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想いが何度も繰り返させる  作者: もも野はち助
【本編】

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9/24

9.兄弟

※残酷な描写ありに該当。三男と側近が次男にボコられてます……。

 翌日、アスターは午後からリアトリスと話し合う時間を確保する為、早目に本日分の公務に取り掛かった。

 リアトリスが登城して来るのは、昼過ぎの予定だ。

 それまでに今日の分の公務を終わらせようと、昼食も軽めにして黙々と進める。


 その間、ビオラ宛の手紙も書き、今日中に届けるよう侍従の青年に託した。

 内容的には、例の金のナイフを近々返したいという趣旨で書き、そしてそれはビオラの所為ではなく、アスター自身の問題という事も軽く記載しておいた。

 

 一度受け取った贈り物を返す行為は、確実にビオラの心を深く傷つける……。

 その事を思うと罪悪感で押し潰されそうになるが、それでもリアトリスへの自分の気持ちを自覚してしまったアスターは、その贈り物に込められたビオラの気持ちには、応えられない事をハッキリと伝えるべきだと思った。

 それが中途半端な優しさで、変に気を持たせてしまった彼女への自分なりの責任の取り方だと考えたからだ。


 そんな決意を抱きながら、本日分の公務を大体終わらせたアスター。

 そろそろリアトリスが登城する時間が近づいてきたので、侍女のマイアに声を掛けると、お茶の準備をする為に一度退室して行った。

 隣の机では、公務の補佐をしていたパルドーが処理済の書類をまとめている。


 すると、いきなりアスターの執務室の扉が乱暴に開かれた。

 その大きな音に驚いて二人が同時に扉の方へ目を向けると、かなり苛立っている次兄ホリホックが怒鳴り込んで来た。


「アスター!! お前は先程、侍従の一人にビオラのもとへ手紙を届けに行くよう頼んだそうだな!? 俺に何の断りもせず、どういうつもりだ!!」


 その次兄の言い分にアスターが、あからさまに呆れる表情を浮かべた。


「何故彼女に手紙を送る際、兄上の許可を頂かなければならないのですか? 手紙は誕生パーティーに贈られた品について、個人的に話したい事があるという趣旨の内容です。そもそも彼女は兄上の婚約者ではないのですから、連絡を取る際、兄上にお伺いする必要はないかと思いますが?」


 どこからそれを嗅ぎつけたんだ……と思いながら、アスターが面倒そうに言い返す。するとホリホックは、更に目を凄ませた。


「個人的に話したい事とは何だ!! まさかお前は不敬行為を理由にリアトリスと婚約破棄し、その後ビオラに婚約を申し込む気なのかっ!?」


 次兄のその言葉にアスターが目を丸くする。

 あの時の事は、自分とリアトリスしか知らないはずだ……。

 その他に知っているのは相談した長兄ディアンツだけだが、次兄と関わる事を避けている長兄から、その事が次兄に漏れるはずはない。


 一体、誰が……。


 そう思ったアスターだが、すぐにその人物が先程ビオラ宛の手紙を託した侍従の青年だと気付いた。

 あの青年は、元々ホリホック付きの侍従だったのだ。

 同時にリアトリスが金のナイフを盗み出そうとしたあの日、アスターにリアトリスの訪問を真っ先に報告してきたのもその青年だった。


「兄上……ご自身の元侍従に僕を見張らせていたのですか?」


 流石に温厚なアスターでもこの件に関しては、嫌悪感を露わにした。


「お前如きにその様な無駄な事をするとでも思っているのか?」

「では何故、リアの件をご存知なのですか!?」

「あの日、お前は珍しく怒りの表情を浮かべながら自室に向っていただろう! その事で城内の使用人達がざわついていたのだ。特に俺の元侍従は、相当混乱しており、その際にリアトリスがお前の部屋に強引に入り込んだと聞いたのだ!」


