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6.反省しない婚約者

 ホリホックのもとから離れたアスターは、リアトリスとビオラを探す為、城内を歩き回った。その際、側近のパルドーに出くわす。


「パルドー、リアとビオラを見かけなかったかい?」

「先程、お見かけしました。随分と珍しい組み合わせでしたので、ビオラ様の事が心配になり、間に入ろうとしたのですが、リアトリス様に断られてしまいまして……。もう少し粘り、割って入った方がよろしかったでしょうか……」

「いや、そこまでの配慮は必要ないよ。それよりも二人はどこへ?」

「中庭にあるバラ園の方に向かわれたようですが……」

「ありがとう。行ってみるよ」


 中庭のバラ園は、幼少期のアスターとリアトリスがよく遊んでいた場所だ。

 どうやら先程、部屋を出て行く際に宣言していた事をリアトリスは、本当に実行するつもりの様だ……。

 これがビオラからの好意に気付く前であったのなら、そこまで罪悪感は抱かないのだが……誕生パーティーの時にビオラが見せた反応から、何となく彼女の気持ちを察してしまったアスターは、どうしても複雑な心境を抱く……。

 そしてこの先、次兄がこの事に気付かない事をアスターは、切実に願う。


 そんな事を考えながら歩みを進めていると、中庭のバラ園が見えてきた。

 そこではリアトリスがビオラに向って、かなり自慢気に何かを語っていた。


「わたくしとアスター様は5歳の頃に婚約が決まったのですが、幼少期はよくこのバラ園のベンチで、手を繋いだままお昼寝などをしておりましたのよ? もうその頃から、周りはわたくし達の事を公認の仲として……」


 その内容が耳に入ったアスターは、もの凄い勢いで二人のもとへ向かう。

 どうやら婚約者は、相当恥ずかしくなるような昔話を披露している様だ……。


「リア!」

「まぁ。アスター様、ホリホック様をお一人にされてよろしいのですか?」

「その兄から、ビオラを君から解放して来いと言われたのだけど……」

「ホリホック様は、まるでビオラ様の保護者気取りでいらっしゃるのですね。本当はご自身が、一番ビオラ様を怯えさせている存在だと言うのに……」

「「えっ……?」」


 リアトリスのその言葉にアスターとビオラが、同時に声を上げる。

 ビオラはどうか分からないが……アスターには、まるでリアトリスがビオラを心底同情しているような言葉に聞こえたからだ。

 二人のその反応にリアトリスが一瞬、目を見開く。

 だが、それはすぐに妖艶な笑みへと変わった。


「ホリホック様のあの強引なアプローチの仕方は、女性側にとって迷惑でしかありませんもの。だからと言って、婚約者のいる第三王子に横恋慕される事は感心出来ませんけれど……」


 チクリと針で指すような言い方をし、リアトリスがビオラに視線を向ける。

 先程感じたビオラへの同情心は、どうやらアスターの勘違いだったようだ。

 そのリアトリスの言葉にビオラが、慌てて弁明しようとする。


「わ、わたくしはそのようなつもりは……」

「あら、遠慮なさる事はございませんわ。丁度、目の前にその第三王子であらせられるアスター様がいらっしゃるのですから。よろしければ、今すぐにでもお気持ちを伝えた方がビオラ様も早々に諦めがつくのでは?」

「リア! 憶測でそう言う事を言わないでくれ! ビオラにも失礼だ!」


 まるでビオラを(はずかし)めるように放たれた婚約者の言葉に流石のアスターも声を荒げる。ビオラの好意に気付いてしまったアスターからすると、その婚約者の言葉は、酷く残酷な言葉にしか聞こえなかったからだ。

 その懸念通りビオラが傷ついたような表情で、グッと唇を噛みしめ俯く……。


「ですが、ご自身の身の程を理解されるには良い機会かと思われますが? 何故ならビオラ様がどんなにアスター様にご好意を抱かれてもそれは、一生報われる事のない恋心なのですから」

