前でアレンの目を引かなければならない。正気の沙汰ではない、というのが本音である。


「だいたいあんなに美しい婚約者が傍にいて、気を引けるものですか。ほんとに黒王子の考えは読めないというか、無謀よね」

「──何か言ったかな」


 ぎょっとして振り向くと、案の定ジールが佇んでいた。彼もまたきっちりとめかし込んでいる。

 こうやって見れば、間違いなく美男子であり王子でもあるのだが、フレイはもう見た目では誤魔化されないほどいろいろ知ってしまった。


 素知らぬ様子で首を振った。


「いいえ、何も。それより本当にいいんですか。私の付き添いだなんて」

「ああ、いいんだ。俺の連れであればアレンとの対面もスムーズだろう?」


 そうかもしれない。

 が、パートナーの行動としては不適切だろう。

 フレイは隠すことなく、軽く睨んだ。


 ジールがフレイの工房を訪れてから一年。

 いまだに何を考えているのかさっぱりだけれど、ある程度素で話せるようにはなってしまった。

 フレイが貴族風に化けたときには大爆笑されたし、計画を進める上で対立したりもした。

 王子と庶民の立場ではあり得ないことだが、ジールにとっては気楽な遊び相手なのかもしれなかった。であれば納得もする。


 フレイの人生を、一年の間にがらっと変えてしまったのだから。


 普通の人生を歩んでいれば、もちろん王子と知り合うこともなかったし。

 宮殿で過ごすこともなかったし。

 まして、貴族と同様の教育を受けられることも、苦しいドレスを着ることもなかった。

 それから、よりによって自国の王子を誑かすために、貴族になることもなかったのに。


 手袋をはめた掌を差し出しながら、ジールは目を細めた。

 その満足そうな顔は、人生をすっかりと変えてしまった一番の揉め事を思い出させる。


「そろそろ時間かな。さあ、行こうか」

「……本当に行くんですか」

「もちろんだ。そのための準備をしてきたし、君もそのために雇ったのだから」


 最後の足掻きとばかりに手が宙を彷徨っていると、ジールの手のひらがそっと添えられた。

 見た目からは想像できないほど力は強く、離せない。まるで逃がさないと言っているかのように。


「覚悟はいいか。まあ、もちろん駄目だと言っても今更聞けないが。──覚悟を決めろ、公爵令嬢フレイ・フォン・クラニコフ」


 そう言ったジールは、人生を変える一番の揉め事──かつて「爵位なんて金で買えるのさ」と言い切ったときと同様に、やはり悪魔のような顔で笑った。


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