過ちも何度も繰り返される
ある令嬢と女性宝石商の話です。(時間軸はアスター達の挙式から一週間後)
※アスター達は、ほぼ出て来ません。
一週間前、臣籍に下った第三王子アスターと、プルメリア侯爵家の令嬢リアトリスの婚礼が国全体で祝うように盛大に行われた。
その為、城下町だけでなく、社交界でも未だにその祝福の余韻が残っていた。
「本日はこのような新参者であるわたくしのご提案を受け入れて下さり、本当にありがとうございます」
そう言って謙虚さをアピールする女性は、艶やかな黒髪をした20代前後程の若く美しい女性だった。
彼女はその細腕で、どうやって運び入れて来たのか分からない程の大きな革のトランクをソファーの上に載せる。
「こちらこそ。素晴らしい商品を紹介して頂けると聞いて楽しみですわ!」
そう答えたのは、まだ幼さが少し残る16歳くらいの愛らしい令嬢だ。
柔らかい薄茶の髪に透き通るような澄んだ水色の瞳を持っている。
「では初めに自己紹介の方をさせて頂きます。わたくしは、カロライナ・ディルフィーユと申しまして、本来は父が隣国トレニアで立ち上げた中規模の商人ギルドに属している宝石商でございます。後学の為、現在は国外での行商を行っているのですが、こちらのルリジア国には昨日入国したばかりで……」
そう言ってカロライナは、ふと窓の外に目を向けた。
「そういえば入国した際に少々感じたのですが、以前この国を訪れた時と比べ、何やら活気づいている印象を受けたのですが……」
「ええ。実は一週間程前に第三王子であらせられるアスター様のご結婚式がございまして。まだその余韻が残っているのです」
「まぁ! なんておめでたい! ではもう少し早くこちらに足を運べば、お二人のお式を拝見出来たかもしれませんわね。残念だわ……」
そう言ってカロライナは、残念そうに小さく息を吐く。
その商人とは思えない彼女の美しさに令嬢は、一瞬目を奪われてしまった。
「それにしてもトレニアのような大きな国で、お父様が商人ギルドを立ち上げていらっしゃるなんて、さぞ有名な商家のお生まれなのでしょうね」
「いえいえ。中規模と言っても大国でもあるトレニアでは、ほぼ無名の商人ギルドでございます。ですので、お嬢様のお耳に入る事はほぼ無いので……ご存知ないかと思いますわ」
そう言ってカロライナは、持ち込んだ丈夫そうで古めかしいトランクを開く。
中には色々なサイズの美しい箱がぎっしりと詰め込まれていた。
「今回はルリジア王家が管理なされているギルド商会の方で、こちらに若い男性への贈り物を探されているご令嬢がいらっしゃると、ご紹介を受けまして。是非お力になれるのではと思い、お邪魔させて頂きました」
そう言ってトランクの中から、商品が入ったと思われる箱を出し始めた。
中には30cm程の美しい装飾が施されている大き目な箱まである。
その中身の予想が付かない箱を令嬢が、じっと見つめた。
カロライナは4箱程テーブルに軽くそれらを広げると、これから紹介する商品についての説明を始める。
「わたくしの扱う商品は、どれも男性向けの品が多く、特にお祝い用に最適な豪華な装飾が施された日用品を多く取り揃えております」
その説明に一瞬、令嬢がキョトンとした表情を浮かべる。
「日用品なのに豪華な装飾が施されているのですか?」
「ええ。品物自体は、男性に贈られるお品としては、定番の物にはなりますが……その装飾が施されているだけで、グッと特別感が上がるお品物を多く取り扱っております。ですので、人生に一度だけのお祝いの贈り物として、ご購入される貴族の方々が多く、よく御贔屓にして頂いております」
そう言ってカロライナは、先程トランクの中から出した一番小さい箱を手に取り、令嬢の前で開いて見せる。
「例えば……こちらの懐中時計は外装が全て純金でして、文字盤と裏面の方に4種類の華やかなお色の宝石が加工されております。定番の贈り物とされる懐中時計に比べると、こちらの方は特別感が、かなり上がるかと!」
その懐中時計の裏面の見事な装飾部分に令嬢が、感嘆の声を上げる。
「本当、素敵な装飾ね! 確かにこのような煌びやかなデザインの懐中時計なら贈る側だけでなく、贈られた側も特別な印象を受けるわ!」
そう言って瞳をキラキラさせ始めた令嬢にカロライナは、満足げに微笑む。
「よろしければお嬢様の一番ご要望に合ったお品物をご提案させて頂きたいのですが……。お嬢様が贈り物をされたい男性とのご関係等を少々お伺いしてもよろしいですか?」
そのカロライナの申し出に何故か令嬢は、気まずそうな表情を浮かべた。
「わたくしが贈りたい相手と言うのは、幼少期から親しい幼馴染の男性なの」
「まぁ! もしやそのお方は、お嬢様のご婚約者候補の方では!?」
するとその令嬢は、寂しげな笑みを浮かべながら、静かに首を横に振った。
「そうならばどんなに良かった事か……。彼はね、近々別の女性と婚約する事が決まりかけているの」
「そうでございましたか……。そうとは知らず、申し訳ございません」
「いいの。もうわたくしの中では、大分整理がついている気持ちだから!」
「では、贈り物をされる事は、そのお気持ちに区切りを付けられる為に?」
「ええ。彼が婚約しようとしているのは、わたくしの自慢の姉なの……。わたくし達三人は、幼い頃から仲が良くて。わたくしは彼の事はもちろん、姉の事も大好きなの……。でも、いつの間にかわたくしは彼に惹かれてしまっていた。同時に彼は、わたくしの自慢の姉に惹かれていってしまった……」
そこまで話すと、その令嬢の瞳にジワリと涙が溜まり出す。
