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18/24

18.想いが何度も繰り返させた

 金のナイフを処分してから、三か月後。

 アスターは、城内のバラ園で婚約者のリアトリスとお茶をしていた。


 まだ少し肌寒さを感じるが、バラ園は春らしさを全開でアピールしてきており、朗らかな日差しが気持ちいい。

 そんな心地良い季節が見せる雲一つない青空を見上げながら、茫然とした状態のアスターが、おもむろにポツリと呟いた。


「まさか……ビオラがパルドーと婚約するとは思わなかったんだけど……」


 四日程前、その報告を優秀な側近から受けたアスターは、その時公務で使っていた金のペン先を一つダメにするほど驚いた。

 その話をした後、原因となったその報告内容を改めて呟いてしまったのだが、それをティーカップにお茶を注いでいた婚約者が聞き、苦笑していた。

 少し前までリアトリスには、常に二人の女性護衛騎士がピッタリ張り付いていた。

 だが今はもう、その厳重警備体勢は解除されている。

 その為、今ここにいるのはアスターとリアトリスのみだ。


 三か月前に金のナイフを跡形もなく加工処分した後、アスターは長兄からカロライナ・ディルフィーユを名乗った女性宝石商の行方を調査するよう言われた。

 それはアスターからすると、意味の無い調査としか思えなかったのだが……。

 しかし長兄は、その人物がカロライナ・ディルフィーユを騙った実在する女性と考え、念の為に調べるよう指示して来たのだ。

 しかし罪悪感から、ビオラと直接話をする事をためらったアスターは、交流を深めていたリアトリスと、事情を知るパルドーにその役を頼んだ。


 すると二ヶ月目くらいから、何故かその聞き取り調査役は、パルドーだけが担当するようになっていたのだ。

 今思うと、その頃からビオラはパルドーに好意を抱いていたのかもしれない。


 次兄と同年齢でもあるパルドーだが、昔から大人びており、包容力もある。

 おまけにここ三年くらいは、演技とは言えリアトリスの嫌がらせと、ホリホックからの熱愛アピールで戸惑っているビオラの事を保護者的目線で見ていた。

 口数は少ない方だが、王族の側近を10年以上こなしている為、気遣いや配慮に関しては申し分がない程きめ細かく、その部分は次兄とは大違いである。

 アスターともまたタイプが違うが、男性慣れしていないビオラでもあの落ち着いた物腰は、話しかけやすかったのだろう。


 そしてパルドーの方も元々はビオラが社交界デビューした時、彼女に一瞬で心惹かれるも、次兄ホリホックの周りが引く程の熱愛ぶりの所為で、僅か15分で恋心を封印したという過去がある……。

 三年前までは、保護者目線で見守る様に見ていた少女も17歳の年頃になれば、一人の女性に見えてくるはずだ。

 そんな若い二人が調査の為とは言え、頻繁に会っていたら……恋に落ちてもおかしくはない。


「リアは大分前から知っていたの? ビオラがパルドーを好きな事を」

「わたくしは一カ月程前にビオラ様からその件で、ご相談頂きましたので」

「ああ……。だから途中から聞き取り調査役をパルドーに一任したのか」

「勝手に判断してしまい、申し訳ございません」


 苦笑しながら謝罪してきた婚約者につられ、アスターも苦笑する。

 あの騒動からリアトリスとビオラは、すっかり親友のような関係になっている。

 初めはビオラの方から、この三年間で社交界の評価が下がってしまったリアトリスの力になりたいという事から始まった二人の交流だったのだが……。

 リアトリスは、時間の繰り返しをしている中で、何度かビオラと親友関係を築いていた事がある。その為、ビオラの性格や好みをよく知っているのだ。


 対してビオラは、この三年間、偶然を装いながらもホリホックから自分を守ってくれていたリアトリスには、初めから悪い印象がなかったらしい。

 そんな二人が和解と称して、頻繁に交流を深めて行けば、あっという間に親友になるのも頷けた。

 今ではビオラの方が、アスター以上にリアトリスの事に詳しくなっており、後から親しくなったのにそれはないだろう……と、最近アスターはよく思う。


「そう言えば一昨日、ホリホック兄上に久しぶりに会ったから、その事を伝えたんだけど、もの凄く機嫌が悪くなって……。『お前の部下に対する管理不行き届きだ!』って、何故か僕が怒られたんだよね」

