表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

2.豹変した婚約者

 母親から13年越しの誕生日プレゼントを貰ったアスターは、朝食後に夕方から開催される自分の誕生パーティーの準備に入る。


 午前中は会の進行予定を確認し、午後からは会場の最終チェックをした。そして開場一時間前になると、側近のパルドーから声が掛かる。


「アスター様、そろそろお召し替えを」

「分かった」

「それでは私は、会場の様子を確認して参ります」


 アスターが10歳の頃から仕えてくれている側近で二つ年上のパルドーが退室後、本日着る夜会用の服に袖を通しながら、先程母との会話の話題に上がっていた人物の事を考え、アスターが今日何度目かのため息をついた。


 先程話題に上がっていたリアトリスは、5歳の頃からのアスターの婚約者だ。彼女はプルメリア家の侯爵令嬢なのだが、銀鉱山ばかりのルリジア国内では珍しい宝石が採掘される鉱山をその領地内に持っている。


 そこで採掘される宝石は、主にトルマリン、ローズクォーツ、アクアマリン等のこの国の基準では半貴石に該当する宝石だ。しかし半貴石の基準が国ごとに違う為、これらが貴石扱いになる国もある。


 更に銀細工の加工技術が高いルリジアで加工されたこの半貴石をあしらった装飾品は、現在他国の王侯貴族達に大人気なので良い収益となっている。


 その為、プルメリア家は国の収益に大いに貢献している為、ルリジア王家との付き合いが深く、アスターとリアトリスの婚約もこの部分が決め手となった。


 しかし当初は、その婚約候補に第二王子のホリホックも上がっていたのだが、最終的にはリアトリスと年齢が一緒であるアスターへと決まった。


 そんな経緯でアスターと婚約したリアトリスだが、三年前から彼女は、急にある子爵令嬢に辛く当たる様になってしまった……。


 その子爵令嬢はビオラ・セラスチウムと言い、幼い頃は体が弱かった為、地方の叔母の家で療養していた令嬢だ。その為、社交界デビューが少し遅かった。その彼女が初めて参加した夜会が、第三王子の婚約者として城内で開かれたリアトリスの14歳の誕生パーティーだった。


 その際、主役であるリアトリスよりも会場の視線を独占したビオラ。彼女はサラサラで眩いばかりのハニーブロンドに南国の海のような薄い青緑の澄んだ瞳をした儚げな美少女だった。


 対して婚約者のリアトリスは、金と銀の中間色のようなアッシュブロンドの髪に目力の強い深いブルーの瞳の意志の強そうなハッキリした顔立ちである。

 そんな二人は、同じ美少女でも正反対な印象を受ける顔立ちだった。


 そしてそのビオラの社交界デビューから、リアトリスの辛辣な対応が始まった。周囲はリアトリスが自身の誕生パーティーで目立ったビオラが気にくわなかったからだと思っているのだが、そんな子供じみた理由でリアトリスが嫌がらせを始めたとは、アスターはどうしても思えない。


 だからと言って、リアトリス本人が訴えているアスターに対してのビオラの取り入る様な態度を戒める為だという言い分も嫌がらせの理由としては、納得出来る物ではなかった。


 そもそも三年前までのリアトリスは、誰もが認める完璧な淑女だったのだ。そんな彼女が下らない嫉妬心に狂う事には、かなり違和感がある……。


 しかし現状のリアトリスは、ビオラに対してかなり深い嫉妬心を抱いている。そして彼女がそう思い込んでしまう切っ掛けの出来事は、確かにあの誕生パーティーの際にあった。


 それは初登城で迷っていたビオラを見かけたアスターが、パーティー会場まで案内した際、並んで会場入りした姿が招待客の注目を集めたからだ。この件でリアトリスは、ビオラがアスターを狙っていると勘違いしてしまい、それから三年間ずっとビオラに辛く当たる様になってしまったのだ。


 だが以前のリアトリスなら、社交界に不慣れな令嬢を気遣う様なタイプだったので、このような勘違いをする事がアスターには信じられなかった……。

 だからこそ現状の豹変してしまったリアトリスの行動にこの三年間、ずっと疑問を抱き続けているのだ。


 だが実際、今のリアトリスはビオラに対して辛辣な態度どころか、嫌がらせレベルの行為を頻繁に繰り返している……。

 その誕生パーティーで男性達の注目の的となったビオラは、リアトリス以外の令嬢達にも目の敵にされてしまい、それから二カ月程リアトリスは、その令嬢達と一緒になって、ビオラに嫌味の応酬を浴びせた。

