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優しい嘘

本編13話のアスターとホリホックが和解している話の裏側の出来事。

長兄ディアンツにリアトリスが時間繰り返しの内容を説明していますが、アスターに語った内容と若干違う部分があります。(しかも重いです……)

 アスターが部屋を出て行った後、リアトリスは小さく息を吐いた。

 部屋の外には、アスターが呼んでくれた二人の女性近衛騎士が、リアトリスの警護を行ってくれている。

 侍女の方は、しばらく一人になりたいと下がらせた。


 先程、繰り返しの出来事を全てアスターに話した事で、リアトリスは少しだけ張り詰めていた気持ちが和らいでいた。

 しかし……あの金のナイフが存在する限り、自分が命を落とす可能性は、まだ捨てきれない。同時にアスターの命も奪われる状況も起こるかもしれない。

 そう考えると、リアトリスの不安は募る一方だった。


 繰り返す時間の中で、あの金のナイフは毎回アスターの近くに置かれていた。

 その所為で一回目の時は、リアトリスよりも先にアスターが刺されてしまう。

 三回目以降も必ず先にアスターが狙われ、それを庇ってリアトリスは命を落としていた……。


 そんな経緯からアスターにだけは、あのナイフを所持させたくなかった。

 だがアスターの方では、同じ理由でリアトリスに持たせたくなかったらしい。

 そんな自分の事を守りたいと思ってくれているアスターの気持ちを感じ取ってしまったリアトリスは、アスターにあの金のナイフを渋々手渡した。


 実は、この7回目の繰り返しの展開にリアトリスは、かなり戸惑っていた。

 自分を毎回手に掛けていたホリホックは、現在監視付きで拘束されている。

 そして今回は、何故かアスターが前回の6回目の記憶を持っている……。

 だが今までに無かったこの展開が、この後どうなるのか全く予想出来ない。

 その恐怖から、リアトリスは無意識にドレスの裾をギュッと握りしめる。


 すると、部屋の扉がノックされ、思わず体がビクリと反応した。

 入室を許可すると、第一位王子ディアンツの側近が部屋に入って来る。


「失礼致します。実はディアンツ殿下より、今回の件でリアトリス様からも詳細を確認されたいとの事で、お部屋にお連れするよう言付かったのですが……。恐れ入りますが、殿下の執務室までお越し頂けますでしょうか?」

