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3.二本のナイフ

 着替え終わったアスターが、会場入りの呼び出しまで自室で待機していると、招待客が会場入りしたようで、城内から賑やかな様子が伝わってくる。


 すると、部屋の扉がノックされた。

 入室許可をすると、側近のパルドーがアスターの婚約者であるリアトリスを案内してきた。


「アスター様、お久しゅうございます」


 一週間ぶりに会ったリアトリスが部屋に入るなり、優雅に礼を取る。リアトリスは、淡い色合いのアッシュブロンドの髪に映える鮮やかな青いドレスを着ており、襟元の繊細なレースが目を引いた。アスターに向って優雅にと微笑むリアトリスは、とてもではないが先程の問題行動をする令嬢には見えない……。むしろどこから見ても完璧な淑女だ。


「リア、久しぶりだね。今日は僕の婚約者として一緒にダンスを披露して貰うから、よろしく頼むね?」

「ええ。心得ております」


 そう優しく微笑むリアトリスだが……これがビオラの前では、かなり意地の悪い態度に豹変する。しかもそれは、アスターを目の前にしてもお構いなしに。言い方は悪いが、周囲の目を気にせず堂々とビオラに嫌がらせをするのだ。


 そして恐らく本日の誕生パーティーで、またそれを目にする事になる。そう思うと、自分が生まれためでたい日だと言うのに気が重くなった。


「アスター様、リアトリス様、そろそろ会場入りのご準備をお願い致します」


 そうパルドーに促され、エスコートする為にリアトリスの手を取る。流れる様に自分のエスコートを受け入れてくれるリアトリスの所作は、やはり優雅で完璧な淑女そのものだ。


 幼少期からずっと一緒だった事もあり、アスターにとってリアトリスは、空気の様に一緒にいるのが当たり前な存在だった。しかしそれは、この三年間で大きく変わってしまった……。


 三か月後にはアスターと同じように誕生日を迎え、成人するリアトリス。そんな彼女は、三年前までは常に周りを気遣い、アスターを立てる振る舞いを心がけてくれていたのだが、ビオラと出会って以降は、感情の赴くままに周りから不興を買いやすい行動を繰り返すようになってしまった……。


 それに比例するように彼女の美しさも今までとは、別方向に凄味を増していく。以前、真っ直ぐで凛とした美しさをまとっていた彼女は、今では嘲笑が似合う様な妖艶な美しさをまとうようになる。


 特にビオラの前では、高飛車で傲慢な令嬢という印象がぴったりだ。それ以外の時は、至って以前と変わらない完璧な淑女であるというのに……。


 そんな状態が三年も続いているが、アスターは未だにそれに違和感を抱く。そんな事を考えていたからなのか、無駄だと分かっている言葉が口から出た。


「リア、この先もう少しビオラと仲良くする事は……出来ないかな?」


 その言葉にリアトリスが、大きく目を見開いた。


「アスター様は、自身の婚約者を狙っている愛らしい仮面を被った泥棒猫様に寛大になれとおっしゃるのですか?」

「それは君の決めつけだろう? 実際にビオラが僕をどう思っているのかは、彼女にしか分からない。君はそれを彼女本人から確認したのかい?」

「確認せずとも分かります! ビオラ様は、すぐにアスター様に救いを求めるような眼差しを向けられるではありませんか! あれは絶対にアスター様の庇護欲をそそり、誘惑しているのです!」


 頑なにそう思い込んでいるリアトリスの言い分にアスターが肩を落とす。


「それはホリホック兄上にはっきりとモノを言える立場の人間が、同じ王族であり、弟である僕しか周りにいないからだろう? リアだって兄上のビオラに対する執着ぶりは、よく知っているはずだよね?」

「仮にそのような状況であっても弟という立場のアスター様ではなく、兄という立場であらせられるディアンツ殿下にご相談されれば良い事です! それもせず……ずっとアスター様のご厚意に甘んじているご様子は、明らかに気を引こうとしていらっしゃるとしか思えませんわ!」


 そう言い切って、正面を向いたままツンと顎を少し上げるリアトリス。その婚約者の態度にアスターが、盛大にため息をつく。実はこのやり取りは、もう三年も続いているのだ……。