「ホリホック様は相変わらずのご様子なのですね? 臣籍降下をなさって公爵閣下になられても、お変わりなくお元気そうで、何よりですわ」

「元気過ぎて、むしろ迷惑だよ……。その後、三日連続で手紙を送りつけてきた上にその内容の殆どが、ビオラとパルドーの事ばかり聞いてくるんだ……」

「まぁ……。それでしたら、わたくしがお返事の代筆を致しましょうか? 『先にご好意を抱かれたのは、ビオラ様の方でございます』とお伝えすれば、少しはお静かになるかと思うので」

「リア。面倒だから、これ以上、傷心の兄上の心を(えぐ)らないでくれ……」


 次兄ホリホックは、あの騒動から二週間後に長兄ディアンツが管理していた領地を与えられ、公爵として臣籍に下った。

 その領地は国境付近にある為、貿易交流で賑わう場所でもあるのだが、トラブルや不正品の窓口にもなりやすい為、入管業務等が大変な領地だ。

 だが、元々国内全体での不正取り締まり業務の管理を中心に担当していた次兄には、かなり相性のいい領地だったようだ。

 次兄に治めさせてから不正品の流通が、かなり摘発されている。

 それに伴い隣国とのトラブルも大分減った。


 しかしビオラに関しては、未だに未練があるようで……想いが通じ合わなくても構わないので、陰ながら見守りたいという気持ちが強いらしい。

 だが、ビオラがパルドーと婚約した事で、それすら出来なくなった。

 更に残念なのは、ホリホックの好みの女性はビオラのような控え目で大人しい女性なのだが、そういう女性には苦手意識を持たれやすく、上手く行かない……。

 次兄を好みとする女性のタイプは、勝ち気で情熱的な女性が多いのだ。

 自分の好みと、慕ってくる女性のタイプが真逆な次兄。

 いい加減その事に早く気付いて欲しいと、アスターは切実に思っている。


「兄上は当分、結婚出来ないだろうなぁ……」

「その方がよろしいのでは? もしホリホック様がご結婚されれば、その奥方になられた女性は、かなりご苦労なさるかと存じますが」

「リアは本当に兄上の事、嫌いだよね?」

「嫌うだなんて、とんでもない! 仮にも未来の義兄になられる方でございます。その未来の義兄を思うわたくしの考えとして、ホリホック様のご性格であれば、しばらく独身を謳歌(おうか)される方がよろしいかと思いまして」

「本当に?」

「ええ。ですが、流石に何度もアスター様のお命を狙い、わたくし自身も何度も手に掛けられておりますので、多少なりとも敬意を払う事に躊躇(ちゅうちょ)してしまうのは、仕方のない事かと思われます」

「絶対、その前から嫌っていたよね……」


 そんな呑気な会話をしているアスターとリアトリスだが……。

 実はこの少し前までは、また時間が逆戻るかもしれない可能性を懸念して、その対策を二人で必死になりながら考えていた。


 とりあえず二人の挙式に関しては長兄の口添えもあり、リアトリスが成人した一カ月後……つまり今から一ヶ月後には挙げられる予定とはなっていた。

 そして挙式までの準備期間中に時間が逆戻った時の対策案を落ち着きながら考えられた二人。

 しかし挙式一カ月前になると、再び起こるかもしれない繰り返しに恐怖を感じずにはいられなくなった二人は、その不安と戦いながら、ここ最近は過ごしていたのだ。


 アスターの方は自分とリアトリスの挙式が切っ掛けで、また時間が逆戻りする可能性に不安を抱き、リアトリスの方はパルドーに惹かれているビオラの気持ちを知っているとはいえ、その恋が実らない限り、金のナイフに認識されてしまった彼女の願いは、解除されないのではという不安があった。