だが令嬢は、それをグッと堪え、すぐに引っ込めさせた。
「彼には幸せになってもらいたい。そしてわたくしに遠慮をして、彼への恋心をひた隠しにしている姉にも幸せになって貰いたいの」
「お嬢様……」
「だからね、その贈り物は姉との婚約祝いとして、彼に贈りたいのだけれど、なかなか心に響く品に出会えなくて……。王家公認の商人ギルドの方に良い提案が出来る人間がいたら紹介して欲しいと、要望を出していたの」
「それを聞き訪れたのが、わたくしという事でございますね?」
「ええ! だから期待しているわ」
先程の悲しげな雰囲気を振り払うように敢えて、明るく振る舞うその令嬢にカロライナが慈しむような表情を向ける。
「お任せください。それならば、とっておきのお品がございます」
そう言ってカロライナは、トランクの中から20cm程の細長い箱を取り出した。
その箱の外装もかなり目を引く美しい装飾がなされている。
そしてその箱を令嬢の前で、ゆっくりと開く。
すると、そこには黄金色に眩く光る金属ペンが入っていた。
軸の先端部分には、カラフルな色の小さな宝石が何個も埋め込まれており、外装には巻きつくようにアイビーの葉の装飾が施されていた。
よく見るとそのアイビーには、珍しい技巧で施された模様も入っている。
「こちらは純金で作られた金属ペンになります。素材が純金なので、ペン先がインクによって酸化する事もございませんし、ご先方様にとっても長く使えるご愛用の品となる事も多いので、是非おススメなのですが」
「確かに素敵ね。でも……ペンというのは、少々定番過ぎないかしら?」
どうやら特別感を重視する令嬢には、その部分がどうしても引っ掛かるらしい。
すると、何故かカロライナが耳打ちするような仕草をして声を潜める。
「お嬢様、確かにペンという物は男性に贈られる品としては選ばれやすい物ではあります。ですが、このペンはある素敵なエピソードのあったペンのレプリカとして、作られたお品なのですよ?」
「素敵なエピソード?」
そのカロライナの耳寄りな情報に令嬢が興味を示す。
「モデルとなったそのペンは、ある伯爵令嬢が仲睦まじい婚約者をすでに得ている男性に恋をしてしまい、その想いを密やかに込める事によって、叶わぬ恋心を諦める為に選んだ贈り物でございました」
その語り出しに令嬢が、大きく目を見開く。
「それって……」
「ええ。その伯爵令嬢はお嬢様と同じ境遇だったのです」
少し悲しげな笑みを浮かべたカロライナは、更に話を続けた。
「しかし挙式を目前としたある日、その男性の婚約者の女性が、ある不幸な死を遂げてしまいます……。その際、その伯爵令嬢は親身になって彼を支えようとしました。その時、令嬢は彼を元気づける為の手紙を何通も送ったのです。初めは婚約者を失ったショックの所為で、返事はなかったのですが……根気よく手紙を出し続けた事で、その男性も少しずつ返事を返すようになりました。すると、その男性の方で、ある不思議な現象が起こったのです」
「不思議な現象?」
そこで敢えて話を切って来たカロライナに対して、続きを催促するように令嬢が前へと身を乗り出す。
その令嬢の反応にカロライナは、満足そうな笑みを浮かべた。
「男性はその返事を彼女から贈られたペンで書いたのですが、不思議な事に何故かそのペンで返事を書くと、上手く吐き出せずに苦しんでいた悲しい気持ちが、スラスラと言葉となって出て来たそうです」
「まぁ! なんて不思議な……」
「そしてその男性は、ペンを贈ってくれたその令嬢との手紙のやり取りで、婚約者の死から見事に立ち直る事が出来ました。その後、男性はその令嬢と結ばれ、生涯妻を愛し、そのペンも亡くなる直前まで愛用していたと聞きます」
そのカロライナの語った内容に令嬢が、キラキラした表情を浮かべる。
「素敵なお話ね! でも亡くなられた婚約者の女性は、かわいそう……」
「彼女の死については、詳細が分からないのですが、どうやら突然起こってしまった大変不幸な出来事だったようです。ですので、その男性のショックも相当根深い物だった事でしょう……。その吐き出せない苦しい思いをその伯爵令嬢が贈ったペンで綴ると、何故かスラスラと吐き出せたそうです。そんな不思議な逸話があったペンのレプリカとして、このペンは作られました」
そう言ってカロライナは、金属ペンの入った箱を令嬢の前にそっと差し出す。
「いかがでございましょうか? もしかしたら、このペンは告げられないお嬢様のお気持ちをこっそり、その男性に伝えてくれるような奇跡を起こしてくれるかもしれませんよ?」
売り込みの口上としては、ややこじつけ気味な感じもするが、逆にその夢見がちなエピソードにその令嬢は、酷く惹かれた。
「そうね。どうせ彼には伝えられない想いなのだもの……。せめてこっそりその想いが伝わって欲しいという願いくらいは、しても許されるわよね?」
そう呟いた令嬢は、差し出されたその金属ペンが入った箱をそっと手に取る。
「このペン、頂くわ!」
その令嬢の下した決断にカロライナは、美しい笑みをゆっくりと浮かべる。
「こちらのお品物は、必ずお嬢様に幸福をもたらしますよ?」
以上でこの作品は完結させて頂きます。
このような重い展開のお話に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
そして更新中にブクマと評価してくださった方々、本当ーにありがとうございます!
尚、次の話はこの作品のあとがきになります。
前半はほぼ作者の反省文、後半は読者様が引っ掛かりそうな事について少し解説している内容になります。
ご興味ある方は、どうぞー。