 次兄のその説明を聞いたアスターは、心の中で舌打ちをする。

 恐らくその後、次兄はその事が気になり、アスターの部屋を訪れたのだろう。

 毎回リアトリスに言い負かされる事が多い次兄としては、弟の生意気な婚約者の不審な行動に興味を持った可能性が高い。


 そして昔からなのだが、次兄はアスターの部屋を訪れる際、ノックもなしに勝手にズカズカと入って来てしまう……。

 そのまま入室し、部屋の中に誰もいなかったので寝室の方に足を運んだら、丁度アスターとリアトリスが揉めている現場に遭遇したのだろう。


「それで彼に僕がビオラと連絡を取る様な事があれば、兄上に報告するよう指示したのですか?」

「お前は油断ならない! ビオラに対する嫌がらせをするお前の婚約者の事を軽くしか咎めず、本気でやめさせようとする気が一切なかったからな!」

「僕が何もしなかったとでも!? 僕の方でも、ずっとリアの行動を咎めてきたではありませんか! ですが……彼女は全く聞く耳を持ってくれない! それは兄もご存知のはずです! そもそも何故それが、ビオラと僕が連絡を取る事を監視する理由になるのですか!?」


 珍しく感情的に反論してきたアスターの態度が気にくわなかったのか、ホリホックが凄んだ目でアスターを見据える。


「お前はリアトリスが行うビオラへの嫌がらせを止めるどころか、それを利用してビオラを守る騎士気取りをしていただろう!! 俺がその事に気づかなかったとでも思っているのか!?」


 次兄のそのあまりにも酷い言いがかり内容にアスターが、唖然とする。


「僕が自分の婚約者をそんな下らない事に利用する訳ないでしょう!! 何度注意してもリアが聞き入れてくれなかったのだから、僕が間に入ってそれを妨害するしか対処法が無かった為、その様に行動しただけです!!」

「それがビオラに対しての点数稼ぎをしていると言っているのだ!! 実際、ビオラはお前に対して好意を抱いてしまっているではないかっ!!」


 部屋全体に響き渡る程の声量で、怒鳴り散らしてきたホリホックの言葉にアスターの顔色が、サッと変わった。

 流石の自信過剰なホリホックでも、ビオラの気持ちが誰に向けられていたかは、気付いていたらしい。アスターにとっては、かなり最悪な状況だ……。

 だがアスターの方もビオラの心を射止めようと思って、その様に振舞っていた訳ではない。


「たとえビオラが僕に好意を抱いてくれたとしても僕の婚約者はリアです! 婚約者がいる身で他の女性の気を引こう等、思う訳がないでしょう!! 兄上こそ……ビオラが関わると、周りの者を偏見の目で見過ぎではありませんか!?」


 普段は温厚で滅多に反論してこないアスターのこの行動が、ホリホックの怒りを更に増幅させた。


「お前……やはり自分がビオラに好意を向けられている事に気付いていたのだな!? ならば尚更、この間のリアトリスの不敬行為は好都合だったはずだ!! それを理由に婚約を破棄し、その後ビオラを婚約者にするつもりなのだろう!?」


 次兄のその短絡的な思考にアスターが、呆れ果てる。


「何をバカな事を……。そもそも僕は、リア以外の女性を妻に迎え入れるつもりはありません! もしビオラとの婚約を考えていたら、もっと早くにリアとの婚約解消の打診を父に申し出ています! そうではないから、今までずっとリアとの婚約を続けていたのです!」

「では何故この三年間、ビオラに対して気を持たすような態度を取っていた!? その所為でビオラは婚約者のいるお前に好意を抱いてしまった……。お前が過剰にビオラを庇うような真似をしたから、彼女がお前に依存してしまい、不毛な恋愛を強いられたのだ!! お前はその可能性を全く考えなかったのか!?」


 その次兄の責める様な言い分にアスターが一瞬、押し黙る。

 やや言いがかり的な内容ではあるが……それに関してはアスターも無自覚だったとは言え、言い返せない部分が多い……。

 

「確かにその件に関しては、僕は軽率に行動してしまいました……。ですが! 自分の婚約者と自分の兄に過剰に絡まれ、追いつめられている女性がいたら、庇うのは当たり前でしょう!!」

