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ハイエルフの微笑

木々が光り、森が輝く。

光の波は太陽を押し返し、(あまね)く祝福を(もたら)す。

(ざわ)めきは響きとなり、厳かに染み入る。


天界を包むオーロラのように、森に巡らされる光と音に

数多の者が(こうべ)を垂れる。



どうしたというのでしょうか。

まるで世界中の精霊がこの森に集まってきたかのようです。

精霊たちは輝き、歌っています。

森の我が家は光に溢れ、心はずむ祝福に満たされていきます。


皆が四百年振りに生まれた種族の娘、我が孫娘の誕生を祝ってくれているのでしょうか。


これほどまでに祝福されるとは。

感謝の念に堪えません。

溢れんばかりの輝きをいただける生新たな者は、どれほどの幸せ者なのでしょうか。

昨日、ジンが伝えてきたことはこのことだったのでしょう。


『神の祝福。フィルネリアに光がやってくるだろう。』


いつもは(うるさ)いくらいに念話を飛ばしてくる創造神ユリアーネが、今回は何も伝えてくれませんでした。

そのせいなのか、最近はあまり姿を見せなかった風の精霊王、ジンがやってきました。


これまでにも精霊にハイエルフの誕生を祝福されたことはありましたが、これほどの祝福は初めてのことです。

我々ハイエルフは悠久の刻を歩む者。

それが故に、新たな生を迎えることがなかなか難しい種族です。


久しぶりに得た我が種族の新しき生命。

そして、溢れんばかりの光と歌で祝ってくれる精霊たち。

永き生の中で歓喜を失いかけている私たちハイエルフが、心躍るほどの慶事に出会えたことは奇跡と言えます。


この出来事を私たちは次代へと語り継いでいきましょう。




このエルフの森は、ヴォルフ大渓谷からの水の恵みにより育まれ、穏やかな緑に包まれています

そして、森の営みによりマナが溢れています。

私が生まれるよりもずっと以前に、この地の精霊から別れた先祖がこの森に住み始めました。

初めは数人のハイエルフだけでしたが、年が経つにつれてエルフたちもやってきて住み着くようになりました。


森は多くの恵みを齎し、私たち森に住む者の生活を豊かにしてくれます。

それは精霊たちにとっても同じことでした。


風に誘われ集まって来る精霊たちも楽しそうにしています。

この森は、ロンガード大陸でも有数のマナが溢れる場所です。

精霊たちはマナの恩恵で息づいています。


そして、それは私たちエルフにも言えること。

私たちエルフもマナの恩恵を受けています。

もともと私たちは精霊から別れた種族ですから、当然と言えば当然です。


精霊たちは、私たちのように言葉を発するわけではありません。

それでも私たちは、お互いの意思を理解することができます。

言葉にするのは難しいのですが、お互いの表情や身にまとうマナの様子で、言いたいことが伝わってきます。


それが故に、エルフ以外の者が精霊と意思を交わすことはできません。

エルフ以外の者はマナを()ることができないからです。


精霊たちもそのことがわかるからか、あまり街中に顕現(けんげん)することはありません。

自分と波長が合うエルフの元や、マナが溢れている地に集まるようです。



精霊たちの中には、この森以外のところからやってくる者もいます。

彼らは外の世界のことを私に教えてくれました。


私は、彼らから他の森や世界の話を聞くうちに、自分で見てみたいと思うようになりました。

大地の果てにはウテナ湖よりも大きな水たまりがあり、海と呼ばれていること。

広く風が吹き抜ける草原に、多様な生き物がいること。

ヒト族やエルフではない者たちが築いた文化。


どの話も私の心を揺さぶりました。


私はハイエルフとしては変わり者なのかもしれません。

そんな精霊たちの話を聞いているうちに、自分の目で確かめてみたくなったのです。

私はいてもたってもいられずに、他のハイエルフたちを説得し旅に出ました。

自分の想いに従ったのです。


森から出た時の解放感は今でも憶えています。

森に閉じこもっていることが嫌な訳ではありませんが、閉塞感に包まれてしまいます。

初めて見る森の外は、何もかもが新鮮で珍しさに溢れていました。



山を越え、海を渡ることもありました。

噂に聞いていた大陸の西側にはヒト族が多数生活しており、多様な文化を作り上げていました。

でも多くの人々は疲れ、希望を失っているように見えました。

私から見た彼らは、とても生き急いでいるように見えます。


寿命の違う種族であることが、これほどの違いを生み出すのだと気づかされました。


今にして思えば、彼らから見た私は傲慢だったのかもしれません。

失望したとは言いませんが他種族の現実に憂いを感じ、この森に帰ってきました。


旅から帰ってきてしばらくしてから、先代の女王である母から今の地位を引き継ぎました。

女王と言うよりは、族長のようなものです。

国としての体裁を整えるための方便のようなものです。


他の国を周遊してきた私にとっては、国の代表という感覚はありません。

種族の調停者みたいなものです。

なにせ過去に女王を経験した者がまだ何人か長老として生きていますから。



驚いたことに、外の世界から帰ってきた私はこの森に閉塞感を抱かなくなっていました。

精霊たちと共に、日々穏やかに生きることがとても心地よく感じられます。

日常であるこの生活が、これほどまでの安らぎを与えてくれるとは思っておりませんでした。

以前の私の心は荒んでいたのかもしれません。


時を経るごとにこの森への愛おしさが深くなってきました。

まるで我が半身のようです。

精霊たちは私の想いに応じてくれるのか、嬉しそうに私のもとへ来てくれます。

頑是ない子供が母親を慕うかのようです。


精霊たちは、私に多くの安らぎを運んできてくれます。

森の奥にたくさんの花が咲いたとか、この間芽吹いたものが若木に成長したとか他愛のない話かもしれませんが、私はそんな話が嬉しいのです。

一見変化のない森に見えますが、成長していることがそこかしこにあるのです。



新しい生を迎える機会が極端に少ない私たちにとって、子供が生まれたことはこの上ない喜びです。

喜びを喜びとして感じられる今と、この子の誕生を祝福してくれる精霊たちに感謝します。


祝福に包まれた我が孫が、これからのエルフの森やフィルネリアにどれだけの波紋を呼ぶのか。

未来を知り得ぬ身にはもどかしいことではありますが、これだけ喜んでくれる精霊たちには間違いなく吉事なのでしょう。

サフィーネ、輝ける我が孫よ。あなたに幸多からんことを祈ります。


これから起きることがフィルネリアにとってどのような結果を齎すのかは分かりません。

でも、私はとてもいいことが起こりそうな気がするのです。

これほどまでに心が弾んでいるのですから。


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