 しかしこの事で、今までリアトリスと親しくしていた良識ある令嬢達が皆、離れていってしまう。


 更に半年後、リアトリスは嫌味だけでなく、ビオラに対して嫌がらせ行為もし始めた。夜会中はわざわざ自分からビオラの元へ絡みに行き、ビオラに失礼な事を言われたと言いがかりを付けては、グラスの中の水を浴びせる。

 他にもすれ違い際にワザとぶつかったりもしていた。

 酷い時には、ビオラのドレスの裾を踏み、転ばせようとした事もあった。

 その際、アスターは何度もそれを咎め、次兄ホリホックはリアトリスを怒鳴り散らした。しかしそれでもリアトリスは、止めようとしない。


 そんな嫌がらせを彼女は嫉妬心からか、ビオラに三年も続けている。その執念深いリアトリスの嫉妬に一緒になってビオラに嫌味を浴びせていた令嬢達も引いてしまい、今ではリアトリスの方が社交界で孤立していた。

 だがリアトリス本人は、その事に関して自覚がないらしい。


「自身の婚約者にまとわりつく害虫を振り払うのに何か問題でも?」


 次兄ホリホックと宰相の三男にその事を責められたリアトリスは、その嫌がらせ行動を当たり前の様に正当化する発言をした。これには宰相の三男は呆れ果て、ホリホックは完全にリアトリスを敵認定したようだ。このすぐ後にアスターのもとに次兄より苦情が入った。


 このようにリアトリスは、完全にビオラの事をアスターにすり寄る害虫のような目で見ているのだ。しかしそんなアスターの方は、ビオラに恋愛感情を抱いてはいない。


 むしろ自分の関係者達が、彼女に過剰に絡む事態に罪悪感を抱いている。そしてその過剰に絡む人間は、何もリアトリスだけではない。

 次兄ホリホックもその一人なのだ……。


 アスターのすぐ上の兄であるホリホックも三年前のリアトリスの誕生パーティーで、ビオラに心奪われた人間の一人だ。それ故に過剰にビオラに自己アピールをしてしまっている状況なのだ。


 そんな王族でもある次兄からの誘いを子爵令嬢であるビオラは、余程の事情がなければ断る事が出来ない。その状況に配慮が出来ない自信過剰なホリホックは、頻繁にビオラをお茶に誘っては城内に招いた。そしてビオラが立場上、それに応じる事しか出来ない状況であるのに勝手に自身を受け入れてくれていると思い込んでいる。


 これがビオラの方もホリホックに好意を抱いているのならば、そこまで問題視はしない。だが残念な事にビオラは、その強引に自分を誘ってくる次兄に対して、やや恐怖心を抱いている印象が見受けられる。


 三つも年上の……身分の高い強引な男性に全力の好意を向けられ、二人きりで一室で過ごさなければならない17歳になったばかりのビオラにとって、それは、かなりの脅威ではないかと思う。


 それを察したアスターが、なるべく二人のお茶には同席するようなった。万が一、ホリホックがビオラに対して実力行使に出ない様に……。


 そんな兄ホリホックは、女性からの人気が非常に高い。それ故、やや女性に対しては、自意識過剰になってしまうのだ。だがその自信が、ビオラに対して強引なアピールになっている事には、全く気付いていない。その部分をアスターは何度も説明したのだが……。


「婚約者としか女性付き合いがないお前に何が分かる!」


 そう鼻であしらわれてしまい、全く聞く耳を持ってくれないのだ。そんな兄はビオラと出会う前は、それなりに女性関係が充実していた。その背景があり、次兄は決まった婚約者を持たなかったのだ。


 そんな面倒な男でもある次兄ホリホックに見初められてしまったビオラ。しかしあの初参加の夜会でビオラに心を奪われたのは、兄だけでない。宰相の息子や騎士団長の息子、有力貴族などの令息達もそうだ。


 ビオラは美しいだけでなく、教養やマナーもしっかり身に付いており、自己主張が激しい令嬢が多い社交界の中では、珍しく控え目な性格をしていた。見た目だけでなく内面でも多くの令息達を惹きつける女性だった。

 その状況から、ビオラは一部の令嬢達からも嫉妬の対象とされてしまう……。哀れなビオラは、社交デビューした初日から孤立気味になってしまったのだ。


 それに関しては、リアトリスもビオラと同時期に孤立し始めた。しかし、孤立するまでの経緯が、ビオラとは全く違っていたのだ。

 王族の婚約者でもあるリアトリスは聡明で完璧な淑女であり、自分の意志をしっかり持っているタイプなので、内向的なビオラとは真逆なタイプだ。その為、三年前までは異性だけでなく、多くの令嬢達にも慕われていた。