「俺がいつビオラに過剰に絡んだというのだ!! 俺はただ彼女を守りたかっただけだ!! 婚約者の嫉妬心を利用し、彼女の気を引く様な真似をしたお前とは違う!!」


 その次兄の自分を棚上げするような言い分が、ずっと積もらせていたアスターの不満を一気に爆発させた。


「守りたかっただけ……? 笑わせないでください!! 何故ビオラが兄上からの婚約を受け入れないのか、ご存知ですか!? それは彼女が兄上に対して、恐怖心を抱いているからです!!」

「な、何をっ……!!」


 カッとなって反論しようとしたホリホックの言葉を遮る様にアスターは、その先の言葉を怒りに任せて言い放つ。


「兄上は毎回ビオラの気持ちを考えず、ご自身の要望ばかりを彼女に押してつけていらっしゃいましたよね!? 王族からの誘いを断れない立場の彼女を過剰に城に呼び出し、夜会では必要以上に彼女に密着し、その度に彼女は困ったような表情を浮かべていた……。そのような振る舞いをされ、ビオラが兄上に好意を抱くとお思いですか!? 彼女にとって兄上と過ごす時間は恐怖の時間でしかなかったのです!! あれだけ戸惑っている彼女を目にして、なぜそれに気付かれないのです!?」


 苛立ちのあまり思わずアスターが本音をぶち撒けると、図星を刺されたホリホックが、こめかみに青筋を立てながら、小刻みに震えだす。

 その反応にアスターの方も怒り任せで捲し立ててしまった自分の言葉が、酷く次兄の自尊心を傷付ける物だった事に気付き、ハッと我に返った。

 しかしそれに気付くには少し遅すぎたようで……ホリホックは目を凄ませながら、アスターに向って物凄い勢いで間合いを詰めてきた。


「アスタァァァーっ!! お前はぁぁぁーっ!!!!」


 そのままホリホックが、アスターの胸倉を勢いよく掴み上げる。

 それを今まで固唾を呑むように様子を窺っていたパルドーが、暴走し出したホリホックを慌てて取り押さえようとした。

 その動きでパルドーがまとめていた書類が、バサバサと床に散らばる。


「ホリホック様っ!! 落ち着いてくださいませっ!!」

「うるさいっ!! パルドー!! 離せっ!!」


 ホリホックは、後ろから抱え込む様に拘束してきたパルドーから一瞬で逃れ、再びそれを試みようとしたパルドーの顔面を思いきり殴りつけた。

 その反動でパルドーが壁に頭部を強打し、そのまま意識を失って床に崩れ落ちてしまう。


「パルドー!!」


 側近の様子を心配したアスターが、叫ぶように呼びかけるが返事はない……。

 パルドーは、10年近くアスターの側近と護衛をやっているので、実力的には次兄ホリホックとは互角だ。しかし王族である次兄に手を上げる事が出来ない為、その辺りで躊躇してしまい、きれいに意識が飛ぶ一発を貰ってしまったのだろう。

 同時にこんなにも簡単に暴力を振るう次兄の行動にもアスターは驚く。


 だが怒りが抑えきれないホリホックは、再びアスターの胸倉に掴みかかった。

 そしてそのままアスターの事も思いきり殴りつける。

 顔を逸らし、次兄の拳の威力を少しだけ軽減させたアスターだが……それでも衝撃を受け、椅子から転げ落ちてしまった。

 その際、執務机の上にあった物が、音を立てながら床に散らばってしまう。

 その中には、ビオラに返そうと用意していた金のナイフもあり、それが落ちた衝撃で箱から飛び出て、床に金属音を立てた。


「お前はっ!! ビオラに好かれているだけでっ!! 調子に乗りおってっ!!」


 次兄は勢いよくアスターに馬乗りになり、更に3~4発殴りつけてくる。

 感情的に繰り出されるその拳には上手く力が乗らないのか、ダメージを流せば一発目程の威力はない。それでもまともに受ければ、一瞬で意識が飛びそうな拳が何度も襲ってくる。

