17.決意と誓い
城に戻ったアスターは、情報収集等で今回かなり協力してくれた長兄ディアンツにビオラから聞いた話を報告していた。
ちなみにリアトリスは、途中で彼女の家まで送り届けて来たので今はいない。
アスターにしてみれば、この城には例の金のナイフと、5回もリアトリスを手に掛けたホリホックが揃っている状態だ。
そんな場所にリアトリスを連れてくる事は、避けたかった。
その為、一緒に報告しに行くと聞かないリアトリスを何とか説得して、先に家に帰したのだ。
しかしアスターの報告を聞いたディアンツは、かなり顔を顰めていた。
「またその現実離れした話の内容になるのか? これでは『ラインスの呪い』に該当する品の出所が、全く掴めないではないか!」
「まさか僕の方でもビオラの口から、記録上それらの品の最後の被害者である人物の名前が出てくるとは思いませんでした」
「それで? その女宝石商の外見や特徴などは、確認したのか?」
「はい。セラスチウム家の使用人が覚えておりましたので、確認はしてあります。ただ……」
「ただ、何だ?」
「その特徴が50年前に亡くなったカロライナ・ディルフィーユの外見と、かなり一致するのですが……」
そのアスターの返答に長兄ディアンツが、盛大にため息をついた。
「呪いの次は死霊か? 全く! お前達が体験しているその不可解な現象は一体何なのだ!! これでは学者共にジェイク・ラインスの情報を不眠不休で、用意させた意味がないではないか! そもそも今回の件で、まだ回収しきれていないそれらの品を一網打尽に出来ると踏んでいたというのに……これではとんだ骨折り損だ!」
今回やけに長兄が協力的に動いてくれていると思っていたアスターだが……どうやら本来の目的は、弟に起こった不可解な現象の解明ではなく『ラインスの呪い』に該当する品の回収だったらしい。
流石、現実主義な長兄だ。
弟達の事よりも国民の安全性を優先させ、危険物回収の方に重点を置く姿勢は、ある意味、王太子の鑑である……。
しかし長兄のその意気込みも虚しく、アスターが持ち帰った情報は、またしても不可解な内容だった。どちらにせよカロライナ・ディルフィーユと名乗った女性宝石商は、色んな意味で見つけ出す事は不可能だろう。
すると長兄が、自分の執務机の上に置いていた例の金のナイフを手に取った。
その長兄の行動にアスターが、ギョッとする。
「それで? お前達は今後この金のナイフが起こしていると推測している非現実的な現象をどのように回避するつもりだ?」
片手にナイフをパシパシ打ちつけながら、聞いてくる長兄にアスターが呆れた。どうやら長兄にとってあの金のナイフは、ただのナイフでしかないようだ。
「まずは早急にその金のナイフを処分して頂きたいです。そしてその現場に僕とリアを立ち会わせてください」
「一応、解体の段取りは打ち合わせ済だ。早ければ明後日には処理出来るが……どうする?」
「ではその予定で、お願い致します」
「分かった。手配しよう。それで? 他には何か対策としての案はあるのか?」
明らかに面白がって聞いてくる長兄にアスターが、呆れて小さく息を吐く。
アスターにしてみれば、対策をしっかりしなければリアトリスの命に関わる事なので、笑い事ではないのだが。
「僕とリアの挙式をなるべく早めて頂きたいです」
アスターのその申し出にディアンツが、片眉を上げる。驚いた時の長兄の癖だ。
「それがお前達の言う時間を逆戻りする対策になるのか?」
「対策というか……確認ですね。本日ビオラから聞いた金のナイフの購入動機と、兄上の考察を合わせて考えると、どうやらそのナイフはビオラの願いを叶える為、リアを排除対象と捉えている事が推測されます」
「だろうな。あのナイフが叶えようとしているのは、ビオラ嬢とお前を結びつける事のようだからな」
あえてアスターが言わなかったビオラの恋心の部分を強調する長兄は、面白そうにニヤニヤしている。
そんな長兄の態度にアスターが、不機嫌そうな表情を浮かべる。
今のアスターには、長兄のからかいに乗れる余裕などない。
そんな余裕のない弟にディアンツが苦笑する。
