長老の呟き
先祖代々この地に暮らしてきたが、こんなことは初めてじゃ。
まさか部落の奥にビッグヴァイパーが住み着くとは。
あ奴のお陰で獲物がだんだんと減ってきておる。それに危険だからあまり近づかないようにしておるが、そうすると木の実やキノコもあまり取れなくなってくる。何とも悩ましいところに住み着きおったものじゃ。
部落で猟師をしておる若手がビッグヴァイパーを退治すると出かけたが、一番腕のいい者がやられた。
どうやら仲間を助けて犠牲になったようじゃ。
まだ娘も小さいというのに、痛ましいことじゃ。嫁が気丈にしておるからか、娘は何が起きたのかわからんようじゃ。何としてもこの母娘の面倒を見てやらねばならん。
腕のいい猟師がやられたせいで、戦える者が幾人か部落を出て行った。部落の者たちと集まって話をしたが、どうしても部落を捨てるという決断はできん。ここはワシらの先祖が大陸の西から命からがら逃げてきて、何もないところから開いた場所じゃ。苦労して部落を作ってくれたご先祖に顔向けできん。
もう一度部落に残った猟師たちがビッグヴァイパーを退治しに出かけた。この部落を残すために、皆必死になっている。
ワシは間違ったのかもしれん。今回も猟師たちがやられてしまった。また一人みなしごになってしもうた。この子は気難しい子で、部落の子供とはあまり馴染んでおらん。
ただ一人、先にビッグヴァイパーにやられた男の娘とは仲が良いようじゃ。食料など部落で面倒を見るから、あの母娘に預けるか。
部落に余力があるうちに移転していた方がよかったのかのう。
何物にも代え難き命を失ってしもうた。ワシはあの子らに何と言って詫びればいいのか。
子供を預けたあの母娘のうち、母親の方が病で亡くなった。なんということだ。父親だけでなく、母親までこんなに早く亡くすとは。
残された娘がなんとも不憫でならん。
幸いあの子たちは、食料さえあれば自分たちでやっていけるようだ。苦労をかけるが、いたしかたない。今の部落は、皆自分たちのことで手一杯になっておる。
猟師たちがおればまだいくらかよかったが、もう部落にはビルしか残っておらん。あやつもみなしごになってしもうた子供二人のことを気にかけてくれておるが、なかなか手がまわりきらん。
二人はたまに部落を抜け出しておるようじゃが、止めようにも今の部落の状態ではひもじいだけじゃろう。あの子たちが自分で食べ物を探すと言うなら止めることはできん。何ともしようがない。
あの子たち二人が外へ出たまま帰ってきておらん。どこへ行ったのじゃ。
ビルが慌てて探しておるがどこにも見当たらんようじゃ。魔物にでもやられたかと思ったが、ビルが言うには、部落の外にヒト族の気配があったようじゃ。拐かされたのかもしれん。大陸の西側では、ワシら獣人を奴隷にしておると聞く。何とも可哀そうな事じゃ。親をなくし、ひもじい思いをするだけでは足りなかったというのか。
神様どうかあの子たちを助けてやってください。あの子たちのためならこの老いぼれの命を捧げます。どうかあの子たちが辛い思いをすることのないようにしてやってください。
毎朝思い浮かべるのはいなくなった子供の笑顔じゃ。
ワシには見せてくれた屈託のない笑顔は天使のようじゃった。
どうかあの子たちが無事でありますように。
門番のサジークが血相を変えてうちにやってきた。
子供たちが帰ってきたと、エルフに連れられてきたと言っておる。まさかと思って外に出てみると、笑顔を見せながらあの子たちが帰ってきた。神様、ありがとうございます。こうして元気な二人を返してくれてありがとうございます。涙が次から次へと溢れてくる。もう涙も干からびたと思っておったが、これほど残っていたとは。
子供たちを助けてくれたのはヒト族の若い男じゃった。あの子たちの懐きようを見れば良い人だとわかる。その若い男が部落のために魔物を討伐してくれると言う。ムリじゃ。部落の者が何人もやられている魔物なのじゃ。危険すぎる。
じゃが若者はワシが止めても聞き入れてはくれなかった。せめて道案内だけでもと思いビルに同行してもらう。怪我などで済めばよいが、何とも無事に帰ってきてほしい。
驚いた。
ビルの話では、幼子が魔法で仕留めたということじゃった。信じられん。犬人族の子供かと思うたが、魔法が使えるとは。