 その次兄から繰り出される拳を防ごうと、アスターが必死で腕を掴んだ。


「兄、上……落ち着いて……くださいっ!!」

「お前は……お前は昔からそうだ……。ただボサっと生きているだけなのに……無条件で誰からも好かれ……ビオラの心までも奪って……」


 次兄に馬乗りになられたまま、必死で拳を繰り出されない様にアスターが腕を掴み抑え込んでいると、殴り疲れて息を切らしたホリホックが忌々し気に言葉をこぼして来た。

 その次兄の嘆くような言葉にアスターが、大きく目を見開く。


 カリスマ性があり、武芸にも長け、意志表示がハッキリ出来る行動的な性格で、多くの人間から羨望の眼差しを向けられる事が多い次兄ホリホック。

 その次兄が、自分に対して羨む部分を抱えていた事を初めて知る……。

 自我をしっかり主張する事が出来る次兄は、周りを引っ張る魅力がある反面、周りから受け入れて貰えないという状況にも陥りやすいタイプなのだ。


 それは誰からも一瞬で受け入れられすい雰囲気をまとっているアスターとは、対局の位置にいる。

 恐らくそれは、ホリホックがずっとアスターに抱いていた劣等感だ……。

 そしてその劣等感は、ビオラがアスターに惹かれ始めてから、信じられない速度で大きく膨らんでいった。


 自分を見下ろす次兄の瞳から、怒りというよりも悔しさという感情を読み取ってしまったアスターが、戸惑うような表情を浮かべてしまう。

 その無意識にしてしまった反応が、更に次兄の自尊心を大きく傷付けた。

 歯を食いしばるような仕草をした次兄は、力任せにアスターの拘束から腕を解放させ、再び殴りかかろうとしてきた。

 しかしそれは、寸前で執務室の扉が乱暴に開かれる音でピタリと動きを止める。


 二人がその扉の方に目を向けると、そこには両手で口元を押さえ、真っ青な顔をしたリアトリスが、小刻みに震えながら茫然とした様子で立っていた。


「リアっ!!」


 アスターの呼びかけで、恐怖で固まっていたリアトリスが我に返る。


「誰かっ!! 誰か来てぇぇぇぇー!! ホリホック様がっ!!」


 自分ではどうにも出来ないと瞬時に判断したリアトリスが、大声で人を呼ぶ。

 そのリアトリスの行動を見たホリホックが、ゆっくりとアスターから離れた。

 その瞬間、アスターの全身に悪寒が走る。

 そして次兄は立ち上がりながら、何故か先程の争いで執務机から落下し、その姿を露わにした金のナイフを手に取った。

 その様子に気が付いたリアトリスの顔色が、更に青くなる。


「リアトリス……。元はと言えば、全ての元凶はお前だ……」


 そう呟く次兄の表情は、アスターが今まで見た事が無い程、憎悪に満ちていた。

 その瞬間、アスターが体を起こして立ち上がろうとする。

 しかし、先程次兄に殴られた影響で頭がふら付き、そのまま腹ばいになる体勢で、再び床に突っ伏してしまった。

 そんなアスターに見向きもせず、次兄がリアトリスの方に向かおうとする。

 その次兄の片足をアスターが、必死に掴んだ。


「リアっ!! 逃げろっ!!」


 そう叫ぶ弟をホリホックが、ゆっくりと見下ろす。

 その瞬間、アスターがビクリと体を強張らせた。

 自分を見下ろす兄の虚ろな瞳が、何故か禍々しい光を宿していたからだ。

 その異様な様子にアスターの体温が恐怖で一気に下がり、更に動けない……。

 そんな必死で自分の足を掴んでいる弟の手をホリホックは、勢いよく振り払う。

 そして恐怖の表情を浮かべたリアトリスの方に視線を移し、再びそちらに向かって歩き出した。


「リアっ!! しっかりしろっ!! 早く逃げるんだっ!!」


 何とか立ち上がろうと上半身だけ起こすアスターだが、先程のダメージが抜け切れていないようで、頭がふらつき思うように立ち上がれない。

 そしてリアトリスの方は、茫然としたままホリホックを見つめていた。

 そのホリホックが、低い声でリアトリスに向かって何かを呟き始める。


「お前が……お前がビオラに嫌がらせをしなければ……。お前がアスターに愛想を尽かされなければ……。ビオラがアスターを好きになる事も……アスターがお前と婚約破棄し、ビオラを選ぶ事もなかったのだ……」