「分かりました」


 そう言ってリアトリスがスっと立ち上がると、その側近が扉を開けてくれた。

 そのままディアンツの執務室まで案内される。

 部屋に入ると、他の側近達に色々と指示を出しているディアンツの姿があった。


「リアトリス、大変な目にあったばかりだというのにすまないな……」

「お気遣いありがとうございます。ですが……わたくしよりもアスター様の方が、お怪我をされて大変な事に……」

「あれは、それなりに丈夫だ。気にする事はない」


 そう言って、バッサリ切るディアンツの言葉にリアトリスが苦笑する。

 確かにこの7回目のアスターは、何故か幼少期の頃から、護身術等の鍛錬を熱心にこなしていたので、体つきが少しがっしりしている。

 先程もあのホリホックに何度も殴りつけられたにしては、あまり顔が腫れていなかった。


 そんな事を思い出していたら、ふとディアンツの執務机の上にある綺麗な装飾が施された箱に気付く。その瞬間、リアトリスの顔が真っ青になった。

 それに気付いたディアンツが、少し悲しげな笑みを浮かべる。


「先程アスターからも少し聞いてはいたのだが……どうやらお前達が体験したという時間の繰り返しの話は、本当の事のようだな」

「で、殿下!?」


 まさか現実主義なディアンツにこの話を信じて貰えるとは思っていなかったリアトリスは、思わず声を上げて驚いてしまった。

 その反応にディアンツが、苦笑する。


「あの鈍感愚弟の口から聞くと、バカバカしい話にしか聞こえないが……。優秀なお前から直に話を聞けば、真実味のある話に聞こえるのではないかと思ったのだ」

「そ、そのような事は……」

「何だ。やはり嘘の話なのか?」

「い、いえ! そうではなくて……その、アスター様のお話でも信じて頂きたいと思いまして……」

「無理だな。あの抜け過ぎている弟の話では、いささか説得力に欠ける」


 またしてもアスターをバッサリ切るディアンツ。

 しかし、このアスターに対する雑な扱いは、ディアンツなりの愛情表現だ。

 これがもし第二位王子のホリホックだったら、恐らくディアンツは面倒な展開になる事を予想して、絶対にからかうような言葉を彼には吐かない。

 冗談を面白おかしく返せるアスターだからこそ、第一王子は末の弟に対してだけ、このような茶目っ気ある扱いをしてしまうのだ。


 そんなディアンツの行動にリアトリスが思わず、笑みをこぼしてしまった。

 すると、ディアンツが金のナイフが入っている美しい箱を振ってみせる。


「安心していい。この箱には鍵を掛けてある。この中身はお前やアスターの前では、絶対に開けたりはしない」


 その言葉にリアトリスが、分かりやすいくらいの安堵の表情を浮かべた。

 するとディアンツが、その箱を再び机の上に置く。

 そしてリアトリスに応接用のソファーに腰掛けるよう促した。


「リアトリス。アスターからは軽く聞いているのだが、もう一度お前の言葉で例の6回経験した時間のやり直しの内容を聞かせて欲しい」

「ですが、アスター様がお話しされた内容と、全く同じものになってしまいますが……よろしいでしょうか?」

「いいや。よろしくない」


 そのディアンツの返答にリアトリスが、目を見開いて驚く。


「あ、あの……」

「私が聞きたいのは、本当にお前が体験した方の内容だ」

「本当の?」


 すると、急にディアンツが神妙な顔つきになる。


「アスターから聞いた話では、お前は今まで繰り返した時間の中で、5回はホリホックに。残り一回は自害したと聞いた」

「は……い。そちらで間違いございませんが……」

「本当にそうか?」

「どういう……事でございますか?」


 するとディアンツが、深く息を吐いた。


「もしその話が本当ならば、お前達が体験したその不可解な現象は、金のナイフの影響だけではなく、ホリホックの意識が大きく影響している事になる」


 そのディアンツの言い分に一瞬だけ、リアトリスの目が泳ぐ。


「金のナイフに関しては、150年前からルリジア王家が回収に力を注ぐ禁忌の品なので、この後は早々に原型を留めないような加工処理を行う予定だ」


 その言葉でリアトリスが、ホッとした表情を浮かべた。

 だが、この次にディアンツが放った言葉にリアトリスが顔を強張らせる。


「しかし、毎回お前を手に掛けていたのがホリホックだけとなると、その不可解な現象が起こるようホリホックが、謀ったのではなかという考えも出来る。そうなれば、あの暴走愚弟を徹底的に調べあげる必要性がある」


 そのディアンツの考えを聞いたリアトリスの顔色が、一気に青くなった。


「お、お待ちください! あの現象を引き起こしている原因は、あの金のナイフでございます! ホリホック様のご意志とは、何の関係もございません!」

「何故そう言い切れる? お前を手に掛けるのは、毎回ホリホックなのであろう? それとも……それ以外の人物だった事があるのか?」


 その言葉にリアトリスが、グッと唇を噛みしめながら押し黙る。

 するとディアンツが、更に追い打ちを掛けるような一言を放った。


「もう一度聞く。お前を手に掛けたのは5回ともホリホックだったのだな?」

「………………」


 更に沈黙を貫こうとするリアトリスの態度にディアンツが、深く息を吐く。


「二回目の繰り返しの際、何の策も練れなかったお前は、アスターの元から例の金のナイフを盗み出そうとしたそうだな?」


 急に振られたその話題にリアトリスが、ビクリと体を強張らせる。


「その際、たまたまアスターの部屋を訪れたホリホックと鉢合わせをし、そのまま揉み合っている内に偶然、金のナイフがお前の腹部に刺さり、二回目は命を落としたと聞いたが……。その相手は本当にホリホックだったのか?」