「リア! いい加減にしてくれ!」


 あまりにも酷いビオラに対するリアトリスの仕打ちにアスターが怒鳴る。

 しかしリアトリスは反省するどころか、二人からフイッと目を逸らした。

 流石のアスターもこの状況では、婚約者に対して怒りしか出てこない……。

 視線を逸らしたリアトリスを無視し、アスターはビオラに優しく話しかけた。


「ビオラ……今日は嫌な思いばかりさせてしまって本当にごめん……。兄上には僕から伝えておくから、今日はもう家に帰ってゆっくり休んで?」

「アスター様……」

「またビオラ様お得意の同情心をくすぐる演技でしょうか? そのような浅はかな小技にアスター様は騙されなど……」

「リア、君はしばらく登城しなくていいから」


 アスターが冷たく言い放つと、リアトリスの顔色がサッと変わる。

 しかしアスターは、その冷たい視線をリアトリスに浴びせ続けた。

 ついこの間、誕生パーティーの際に起こした騒動の件で、痛い目にあったリアトリス。その時は反省すると言っていたにもかかわらず、早々にこのような振る舞いをしてきた婚約者の行動は、温厚だと定評のあるアスターの逆鱗にかなり触れてしまい、その怒りを爆発させたのだ……。


「お、お待ちください! 何故わたくしがそのような仕打ちを……」

「この間の誕生パーティーの件で、君は大分反省していると思ったのだけれど、どうやらそれは僕の勘違いだったようだね……」


 そう言って、アスターがビオラの肩に手を回し、リアトリスから遠ざけた。

 そしてリアトリスには、落胆と憐れみが入り味ったような視線を向ける。


「リア……。この三年間、ずっと悩んでいたけれど、最近の君の行動は、あまりにも目に余る……。正直、僕はこのまま君との婚約を続ける事に疑問を感じ始めているんだ……」

「なっ……! そ、それはわたくしとの婚約を破棄され、ビオラ様とご婚約をされるという事ですか!?」

「何故そこでビオラが出てくるんだ……。僕が言いたいのは相手の気持ちを配慮出来ない今の君では、第三王子の婚約者として問題があると言っているんだ。もし君がこのまま僕の妻になれば、君は公爵夫人だ。だが人を思いやる気持ちが欠如している女性では、将来的に多くの領民を抱え、その上に立つ僕の妻は務まらない」