「それでも今日は僕の誕生日という日なのだから、少しでもいいから自重して欲しいのだけれど」

「努力は致します。ですが、お約束は出来ません」


 リアトリスがきっぱりそう言い放つと、二人はいつの間にかパーティー会場への入り口前まで来ていた。そもそも三年前までのリアトリスは、こんなにも生意気な物言いをする令嬢ではなかったのだが……。


「それでも出来るだけ努力はして欲しい」

「一応、心には止めておきます」


 そんな会話を交わすと、二人の入場を伝える声と共に目の前の扉が開かれる。そして二人は、会場の中心まで進み出た後、音楽に合わせて招待客に息の合ったダンスを披露し始めた。


 アスターがリードすると、まるで自分の体の一部の様に一体感のある動きでリアトリスが合わせてくる。幼少期から、ずっと一緒にダンスレッスンをして来ただけあって、アスターにとってリアトリス以上に踊りやすい相手はいない。それは恐らく、リアトリスの方でも一緒だろう。


 そんな二人が息のあったダンスを披露すると、盛大な拍手が上がる。更に二人が優雅に礼をすると、一層盛大な拍手が返って来た。それだけビオラが目の前にいない状態のリアトリスは、誰もが認める素晴らしい令嬢にしか見えないのだ。


 ダンスの披露が終わると、二人は会場の中央から捌けた。それを合図に再びダンスの曲が流れて招待客達が次々と踊り始め、同時に祝いの言葉を告げに来る人間にアスターは、一気に囲まれてしまった。それを察し、リアトリスが一時的にアスターのもとから離れる。そのままアスターは、招待客への挨拶対応に追われる事となった。


 そして30分後、アスターがやっとそのやり取りに一段落させると、カツカツと靴音を立て、堂々とした歩みの一人の男性が近づいてきた。そちらに目を向けたアスターは、小さく息を吐く。


「アスター、挨拶の方は一通り済んだか? お前も18……これでやっと一人前の男になれたな。まぁ、俺にとっては、まだまだヒヨッ子だが」


 そう声を掛けてきたのは、二つ年上の第二王子でもある兄のホリホックだ。アスターとは違い、母譲りのダークブラウンのサラリとした髪に無駄を削ぎ落としたような見事な逆三角形の筋肉質な体型をしている。身長もかなり高い。瞳の色はアスターと同じ淡い水色をしているが、切れ長で少し鋭さがある。両親曰く、亡くなった祖父にそっくりな目元らしい……。


 そんな堂々とし過ぎる次兄の振る舞いは、周囲に威圧感を与える事が多いのだが、残念な事に本人はそれに全く気付いていない。そしてその兄の後ろには、アスターを憂鬱にする原因の組み合わせである婚約者のリアトリスと、ビオラの姿があった。


「兄上、それはお祝いの言葉として受け取ればよろしいのですか? 僕には嫌味を言われているようにしか聞こえないのですが」

「祝っているに決まっているだろう! その証拠にお前に誕生祝いの品を贈りたがっているビオラをわざわざ連れて来てやったのだぞ?」


 兄の言葉に後ろのビオラに目を向けると、少しはにかみながら控え目に頭を下げてきた。袖口にふんだんなレースをあしらった淡いピンクのドレスに身を包み、耳の辺りで一部垂らしている艶のあるハニーブロンドがサラリと揺れる。彼女が顔を上げると、優しい光を宿した淡い青緑色の瞳が目を引いた。


 だが華奢で身長も低いので目の前に長身のホリホックが佇むと、その姿はすっかり見えなくなってしまう。そしてその横には、婚約者のリアトリスがビオラに白い目を向けていた。その状況にアスターが、再び小さく息を吐く。


「兄上、お気遣いありがとうございます。ビオラもわざわざプレゼントを用意してくれて、ありがとう」

「い、いえ……」


 少し頬を赤らめたビオラが俯きながら小さく返事をすると、その様子に隣のリアトリスの目が更につり上がる。するとホリホックが、呆れた口調で余計な一言を発した。


「だが、お前の狭量な婚約者が、ビオラをお前のもとへ行かせまいと妨害行為をしていたので、見るに見かねて俺が案内して来たのだがな!」


 ホリホックのその嫌味にリアトリスが、ズイッと前に出て反論する。


「ホリホック様、お言葉を返すようで申し訳ございませんが、お誕生祝いのお品とは言え、自身の婚約者に特別な感情を抱いている可能性のあるご令嬢からの贈り物を見逃せと? その様な疑いが掛けられるかもしれない状況で、ビオラ様のこの振る舞いは、少々婚約者であるわたくしに対して配慮が無さ過ぎると思いますが?」