 ディアンツのその鋭い質問にリアトリスが、小さく震えだす。

 そのリアトリスの反応にディアンツが、ゆっくりと口を開いた。


「本当は……アスターだったのだな……」

「ち、違うのです! その際は故意ではなく……本当に偶然で!!」


 リアトリスが悲痛な声で、必死に弁明する言葉を発しようとするが、何故か言葉が詰まって上手く出て来ない。

 そのもどかしさから、瞳にジワリと涙が溜まり出す。

 そんな出来過ぎた弟の婚約者にディアンツが憐れむような表情を向けながら、酷く優しい声で、ある事を確認してきた。


「お前はそれを……一生アスターに黙っているつもりなのか?」


 そのディアンツの問いにリアトリスが静かに俯く。

 するとリアトリスの瞳に溜まっていた涙がポタリと一滴、ドレスを握りしめていた手の甲に落下した。

 そして次の瞬間、堰を切ったように何粒もの涙が、同じようにリアトリスの両手の甲を濡らしていく。


「本当にあれは……事故だったのです……。あの時のアスター様は……まるで発狂したように何度も……何度も謝罪をされて……。何度も何度も必死に死なないでくれと泣き叫ばれて……。あんな悲痛な表情を浮かべて泣き叫んでいるアスター様をわたくしは、もう二度と見たくはありません……。ですが、もしその事を知ってしまわれたら……。優しいアスター様は、一生ご自分を責め続けてしまわれます……」


 リアトリスが必死でしゃくり上げそうになるのを堪えながら、絞り出すようにそう告げると、ディアンツが小さく息を吐く。


「前回の6回目をあえて、2回目と似た状況で自害したのは、もしアスターの記憶がうっすら残っていたとしても、上手く誤魔化せられる為か?」

「………………」

「全く……優秀過ぎるというのも問題だな」


 そう言ってディアンツが苦笑する。


「だがお前は辛くはないのか? お前の性格では、アスターに嘘をつく事で生まれる罪悪感で、心への負担が大きいように思うが……」

「構いません」

「何よりもこの先アスターが、その記憶をハッキリと思い出すかもしれないという状況に怯えながら過ごすのは、心休まらないのではないか?」

「それでも……わたくしは、絶対にこの事をアスター様にお話する気は、ございません」


 真っ直ぐ過ぎる目でそう訴えてくるリアトリスにディアンツが、目を見張る。


「ディアンツ殿下……時には、つかなければならない嘘もあると思うのです。この嘘はわたくしが一生かけて、つき続けるべき嘘だと思っております」


 そのリアトリスの固すぎる決意にディアンツが、観念するように息を吐く。


「分かった。ならば今お前から聞いた事は、私も忘れよう……。だがリアトリス、あまり何でも一人で抱え込もうとするな。確かにアスターは、抜けている所も多い……。だがあまりにも頼られないと、あの愚弟は不貞腐れるぞ?」


 あえて冗談めいた言い方をしてくれたディアンツに、リアトリスが涙を拭いながら苦笑する。するとディアンツが優しい眼差しを向けてきた。


「リアトリス、よく話してくれたな……」


 未来の義理の兄の労いの言葉に瞳に涙を溜めたまま、リアトリスが微笑む。

 昔からディアンツはアスターだけでなく、その婚約者でもあるリアトリスの事も実の妹のように目を掛けてくれていたのだ。

 いつもアスターをからかっている事の多いディアンツだが、二人が本当に困っている時には、全力で手を差し伸べてくれる事をリアトリスは知っている。


「全く……アスターだけでなく、もう一人の愚弟までも世話になるとは……。私の弟どもは、本当にどうしようもないな」

「ディアンツ殿下、それではホリホック様への調査は……」

「先程、お前が話してくれた事で、あいつは調査から外そう」

「良かった……」

「随分と慈悲深いのだな? お前を4回も手に掛けた相手だぞ?」

「その分、この7回目のやり直しでは、徹底的に報復をさせて頂きました」

「流石、リアトリスだ」

「恐れ入ります」


 そんな冗談をかわしていたら、急にディアンツが立ち上がり、先程机の上に置いた金のナイフの入った箱を手に取った。


「後は私が必ずこの元凶を始末する。もうお前達は何も心配する必要はない」


 そう言ってリアトリスに近づくと、ディアンツが優しく頭を撫でる。

 リアトリスにとって未来の義兄のその頼もしい言葉は、やっとこの不毛な繰り返しから解放される光が射した瞬間だった。


 そしてこの宣言通り、ディアンツが本格的にこの金のナイフの製作者の調査に乗り出した事で、リアトリスとアスターの未来が大きく切り開かれる事となる。

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