「そ、そんな……」

「リア、僕が許可するまで登城はしなくていい。その代わり今回ビオラを過剰に傷付けてしまった言葉の重みと殺傷力をよく考えてくれ……」

「お、お待ちください! アスター様!!」


 必死で引き留めようとするリアトリスに見向きもせずにアスターは、ビオラをエスコートしながら城の入り口へと歩き出した。


「ア、アスター様、よろしいのですか……?」

「最近のリアの君への接し方は、以前のような幼稚な行為とは比べものにならない程、酷過ぎて完全に君の心を潰そうとしているように僕には見える……」


 苛立ちからか、ビオラをエスコートするアスターの足取りは、かなり早足だ。

 その速度に必死に合わせて歩いていたビオラだが……急に足を止めた。


「ビオラ……?」

「その、本当にリアトリス様とのご婚約を解消されるのですか……?」


 そのビオラの問いにアスターが大きく目を見開いた。


「分からない……。でもリアが、ずっとこのまま態度を改めてくれないと、それも考えなければならないとは思っている……」


 そう言って唇を噛みしめながら俯いてしまったアスターにビオラが、悲しそうな表情を向ける。


「ビオラはそんな顔をしないで? これは僕とリアの問題だから……」


 そう力なくビオラにこぼしたアスターだが……。

 実際に婚約を解消する事に関しては、何故か受け入れ難い自分がいた……。

 その後、ビオラを送り出し、ホリホックにその件を伝えたアスターだが、リアトリスとの件は、あえて次兄には話さなかった。



 それからリアトリスに登城を禁じてから3日が経った。


 兄のホリホックはその間、ビオラを一度だけお茶に招待していた。

 だがその際は、王妃である母が同席してくれたようだ。

 母の話では、王族二人に挟まれたビオラは、かなり恐縮していたらしい……。


「見ているこちらの方が、気の毒になってしまったわ……」


 母はため息をつきながら、心底ビオラに同情するような言葉をこぼした。

 だが、そんな意中の女性の気苦労に全く気付かない次兄は、嬉々としてそのお茶の時間を満喫していたらしい……。その状況にも母は呆れていた。


 そもそもあの自信過剰な次兄が、何故ビオラにさっさと婚約を申し込まないのか……それは国王である父が、それを抑え込んでいるからだ。

 父はその言い分として、王族の婚約者には最低でも伯爵以上の令嬢を……と、次兄に言い聞かせ、ビオラへの婚約を認めない姿勢でいるのだが……。


 しかし実際は、息子から一方的過ぎる愛情を押し付けられ、怯えているビオラへの気遣いだったりする……。それだけ周りの人間から見ても、ビオラがホリホックに対して苦手意識を抱いている事は、一目瞭然なのだ。


 そしてそれは父だけでなく、王妃である母も気に掛けている事だ……。

 その為、「早くビオラに良い縁談を!」が、最近の母の口癖なのだが……。

 当のビオラが、縁談に対してかなり後ろ向きなのだ。

 そしてその理由をアスターは、自分の誕生パーティーで知ってしまった。


 恐らくビオラはアスターとリアトリスが挙式するまで、婚約者を持つ考えには至らないだろう……。

 その事は、母も最近になってようやく気付き始めたようだ……。

 だからビオラの話題が出ると、お互いに複雑な表情になってしまう。


 そんな気まずい雰囲気も混ぜつつ、母とお茶をしていたアスターだが……そこに珍しく長兄ディアンツがやって来た。

 しかしいつもと違い、余裕のない長兄の様子に二人が驚く。


「母上、ご歓談中のところ失礼致します! アスター、明日お前が行く予定のグラジオラス領の視察の件だが……後日に延期してくれないか!?」


 早口でそう捲し立てる長兄にアスターが、珍しい物でも見る様な顔をした。


「兄上、何かあったのですか?」

「実は……明日アロバフ領の鉱山の視察に私は向かう予定だったのだが、急遽クランティーノ侯爵から新しい事業を始める為の相談をしたいという手紙が来てしまって……。代わりにお前にその鉱山視察に行って欲しいのだ……」


 そう言いながら、長兄が不機嫌そうな表情を浮かべる。

 仕事の段取りを効率重視で組む長兄ディアンツにとって、この急な予定変更は、相当面白くないのだろう……。

 恐らく予定を狂わせたクランティーノ侯爵は、相談時にこの腹黒長兄から、たっぷりと報復される可能性が高い……。


「アロバフ領ならば距離的に近いので、そこまで視察時間は掛かりませんよね? それにグラジオラス領は、兄上が二年間も徹底的に管理されているので、視察は急がなくても良いと思います。ですから僕の方は、構いませんよ?」

「すまない……。ちなみにアロバフ領の鉱山なのだが、やや不正の疑いがあるから、しっかり粗探しをしてきて欲しい!」


 その長兄の要望にアスターが、あからさまに呆れ顔をした。


「兄上……。それを代理の人間に頼むのは、少々欲目かと思いますが……」

「お前はホリホックと違って、相手の内面を読み取る事には、それなりに長けているだろう? しかもその無駄におっとりした印象は、相手に舐められやすい。向こうも油断をしてボロを出すだろうから、遠慮なくお前が怪しいと感じた部分を全て私に報告してほしい。その後で私が事実確認の裏を取る」