ワシら獣人には魔法が使えんと思っておった。唯一の例外が若者が連れている狐人族のはずじゃ。それがあの大きな蛇の頭を凍らせるほどの魔法を使うとはたまげた。
部落のために魔物を倒してくれた若者たちのために宴を開いた。
食べるものは少ないが、あの若者たちへの感謝を忘れては獣人の面目が廃る。じゃが、若者が倒した魔物の肉を提供してくれたのはありがたかった。あの山のようなカラアゲがなかったら、寂しいものになっておったじゃろう。
それにしてもこのような食べ物があるとは、長生きはしてみるもんじゃのう。
宴に提供してくれただけでなく、魔物の素材や肉すべてを部落に提供してもらった。あれほどの魔物であれば、相当な財になるだろうに。惜しげもなくワシらに使ってくれと言うておった。
早速解体して素材や肉を取り分けよう。あれほど大きな革であれば、王都に持って行けばかなりの金額になる。それを元に食料が手に入るじゃろう。しばらくはこの部落の皆が食うていける。ありがたいことじゃ。
若者たちはすぐに出発すると言う。
もう少しゆっくりして行ってもいいと思うのじゃが、ワシらに遠慮しているのかもしれん。そして旅立つに当たって、あのみなしご二人を引き取りたいと言ってきた。
あの二人は部落のために死んでいった者たちの忘れ形見じゃ。何とか部落で面倒を見たいと思うておったが、果たしてそれはあの子たちにとっていいことなのじゃろうか。
あの子たちは部落でもあまり見せなかった笑顔で、あの若者のそばにおる。このまま二人を旅立たせてやった方が、あの子たちにとってはいいことなのやもしれん。何があの子たちにとって幸せなのか、このまま見送ってやる方がいいかのう。
部落に来た若者やエルフの方に、あの子たちをお願いした。
寂れたこの部落にいるよりはあの子たちのためになるじゃろう。それに、いつでもここへ帰ってきてよいのじゃ。そう思ってあの子たちを送り出した。
いただいた魔物の革を鞣し、肉を干して保存できるように加工した。
魔物が大きかったので、とんでもない量の革と肉が手に入った。これらを王都へ持ち込めば、どれほどの麦が手に入るやら想像もつかん。
部落の衆も久しぶりの獲物に皆笑顔で作業をしておった。
楽しそうに革を鞣し、どのように料理するか話しながら肉を加工しておる。いつの間にか我が部落に活気が戻ってきた。
これもあの子たちを連れてきてくれた若者やエルフのお陰じゃ。神様、あの子たちを助けてくれてありがとうございます。そして、あの若者たちにめぐり合わせてくれたことに感謝いたします。
部落の者達の笑顔を見ながら過ごしていると、王都より宰相閣下の使いの方が見えられた。こんなことは初めてじゃ。何があったのかと思ったら、若者に引き取られたあの子たちがこの部落のために食料を送ってくれたと言う。
使いの方が何台もの馬車を連ねていた。馬車から降ろされた食料は、麦を始め保存できるものがほとんどじゃが、一年はゆうにこの部落が食べて行ける量があった。
有難いことじゃ。
部落で準備していた魔物の革も肉も使いの方が引き取ってくれると言う。肉は部落で食べる分を残して、あとはすべて引き取ってもらった。代わりに使いの方から受け取ったお金は、これまで見たことのない赤金貨まで入っていた。これだけあればこの部落が何年も暮らしていけるじゃろう。
それにしても、あの子たちは王都で何をしたんじゃろうか?
王様は王女ともども小さな友人ができたと喜んでおるそうじゃ。何か失礼なことをしていなければよいのじゃが、使いの方の様子じゃとそう言うわけでもないようじゃ。心底楽し気にしておるように見える。
王様のことはよく知らないが、王様はこの部落のことをよく知っておるようじゃ。
魔物による被害の手当が遅れたことを頻りに気にされておるという。何ともありがたいことじゃ。こんなちっぽけな部落の事を気にしてくださるとは。
部落の者たちも分かっているのか、あの子たちが住んでいた家をいつも以上にきれいに掃除している。壊れそうなところも修繕していつでも住めるようにしておるようじゃ。
いなくなったときは心配したが、こうして見るとあの子たちは部落に幸せを連れてきてくれた。
まるで、あの子たちが神の遣いになったみたいじゃ。
今度あの子たちが帰ってきたときに吃驚するくらい部落を賑やかにしておこうかのう。そうすればあの子たちも喜んでくれるじゃろう。
レミ、ニナ、お前たちの故郷はこの部落なんじゃ。いつでも帰っておいで。