「も、申し訳ございません! わたくし、そのようなつもりは……」


 かなり冷たい口調で言い放つリアトリスの言葉にビオラが、申し訳なさそうに蚊の鳴く様な声で慌てて謝罪の言葉を述べる。するとホリホックが忌々しそうに盛大なため息を付く。


「リアトリス! いい加減にしろ! お前は被害妄想が激し過ぎるのではないか? そもそもビオラは純粋な気持ちでアスターの誕生日を祝いたいだけだ! それを過剰に歪んだ見方をするとは……全くバカバカしい!」

「あら? ではホリホック様はビオラ様からお誕生祝いのお品を頂いた事がおありなのですか? わたくしの記憶が確かであれば……お二人が出会われてから一度もなかった(・・・・・・・)ように思いますが?」

「今回は俺が、ビオラにアスターへの祝いの品を贈る事を提案したのだ!」

「まぁ! ではお二人で仲良く(・・・)お品をお選びなったのですね! アスター様のお誕生日の贈り物選びをビオラ様と過ごされる口実にされるとは……流石、ホリホック様でございます!」

「アスター! この無礼極まりないお前の婚約者を何とかしろ!!」


 図星を指されたのか、こめかみに青筋を立てて抗議してくる次兄と、その神経を逆撫でしているリアトリスの間で、引き続きビオラはオロオロしている……。その状況にアスターは、今日何度目になるか分からないため息をついた。


「リア……先程、会場に入る前に僕が君にしたお願いを覚えているかい?」

「ええ。ですが、ホリホック様への配慮の件は、伺っておりません」

「お前は!! 昔は俺にそのような生意気な口の利き方をしなかったではないかっ! アスター! お前は自身の婚約者をどういう風に躾けているのだ!?」

「まぁ! なんて失礼な! わたくし、犬ではございませんことよ!」

「犬の方が、まだ従順で可愛げがある!!」


 三年前からこの二人は、顔を会わせばすぐに言い合いを始める。その切っ掛けは、毎回リアトリスがホリホックの想い人でもあるビオラへの嫌がらせをする事で起こる。そもそもリアトリスが、俺様気質で周りに威圧的なホリホックにここまで食ってかかれるのも凄いと思うが……それ以上に恐ろしいのは、それでもビオラに対する嫌がらせの手を緩めない事だ。


 そしてそんな根深い嫉妬心を抱かれているそのビオラだが……先程からのこの二人のやり取りに呆気にとられ、取り残されている。完全に巻き込まれた状態のビオラを気の毒に思い、アスターが声を掛けた。


「そういえばビオラは、僕に贈り物を用意してくれたのだよね?」


 アスターのその言葉にホリホックとリアトリスが、同時に目を向けてきた。


「は、はい。その、あまり大そうな物ではないのですが……」


 そう言って壁際に控えていた侍女に30cm程の装飾が施されている箱を持ってこさせた。そしてその箱をアスターに向けて開く。中には三種類の宝石と豪華な細工が施された金色のナイフが入っていた。柄の部分には見事なルビーとトパーズ、そしてアベンチュリン等の系統の違う色合いの宝石が鮮やかに施されている。

 アスターが、そのナイフを取ろうと手を伸ばしかけた時……。


「そのような贈り物……受け取らないでください!!」


 かなり怒りを露わにしたリアトリスの声が、その場に響いた。毎回ビオラに嫌がらせまがいの言葉をぶつけているリアトリスだが、ここまで露骨な酷い言い方をする事は初めてだ。いつもは困るか、気まずそうな表情で受け流すビオラもこの時だけは、顔を真っ青にして今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「リアトリス!! いい加減にしろ!! お前は何の権限があって、その様な酷い言葉をビオラに対して投げつけるのだっ!!」


 呆気に取られていたアスターよりも次兄ホリホックが、素早く反応し怒鳴る。そんなホリホックを無視し、リアトリスが自分の侍女にある箱を持ってこさせた。そしてビオラと同じようにアスターにその箱を開けて中身を見せた。その中に入っていた物にアスターが、驚いて目を見開く。