 しかし、それらの考えが全て取り越し苦労になったと確信する出来事が、今から一週間前に訪れたのだ。

 それがビオラとアスターの側近であるパルドーが、婚約したという話だ。

 この事で、金のナイフが認識していたビオラの願いは、完全にアスターではなく『パルドーとの幸せな未来』という内容に変わったはずだ。


 そうなればもうアスター達が、時間の繰り返しをする意味はない。

 そして自分の幸せを選択しただけで、偶然にも主人達の窮地を救う事に貢献したパルドーはある意味、護衛の鑑である。


 そんな急展開によって、あの恐ろしい呪いのような現象から一気に解放された二人は、やっと心休まる日々を手に入れたのだが……。

 その展開にアスターだけは、ある不満を抱いていた。


「ところでさぁ……何でもう時間の繰り返しが起こらない事が、確定されたと同時に僕とリアの挙式が、更に半年も先延ばしにされたのかなぁ?」


 恨みがましそうに呟くアスターにリアトリスが苦笑で応える。


「だっておかしいよね!? もう一ヶ月後に挙式するって、父上もプルメリア侯爵も一端了承してくれたんだよ!? それなのに状況が変わった途端、まだ公表していないからって、そう簡単に予定を変更するのは良くないよね!?」


 珍しく不機嫌さ全開で訴えてくるアスターにリアトリスが更に苦笑する。


「その……ディアンツ殿下がおっしゃるには、急に臣籍降下をなされたホリホック様のご担当されていたご公務が、未だに残ってしまっているらしく、今の状態でアスター様までこの城を出られてしまうと、通常のご公務に大きな支障が出てしまうとの事でしたが」

「でも別に挙式を延期する事はないよね!?」

「それに関しましても……アスター様が爵位を拝命される際、受け取られるグラジオラス領は、前領主の不正で領民が相当苦しめられていたらしく、領民達の『領主』という存在に対する印象が良くないそうです。その為、次期ご領主になられるアスター様には、新婚で初々しい状態で領主になって頂き、領民の好感度を上げて頂きたいとの事で……」


 その内容を聞いたアスターが、テーブルに突っ伏した。


「父上も兄上も僕には『お前にリアトリスの夫は、まだ早い!』の一点張りだったのに……。リアには、しっかり本当の理由を説明しているんだね……」

「そ、そのようなことは!」

「いいんだ……。もうこの扱いには慣れたよ……」

「ア、アスター様!」


 テーブルに突っ伏したまま愚痴っているアスターにリアトリスが、掛ける言葉が思い付かずに困っていると、その様子を窺うようにアスターが、チラリと目を向けながら顔を少し上げた。


「リアは、僕との挙式が先延ばしになった事への不満はあまりないの?」


 その拗ねたようなアスターの様子にリアトリスが、思わず苦笑してしまう。

 ここ最近、自分を窘めるアスターの姿しか見ていなかったので、尚更その仕草が子供っぽく見えてしまったのだ。


「確かに……挙式が延期になってしまった事は残念に思います。ですが、わたくしは、こうしてアスター様がご無事でいらっしゃるだけで満足なのです」


 その言葉にアスターが目を見開きながら、完全に顔を上げる。

 しかし、すぐに何かを堪えるような辛そうな表情を浮かべた。


「僕は……それだけじゃ嫌だ」

「えっ?」

「僕はリアが無事である上で……尚且つ僕と一緒に幸せになってくれないと、絶対に嫌だ!」

「アスター……様?」


 急に感情的になったアスターにリアトリスが少しだけ戸惑う。

 するとアスターが辛そうな表情をしながら、絞り出すように語りだす。


「本当は……この事をリアに伝えるのは、もの凄く怖くて……。ずっと黙っていたいとも思っていたけれど、でもしっかりと伝えるべきだと思う」

「ずっと黙っていたい事……ですか?」

「リア、何で何度も僕達が時間を繰り返していたと思う?」

「何でと言われましても……。それはわたくしが、あの金のナイフの望む展開で、死を迎える事が出来なかったからではないのですか?」

「違うよ……」


 そこで一端、アスターが俯きながら、グッと堪えるような様子を見せる。


「時間の繰り返しが起こっていたのは、僕のせいだ。毎回、君が死んでしまった後、僕はその事が堪えられなくて、ビオラを選択するという道を一切選ばなかったんだ……。だからあの金のナイフは、何度も何度も僕がビオラを選ぶまで、人生をやり直させた……。その度にリアは命を落とし続けたんだ」