 しかし今では彼女を慕っていた周りの人間は、誰も残っていない……。その殆どがリアトリスのビオラに対する嫉妬に狂った辛辣な態度に呆れ、嫌悪感を抱いて去って行ってしまったのだ。

 周りからの嫉妬の対象として孤立してしまった落ち度のないビオラと違い、リアトリスの場合、明らかに周りから幻滅されて孤立してしまったパターンだ。それでもリアトリスは、自身の被害妄想的な嫉妬心を正当化し主張する。


 そんな婚約者の悪評を何とか撤回出来ないかとアスターも色々と悩んだ。しかし、その方法を選んでしまうと、ビオラの立場が危うくなる。この国の第二王子であるホリホックに面と向かって物申せるのは、現時点では同じ王族でもあり弟でもあるアスターくらいしかいないのだ……。

 すなわち、リアトリスの嫉妬心を抑える為にビオラを次兄ホリホックから庇う事をアスターがやめてしまえば、ビオラを庇える人間がいなくなるのだ。


 以前、長兄ディアンツにもその件で協力を頼んでみたのが……案の定、扱いが面倒な次兄ホリホックとは関り合いになりたくないと、末っ子のアスターに全部丸投げしてきた。ちなみに父にも相談したが、父も次兄が言い出したら聞かない性格に手を焼いている様で、説得を上手く出来ないでいるらしい。


 この融通の利かない実直過ぎる性格さえなければ、次兄は申し分が無い気がするのだが……ホリホックを慕っている人間は、この信念をなかなか曲げない情熱的な性格にカリスマ性を感じるらしい。だがアスターにとっての次兄のこの性格は、面倒で厚かましいだけだ。


 だからと言って、兄の迷惑行為の罪悪感からビオラを庇おうとアスターが動けば、婚約者のリアトリスが嫉妬に駆られてビオラに嫌がらせをする。この三年間、アスターはその悪循環をずっと繰り返してきた。


 三年前の豹変する前のリアトリスなら、きっとこの次兄の迷惑にしかならないビオラに対して暴走行為への対策に協力してくれたはず。だが現状では、リアトリスの存在もこの問題点の一つになってしまっている。


 何故リアはあんなに変わってしまったのだろうか……。


 最近、アスターはよくその事を考える。

 幼少期、時には姉の様に自分を引っ張り、時には妹の様に自分を頼ってくれた優しい笑みを浮かべていた婚約者は、今はもう隣にはいない……。

 今のリアトリスは、アスターに関わる全ての女性を敵として見てしまう。そしてその標的が、次兄ホリホックが想いを寄せている子爵令嬢のビオラだ。


 その解決策として、自分とリアトリスの挙式を少し早められないかと、二カ月ほど前にアスターが両親に相談してみた。しかしその件は、リアトリスの父であるプルメリア侯爵が頑なに拒んだ。成人前に挙式を早めてしまうと、リアトリスの体裁が悪くなると懸念したのだ。


 現状、公の場でリアトリスがビオラへの嫌がらせを堂々と行っている事で、彼女の評判は取り返しが付かない程、下がっている。もしこの状況でアスターとの挙式を早めてしまうと、リアトリスがアスターに対して、既成事実を作って挙式を早めたという不名誉な噂が立つ事をプルメリア侯爵が懸念する気持ちも理解出来る。


だが、このままでは更にリアトリスの評判は悪くなると懸念したアスターが挙式を早める事を訴えたのだが、その案は却下されてしまったのだ……。


 そんな挙式を早める提案をしたアスターだが、正直なところリアトリスに対しても恋愛感情があるか微妙なところだ。


 確かにリアトリスは自分にとって大切な婚約者なのだが……ホリホックがビオラに抱いている様な感情とは、少し違うような気がする。次兄のように熱に浮かされ、相手の気持ちが見えなくなってしまう程の激しい想いは、アスターの中には生まれてこない。


 むしろ逆でリアトリスの考えが以前よりも分からなくなる事が多くて、不安を感じてしまう事が多い。これは恋と言うよりもむしろ保護者的な視点で、リアトリスの事を心配してしまっている感じがするのだ。


 だがそんなアスターの気持ちとは関係なく、婚約者のリアトリスは次兄ホリホックと同様に『恋愛』という人を狂わす感情に溺れて暴走している。そしてそれは、本来彼女が持っていた美徳の殆どを奪い去って行った。


「恋愛なんてするものではないな……」


 着替え終わったアスターは、誰もいない自室で苦笑しながらポツリと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