 そこには白銀の輝きを放つ(つば)無しの鞘に刃先がスッポリ収まるタイプのナイフが入っていた。ビオラのナイフよりもやや小ぶりである。そしてそのナイフには、柄と(さや)の両方に青薔薇のデザインがあり、その部分には、どうやらラピスラズリが使われている様だ。周りには、雫のような演出をされた見事なダイヤモンドと透明感の高い水晶も施されている。


 リアトリスがナイフを手に取り鞘から抜くと、鏡のような煌めきを放った見事な刃先が姿を表す。どうやら刃は東の大陸で作られた物らしい。ビオラの護身用のナイフと比べると、ややシンプルなデザインだが実用性の高そうな作りをしていた。


「アスター様を守る護身用のナイフは、わたくしの贈り物だけで十分でございます! ビオラ様、どうぞお持ち帰りくださいませ!」


 ナイフを鞘に戻したリアトリスが、何故か毅然とした態度でビオラにそう告げる。その態度にホリホックは再びこめかみに青筋を浮かべ、アスターはあまりの婚約者の酷い言動に唖然としてしまう。


「リアト……っ!!」

「リア!! いくら自分の贈り物と同じだったとは言え、折角用意してくれた贈り物を持ち帰れなんて、失礼過ぎるだろうっ!?」


 兄の声を遮る様にアスターが、自分の婚約者の酷い振る舞いに怒りを含んだ声で一喝する。普段滅多に怒らない温厚なアスターのその声にリアトリスが、一瞬怯む様に目を見開いた。しかし、リアトリスはすぐにビオラに厳しい視線を向け直す。


「わたくしが用意したこの護身用のナイフは、東の大陸の腕の良い刀匠に刃を打たせ、魔除けの効果があると言われている銀で柄と鞘の部分を用意し、更に教会関係者による清めの儀を行い、守護効果をもっとも引き出す過程で作らせた物になります! 対してビオラ様のその華美で実用性の無いデザインのお品物は、どういう経緯でご用意されたのですか? 本当にアスター様の身を守る物としてお選びになられたのですかっ!?」


 リアトリスの鋭い言葉にビオラが真っ青な顔をしながら、瞳に涙を浮かべた。その瞬間、アスターがリアトリスの横をすり抜け、ビオラの元へ歩み寄る。そして茫然としながら護身用の金のナイフの入った箱を手にしていたビオラの侍女から、それをさっと受け取った。


「ビオラ、誕生日の贈り物、本当にありがとう。大事に使わせてもらうよ」

「アスター様!!」


 アスターは、受け取った金のナイフの入った箱を傍に控えていた側近のパルドーに手渡すと、受け取ったパルドーは一礼し、そのまま会場を出て行く。その行動に抗議する様にリアトリスが、アスターの名を叫んだ。そんな婚約者にアスターが、更に冷たい視線を向ける。


「リア、君からの贈り物は受け取らない。悪いが持ち帰ってくれ」


 婚約者から放たれた容赦のない言葉に今度は、リアトリスの方が顔を青くする。


「なっ……何故ですかっ!? どう見てもわたくしが用意した護身用のナイフの方が、優れているではありませんかっ!!」

「それでも君の贈り物は、受け取る気はないよ」

「あ、あんまりですわ……。わたくしはアスター様の婚約者です!! その婚約者からの贈り物を拒否し、婚約者でもないご令嬢の贈り物は受け取られるのですか!? こんな屈辱……わたくしに対して、あまりにも酷過ぎます!!」

「そうだね。でも僕のこの行動に君が酷いと感じたのであれば、先程のビオラに向けた君の言葉も相当酷い物だと思うのだけれど?」

「そ、それは……」


 アスターのその言葉にリアトリスが、悔しそう唇を噛んで俯く。そんな婚約者の反応にアスターが大きく息を吐いた。気が付けば会場中の殆どの招待客が、アスター達の様子に注目している。それに気付いたアスターが会場全体に響く様に声を掛けた。


「皆様! お騒がせして申し訳ございません! どうぞお気になさらず、引き続き今宵のパーティーをお楽しみください!」


 アスターのその言葉に招待客達が一瞬顔を見合わせたが、すぐにパーティーを楽しむ姿勢に入って行った。そして騒動の元凶であるリアトリスは、アスターに縋る様な視線を送る。