 その妄想のような勝手な憶測を抱く次兄にアスターが、得体の知れない恐怖を感じる……。同時にもの凄く嫌な予感が体中を駆け巡った。

 そんなアスターの予想通りの動きをホリホックが始め、手にしていた金のナイフをリアトリスに向ける。


「リアっ!! 頼むから早く逃げてくれ!!」


 絞り出すようにアスターが叫ぶ。

 しかし……当のリアトリスは、その場から全く動かない。

 それを恐怖で動けないでいると思ったアスターは、何とか立ち上がろうと足掻き、再度リアトリスに逃げるように声を上げようとした。

 その際、次兄越しでリアトリスの表情がチラリと見える。

 その表情を見た瞬間、アスターは愕然とした。


 リアトリスは恐怖どころか、まるで見据えるようにホリホックと対峙していた。

 その深い青の瞳には、何かを決意したかのような強い光を宿している。

 それはまるでこれから戦いに挑むような……そんな強い意志のある瞳だった。

 その瞬間、アスターの中にある記憶が一気に流れ込んでくる。


「お前さえ……お前さえ、いなければぁぁぁー!!」


 同時にホリホックが、もの凄い勢いで金のナイフを構えながら、リアトリスの方へ向かって突進していった。

 その状況で何故かリアトリスが、ゆっくりと瞳を閉じる。

 しかし次の瞬間…………ゴッという鈍い音がした。


 その音と共にホリホックが、ドサリという音を立てて崩れ落ちる。


 そして少し遅れてから、二種類の金属音が床から鳴り響いた。

 その音でリアトリスが瞳をゆっくり開くと、足元にホリホックが握りしめていた金のナイフが滑り込んで来る。

 その瞬間、リアトリスがもの凄い勢いでガバッとしゃがみ込み、その金のナイフを床に押さえつけながら自分のドレスの中に引きこんだ。


 だが一体何が起きたのか分からず、状況を確認しようとゆっくり顔を上げる。

 目の前では、ピクリともしないホリホックが倒れている……。

 そしてその傍らには……自分がアスターに贈った銀のナイフが落ちていた。

 更にその奥で、腹ばいのアスターが何かを投げつけたような体勢をしている。


「リア……」


 真っ青な顔色のアスターが、苦しそうにリアトリスに呼びかける。

 すると、やっと城内の警備兵が部屋に駆けつけて来た。

 同時にホリホックに殴られ、気絶していたパルドーも意識を取り戻す。

 警備兵達にアスターが、次兄を鍵の掛かる部屋に監禁するよう命じた。

 そのバタバタした様子をリアトリスは、茫然としながら眺めていた。


「アスター様……」

「パルドー……。大丈夫か? もし平気なら少し肩を貸してくれないか?」

「か、かしこまりました!」


 そう答えたパルドーが軽く頭を振って、アスターの元へ向かい肩を貸す。

 パルドーに支えられて、やっと立ち上がる事が出来たアスターは、そのままリアトリスの方へ向かうようにパルドーに頼んだ。

 そしてリアトリスの目の前でパルドーがアスターをゆっくりと降ろすと、そのままそこにしゃがみ込む。


 まだ茫然とした状態のリアトリスが、目の前のアスターに目線を合わせるようにゆっくりと顔を上げた。

 するとアスターが、苦痛に顔を歪めながら一言だけ絞り出す。


「何度目なんだ……?」


 その言葉の意味が分からず、リアトリスが茫然としたまま、アスターの顔をじっと見つめ返した。

 すると今度はアスターの顔に怒りと悲しみの感情が、同時に浮かび上がる。


「君があの金のナイフで命を落しかけたのは……これで何度目(・・・・・・)なんだ?」


 その瞬間、リアトリスの深く青い瞳が揺れながら、大きく見開かれる。

 そして小刻みに震え出し、ブワリと膨らむように瞳に涙を溜め出した。


「リア……」


 アスターがリアトリスの頬に優しく触れると、まるでそれが合図のようにリアトリスの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ出した。

 そんなしゃくり上げるように泣き出してしまった婚約者をアスターが、自分の方へと引き寄せる。


「ごめん……リア……。本当に……ごめん……」


 アスターが更に深く抱きしめると、それに合わせるようにリアトリスが声を上げて泣き出した……。

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