 悲痛な表情で、ずっと抱えていた罪悪感を告白したアスターは、テーブルの上で組んだ両手に額を押し当てて、そのまま項垂れてしまう。


「ごめんね、リア。その所為で何度も君に苦痛を与え続けてしまって……。でも僕は、何度時間を繰り返しても結局最後は、リアを選んでしまっていたと思う……。僕にとって、リアがいない人生は終りも同然なんだ……。たとえ、それが何度もリアに苦痛を与える結果となってしまっても僕はリア以外を選べない。選びたくない……」


 そのまま押し黙ってしまったアスターの元へ、リアトリスがゆっくり近づく。

 そして少しでも安心させようと背中に手を添えると、アスターが小さく震えている事に気付いた。


「アスター様……」


 そう呼びかけたリアトリスは、祈る様な体勢で項垂れてしまったアスターを下から覗き込む様にして、その目の前で(ひざまず)く。


「わたくしも同罪です。わたくしもアスター様が目の前で命を落とされる姿を見たくないが為に、何度も何度もホリホック様の前に躍り出てしまいました。その所為でアスター様には、何度も死に際をお見せしてしまった……。わたくしも同じなのです。わたくしにとってもアスター様のいらっしゃらない世界は、何もない空っぽの世界でしかないのです」

「リア……」


 涙目になったアスターが、やっと顔を上げて目の前で跪いているリアトリスを見下ろす。しかしリアトリスの方は、すでに頬に涙を伝わせていた。


「それでも……どうしても生きて頂きたかった。それがずっとアスター様を苦しめる事になろうとも……生きていて欲しかったのです」


 そのまますすり泣き出してしまったリアトリスをアスターが、自分の方へと引き寄せる。


「そうか……。それじゃあ、僕達はお互いがお互いを想い過ぎて、時間の繰り返しを起こしていたんだね?」

「はい、恐らくは。ですが、その繰り返しのお陰で、こうして二人とも無事な時間を取り戻せたのだと思います……」

「そうだね……。リアの方ばかり負担が掛かるような繰り返しだったけれど」


 自嘲気味にそう答えたアスターは、自分のみぞおち辺りに顔を埋めるような体勢になっているリアトリスを更に深く、大切そうに抱きしめる。


「でもね、リア。もしこの先また同じような状況が起こる事があったら、絶対に約束して欲しい事があるんだ」

「はい」

「もしまた君が命を落す状況が何度も繰り返される現象が起こったら……」


 そこでアスターは一端言葉を切って、抱き寄せていたリアトリスを少し離してから、優しく両手で頬を包み込む。


「その時は、僕の事を置いて行かないで……」


 アスターのその約束内容にリアトリスが目を見開く。


「アスター様、そちらのお約束は……」

「頼む。絶対に約束してくれ……」


 そう言ってアスターは、瞳を閉じて自分の額をリアトリスの額に押し当てる。

 その約束は、リアトリスが絶対にしたくないものだ。

 だが、自分がもしアスターの立場だったら……。

 そう考えてしまったリアトリスの返答は、一つしかなかった。


「分かりました。必ずお約束いたします」


 その言葉に安心したアスターが、再びリアトリスを引き寄せ深く抱きしめた。

とりあえず『想いが何度も繰り返させる』の本編は、終了となります。

ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがどうございました!

尚、以下の番外編もございます。


・『優しい嘘』→本編13話の裏の話で第一王子とリアトリスのやりとり。

・『心配性』→本編17話から一週間後のアスターとパルドーのやりとり

・『変わる願い事』→本編17~18話の間のビオラとパルドーの話。

・『新しい朝が来る幸せ』→本編終了後の夫婦になってるアスター達の話。

・『過ちも何度も繰り返される』→ある伯爵令嬢と女性宝石商の話。

※ちなみに番外編の最終話は、この作品のあとがきになります。


ご興味があれば是非、番外編もお楽しみください。

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