「アスター様……」

「リア……君は少し頭を冷やした方がいい……」


 するとリアトリスの言葉で傷つき、今にも泣き出しそうなビオラを慰める様に肩を抱いていたホリホックが、怒鳴り始めた。


「何が頭を冷やせだ!! ビオラにあれだけの暴言を吐いておいて、それだけで許されると思っているのか!? アスター! リアトリスに謝罪させろ!!」

「ホ、ホリホック様! わ、わたくしは平気でございます! むしろ……配慮のない行動をしてしまったわたくしの方に非が……」

「ビオラは悪くないだろう!! 謝罪すべきなのはリアトリスの方だ!!」


 ホリホックの抗議にリアトリスが更に唇を噛み、小さく震え出す。そして次の瞬間、自分の侍女に持たせていた銀のナイフの入った箱を奪い、そのまま逃げるように会場を出て行ってしまった……。


「リ、リアトリスお嬢様っ!!」


 その後をリアトリスの侍女が慌てて追う。

 それをアスターは呆れながら見送り、ホリホックはその後ろ姿を睨みつけた。


「ビオラ……。愚弟の婚約者が本当に酷い事をした……」

「い、いえ。そんな……」

「折角のパーティーもこの様な空気では楽しめないだろう。もしよければ少しでも楽しんで貰う為に罪滅ぼしに俺と一曲踊って貰えないか?」


 傷ついているビオラに付け込み、兄がちゃっかりアピールを始めた様子にアスターは再び呆れ果てる……。そしてダンスを申し込まれたビオラの方は、先程のリアトリスの言葉よりもいつの間にか自分に密着しているホリホックの方を警戒し出している。


「兄上……。ビオラに無礼な振る舞いを行ったのは僕の婚約者ですよ? その償いは兄上ではなく、リアの婚約者である僕が償うべきだと思いますが?」

「何を言う! お前ではビオラを満足させられるようなエスコートは……」


 そう反論しようとした兄からビオラの手を奪い取り、そこから解放させる。


「ビオラ、お詫びに僕と一曲踊って頂けませんか?」


 にっこりしながらアスターがそう告げると、ビオラは大きく瞳を開き、そして少しは頬を赤らめ嬉しそうな表情をした。その反応にアスターが、一瞬驚く。


「ええ! 是非、喜んで!」


 ふわりとアスターの横に並んだビオラを伴い、二人はダンスの輪の中に入って行く。アスターは目の端で、面白く無さそうな表情を浮かべた兄を捕らえたが、婚約者のリアトリスに嫌がらせを受けた上に、兄のホリホックの執着ストレスまで与えてしまったら、あまりにもビオラに申し訳ない……。


 そう思ってのアスターの行動だったのだが……。目の前のビオラは、先程傷付けられた事は、どこ吹く風というくらい少し頬を染めながら、アスターとのダンスを楽しんでくれている。そんなビオラと踊るアスターは、この状況で少し不相応な事を思ってしまう。

 やはり、リアトリス以上に自分が踊りやすい相手はいないと……。


 ビオラもダンスが下手な訳ではない。

 むしろ上手な方だとは思う。

 しかし先程、リアトリスと踊った直後だからなのか、それと比べると所々でぎこちない部分を感じてしまう。同時に会場から逃げるようにして出て行ってしまったリアトリスの事も少し気になり出す。


 もちろん、彼女が泣く程、傷ついているとは思えない……。むしろ今頃は、帰りの馬車の中でビオラに対して悪態を吐いているだろう。だが贈り物を受け取らなかったアスターに対して、彼女は滅多に見せない傷ついた表情を浮かべていた……。


 婚約者が自業自得で制裁をくらい、しかもそれを下したのは自分自身だというのにアスターの心の中には、何故かモヤモヤした気持ちが生まれていた。自分が加害者の時は嬉々とし、被害者となった途端、不満を訴える。先程の婚約者の振る舞いから、なんて自己中心的な人間なんだと感じる反面、その婚約者の行動が何故か毎回アスターに強い違和感を与えてくる。


 あんなリアトリスは、自分がよく知っている彼女ではない。


 この三年間ずっと、その事がアスターの頭の片隅に(くすぶ)っている……。だが実際にリアトリスは、そういう言動をアスターの目の前で行った。

 それでもアスターの中では、そのリアトリスを受け入れられないでいた。



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