脳筋
余計な隙を見せたばかりに、宰相がワシを監禁しおった。
何ゆえワシがこんなところに閉じ込められねばならんのだ。
まったくあやつはわかっておらん。
今年も武闘会の季節を迎えておる。
このときをどれほど待ち焦がれていたことか。
日々鍛錬を積まねば、筋肉は衰えるのだぞ。
「鍛錬よりもやることが山積みになっております。どうかお早く決済いただけますようお願いいたします。」
お主、慇懃無礼という言葉を存じておるか。
その手に持っておるのはなんじゃ、ロープではないか。
ワシを縛り付けるというのか。
「陛下、玉座の座り心地がよろしくありませんか。しっかり腰を据えて決裁書の処理をお願いします。」
おい、ワシはこの国、獣王国の王バルガンなるぞ。
その王を椅子に縛り付けるとは何事じゃ。
「陛下、今年も武闘会の季節がやってまいりました。」
分かっておる。それゆえこんなところに居る場合ではないのだ。
筋肉は嘘をつかんのじゃ。日々鍛えねばならん。
早くこのロープを解かんか。
「武闘会を開催するためには会場となるコロシアムはもちろん、参加する選手たちや観戦する者たちの宿、食事をする場所、あらゆる施設をフル動員しなければなりません。通常の宿や食堂などでは圧倒的に足りません。早くこの決裁書にサインをいただかないと対応できなくなります。」
そんなものお主が許可を出せばよいではないか。
「何を仰いますか。ここは王都にございますぞ。陛下のお膝元で、陛下の許可なしに勝手に店を出したり、人を呼び込むことなぞできません。」
ワシが許す、お主の裁量で何とかせい。
「生憎我が獣王国の制度では、宰相の許可ではダメなのです。」
そんな制度なぞ捨ててしまえ。
「お忘れですか陛下。そのように仰った先々代の国王陛下を御諫めするために、この制度を我が祖父が制定したことを。」
お主、爺様の代にまで遡ってワシにこのような嫌がらせをしておるのか。
「とんでもございません。陛下の臣であるわたしは、陛下の安寧のため日々努めております。」
ワシの安寧を望む者が、何故ワシを椅子に縛り付けるのだ。
「陛下の安寧を求めるために、臣である私がお助けするのは当然ですが、陛下御自身の努力も必要なのです。」
こやつめ、どこまでワシの邪魔をするのだ。
「さあ陛下、決裁書はまだまだございますぞ。この山一つが武闘会関連ではございますが、こちらの山に通常業務としての決裁書、嘆願書モロモロがございます。陛下、時間は待ってはくれませぬ、有効に使ったその先にこそ極楽が待っております。」
お主、一体ワシにどうせよと言うのじゃ。
「朝から晩まで筋肉筋肉言ってる暇があるなら、さっさと決済処理をしてくださいということです。」
こやつめ、小さい時からワシのことをネチネチと攻め立てておったな。
そんなことだから嫁に逃げられるのだ。娘はだいぶできた者のようだが。
「陛下、よろしいのでございますか? 何でしたら私の方から王妃様にご報告申し上げますが。」
それだけは止めろ。よいか、それだけはならん。
奥に戻ってからもアイツに攻められてはタマらん。
ワシは王をやめるぞ。
「王子殿下はまだ幼うございます。殿下が戴冠を迎えるにはだまだ時がかかりましょう。陛下、頑張ってください。」
この野郎、だんだん本性を出してきやがったな。
いいから、ワシに筋肉を。
鍛錬のない人生など、塩を振っていない兎の肉ではないか。
そんな味気のないものはいらん。
「味気のない人生を送らぬよう、職務に励まねばなりません。よく言うではありませんか、楽あれば苦あり。逆もしかりでございますぞ。」
こやつめ、苦し紛れに何を言っておるやら。
そんなことでは獣王国の宰相なぞ勤まらんのではないか。
「よろしゅうございます。私以外に陛下を御諫めし、職務に支障をきたさない者がいるのであれば、喜んでこの職を明け渡しましょう。」
待て、お主何を言っておる。
「代わりの者がいるのであれば、いつでも私は城を去りましょう。嫁の里に行って嫁を連れ戻してきますので。」
あれ、何故お主が辞める話になるのだ。
「陛下が先に仰ったことにございます。お主には宰相は務まらんと。私はいつでも職を辞しますぞ。」
ちょっと待て。それではこの書類の山はどうなるのだ。
「そのようなもの、陛下なり代わりの宰相が処理すればよろしいのです。職を辞すれば私には関係ございません。」
そんなことできるわけがなかろう。さっさとこれを処理するがよい。
「それは初めから申し上げている通り、陛下の仕事でございます。何卒早く済ましてしまうようお願いします。」
致し方あるまい。早々に処理してやろう。
こうして獣王国の王都では、日々職務が遂行されていく。
聊か脳みそが筋肉だと言われている獣王の日常であった。
それでいいのか、獣王国。