「随分な言われようなのですが……それが人に物を頼む態度なのですか? まぁ、いいです。お引き受け致しましょう。その代わり一つ、貸しですよ?」

「分かった。お前にホリホックを押し付けるのは、しばらく控える……」

「是非、お願い致します!」


 背に腹は代えられないのか、渋々その条件を飲んでくれた長兄は、用件だけを伝えると、早々に公務に戻って行った。

 そんな素敵な性格をしている長兄ディアンツだが、それ以外は優秀で公務もアスターの三倍くらいの早さでこなしてしまう。

 しかしその優秀な長兄ですら、ホリホックの扱いは面倒だと感じるのだ……。


 そんな兄二人は、どちらも性格には難ありの曲者だが……。

 博識で視野が広く、頭の回転も速い長兄は、人の上に立つ事に向いている。

 威圧的だが、カリスマ性のある次兄はリーダー力があり、人を惹きつける。

 そんな二人と比べると弟のアスターの印象は、かなり薄い……。

 だが薄いからこそ、三年前までは平穏な時間を過ごせていたのだと思う。

 ビオラが社交界に姿を現わすまでの三年前までは……。

 そんな平穏だった三年前の自分を思い出してしまったアスターは、深く長いため息を思わずこぼさずにはいられなかった……。



 そして翌日、アスターは長兄から依頼された視察先へ代理として向かった。

 そこは長兄の予想通り、アスターがザっと見ただけでも明らかに領民の鉱夫達に対する過剰労働が見受けられ、それに反して報告書に書かれていた採掘される鉱石量の申告数が、やけに少なかった……。

 長兄が目を付けただけあって、不正の臭いがプンプンする状況だ……。


 そして視察一時間で、処罰対象になるような領地の治め方をしている部分が、呆れるくらい目に付き、アスターはあえて早目に視察を切り上げた。

 それを領主であるルシター家は、世間知らずの第三王子が見過ごしてくれたと安心したようで、見送り時はニコニコと笑顔を浮かべていた。

 後日、長兄ディアンツから、恐ろしい制裁が加えられるとも知らずに……。



 そんな短時間で終わってしまった視察だったので、アスターは予定視察時間よりも二時間も早く城に戻って来た。

 しかし自分の部屋に向かおうとすると、アスターの身の周りの世話をしてくれている侍従の青年が、慌てた様子でアスターのもとへ駆け寄って来た。


「どうしたんだい?」

「おかえりなさいませ、アスター様! 実は……つい先程、リアトリス様がお見えになられまして……。先日、アスター様のお部屋にリアトリス様がお忘れ物をされたようで、それを取りに行きたいとおっしゃって……」

「今、リアが来ているのかい……?」

「はい……。ですが、アスター様が現在不在な為、お部屋にはお入れ出来ないとお伝えしたのですが……その、強引に……」

「という事は……彼女は今、僕の部屋にいるって事かな?」

「申し訳ござません。どうしてもすぐに確認されたいとおっしゃって……」

「リアは婚約者だし、不在時に勝手に部屋に入られても困るような事はないから、構わないのだけれど……。でも忘れ物なんてあったかな……」


 そう言って少し考え込みながら、アスターが自室に向かい始める。

 一週間前に今日はアスターが視察に行くと伝えてあったので、リアトリスはアスターが不在である事を知っていたはずだ。

 しかし不可解なのが、4日前にアスターから婚約解消を仄めかされ、しばらく登城も控える様に言われたこの状態で、何故わざわざ更に不興を買うようなリスクを冒してまで、アスター不在の日に忘れ物を取りに来たのだろうか……。


 そんな事を考えていたアスターは、ある事を思い出す。

 リアトリスがアスターの一週間分の予定を聞いてきたあの日、彼女が執務机の上にあったある物に目が釘付けになっていた事を……。


 その瞬間、ある事に気付いたアスターは、肩を怒らせ大股で自室へと向った。

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