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1.その婚約破棄、計画通りです


「リーゼ嬢、あなたとの婚約はなかったことにしてもらおう!」


 煌びやかな夜会の最中。

 ダンスのための演奏を止めさせて、第一王子殿下アレンは声高らかに言い放った。


 アレンの前には、真っ直ぐ姿勢を正す、たった今まで婚約者であったリーゼがいる。

 リーゼはドレスをぎゅっと握りしめて立ち尽くしていた。


「なぜ、ですの。理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」


 幼い頃に決められた婚約者。

 リーゼはずっと王妃になるためにと教育も受けている。これまでの努力は何だったのかと、その理由と思われる元凶に目をやった。


 胸を張るアレンの後ろ、背中に縋り付くようにくっつく女性──フレイである。

 ちょうど一年前、社交デビューから突然現れてはアレンとリーゼの周りをうろつき始め、今ではすっかりアレンの隣にいるフレイの存在が当たり前になってしまった。


「理由? 身に覚えがないとでも?」

「──ありませんわ」


 そっと目を伏せたリーゼを嘲笑うかのように、アレンは顎を上げた。


「知っているぞ。あなたが私を愛してなどいないことを」


 愛。

 今まで彼の口から聞いたことのない単語に、思わずリーゼは背後のフレイを見て、同時に眉を寄せた。

 何に影響されたのかは明白だった。


「……恐縮ながら、わたくしたちはお互いの家のための婚約。わたくしは王妃となるために教育を受けておりました。貴方様の隣に並び、恥ずかしくないように。貴方様のお力になるために。……たしかに恋愛ではないかもしれません。けれども恋愛だけが愛ではないと思いますわ」


「そうだ。それもわかっている。あなたには長い間苦労をさせたことだろう。ただ私はもう伴侶を決めてしまった。ここにいるフレイ嬢だ」


 その場にいる全員の視線が、フレイへと移る。

 背に隠れているとは言え、怯えた様子も戸惑う様子もない。

 淑女としての体面は心得ているように見えた。


「彼女もまたこの短期間で大きく成長している。王妃のための勉強も滞りなく進み、彼女が王妃となったとしても何も揺らぐことはない」


 だから、とアレンは力強く頷いた。


「あなたとの婚約は今をもって破棄させていただく!」


 低音の心地よい声がホールに響いた。

 いくらでも聞いていたい声だが、口から出る内容は婚約破棄。

 周囲の人間たちが、王子が公衆の面前で一体何を言い出したのかと顔を顰めた──その時。


「アレン!」


 黒髪の青年が立ちはだかった。


「今、婚約破棄と言ったか? 彼女は何か問題を犯したのか?」

「……ジールか。いいや? 何も」


 隣国トランブールの王子ジールは、アレンと顔馴染みである。

 同盟国であり、歳も同じ。未来のためにと彼らは幼い頃から付き合いがあった。


「見損なったぞ! お前が、こんな……しかも大勢の前で、婚約破棄などと口にするとは!」


 視線からリーゼを守るように自らの背中を差し出した。


「仕方ないだろう。私の真実の愛は、彼女ではなかった。それだけだ」

「……後悔するぞ」

「はは、しないさ」


 鼻を鳴らしてアレンは笑う。

 それを受けて、ジールはぎりと奥歯を慣らしたのち──不敵ににやりと口の端を上げた。


「じゃあ問題ないな? 俺が婚約を申し込んだとしても」


 人々が息を呑んだ音がした。

 気づく者は早々に気づく。なぜならこの流れはもう慣れ親しんだそれ。

 ざわりとした空気の波を押し込むように、ジールはリーゼに向かい合った。


「──リーゼ嬢。このような場で言うのもおかしな話だが、俺と一緒にきてくれないか。アレンのことなんか忘れて。必ず幸せにするよ」


 跪き、差し出されたごつごつした手をリーゼは見下ろした。固唾を飲んで見守る人々。

 逡巡したのち、そっと手を重ねた。


「……ええ。ありがとう、ございます」


 教育を受けていたとはいえ、信じていた相手からの突然の婚約破棄宣言に心は削られたのだろう。小さく肩を震わせていたリーゼが弱々しくも微笑んで、周囲はわあっと歓声を上げた。

 これこそ真実の愛。そう口に出す人間はいなかったが、この場を出れば、そう言ってもてはやすことだろう。間近で見られた大団円に、周囲の人間もおおむね好意的な反応だった。


(ああ、やっとこれで長かったお勤めも終わり。ようやく解放されるのね)


 婚約破棄を宣言したアレンの背後で、様子を伺っていたフレイはぐっと拳に力を込めた。


(こんなに長いお仕事は初めてだったけど、無事に婚約破棄、周りの視線も良好。想い合う二人が結ばれて、これこそ幸せな”真実の愛”! ってね。あとはそっと私が消えれば莫大な報酬も手に入り、私も一緒に幸せになれるのよ)


 アレンの背中にしがみついたまま、ふふ、と微笑んで、フレイは心の中で祝福をした。

 一瞬目が合ったジールもまた幸せそうな顔で。

 充足感を味わいながら、「今日の夜は祝杯ね」と一人ほくそ笑むのだった。




 これは、フレイが自身の幸せ(お金)のために、他人の”真実の愛”を壊しつつ、新たな”真実の愛”を育むために奔走する……物語である。

ご覧いただきありがとうございます。

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どうぞよろしくお願いします。

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