その反応に更にアスターが不機嫌になり、ムスッとした表情で話を続けた。
「そして時間が何度も逆戻りする現象ですが、毎回リアが死んだ後、僕の心がビオラに向かなかった事で、起こっていた現象だと思います」
「確かにお前がビオラ嬢へ好意を抱かなければ、彼女の願いは叶わないからな」
アスターのその考えに珍しく長兄が、感心するような声を上げた。
「しかし今の状況だと、リアがあの金のナイフで命を落とす事はありません。ですが、もし僕とリアが式を挙げれば、リアが生きている状態でビオラの願いが叶わない事が確定されます。その場合、金のナイフが処分された状態でも再び時間の逆戻りが起こるかどうか……それを確認しなければ、僕達は安心する事が出来ません」
「なるほど。時間の逆戻りは、ナイフの存在の有無が関係しているかどうか、まだ分からないという事か……。恐らく、過去の変死事件も繰り返される時間の逆戻りに堪え切れなくなった被害者達が、自害していた可能性が高いな。まぁ、私としては、その話は全く信じられんが……」
ディアンツが顎に手を当てて、考え込む仕草をする。
しかしすぐに顔を上げ、アスターの顔をじっと見つめ返して来た。
「だがお前達が挙式する事で、再びその繰り返しの現象が起こってしまったら、お前はどうするつもりだ?」
その長兄の質問にアスターが、一瞬だけ体を強張らせる。
しかしその件に関しては、先程馬車の中でリアトリスとある約束をしていた。
「今回も時間が逆戻ってしまったら、先に記憶が戻るリアにその時間が繰り返す現象を僕が信じるまで、説得して欲しいと頼みました。お互いもう一人では抱え込まず、二人で立ち向かうと決めております」
「リアトリスはともかく、8回目のお前がその話を信じるかどうかは、甚だ疑問だな。現に一度、お前はその話を信じなかった時があるのだろう?」
その瞬間、アスターが目を見開く。
「何故、兄上がその事を……」
「お前が意識の戻ったホリホックと話している間、リアトリスからもその時間が逆戻る現象について確認した。お前の口から聞くとバカバカしい話にしか聞こえないが、リアトリスの口から聞くと不思議と信じたくなる」
「兄上……リアばかり贔屓しないでください」
「仕方がないだろう? リアトリスは優秀なのだから。お前よりよっぽど役に立つ可愛い未来の義妹を贔屓して何が悪い」
真面目な話をしているはずなのだが、全力でふざけてくる長兄に再びアスターが、不機嫌そうな表情を返す。
すると流石にやり過ぎたと感じたらしい長兄が、少しだけ真面目な顔をした。
「だが挙式を早める事は難しい。早くても三か月は先になる。お前も以前、演技だったリアトリスの暴走緩和の為、その事を打診した事があっただろう? だが成人前の挙式は、娘の体裁に良くないと主張するプルメリア侯爵の意見で、父上から却下されたはずだ」
そう言えば二カ月程前に同じように希望を出した事をアスターが思い出す。
リアトリスの父親は娘を溺愛している為、アスターにやや厳しいのだ……。
「分かりました。ですがリアが成人した後、すぐに挙式出来るよう父上への説得の手助けをお願い致します。父上もプルメリア侯爵同様、リアを実の娘の様に溺愛している為、恐らく挙式を早める事は反対されると思うので……」
「断る。そう言う事は母上に頼め。そもそも一人前の男なら、自分の伴侶を手に入れる努力くらい自分でしろ」
長兄にバッサリ切られたアスターは、痛いところを突かれて何も言い返す事が出来ず、そのまま口を噤んでしまった。
二日後、王家専属の鍛冶職人と彫金職人を抱えている工房に5人以上の護衛を伴い、アスターとリアトリスは訪れていた。
リアトリスに関しては、ホリホックに襲われかけて以降、必ず女性護衛騎士を二人付けるようアスターが手配している。それだけあの金のナイフが、アスターに与えたリアトリスを失うかもしれない事に対しての脅威は根深い……。
「それでは、こちらのナイフの解体を始めさせて頂きます」
そう言って数人の職人達が、アスター達の前で作業を始め出した。
刀身から刃部分を外し、宝石のはめ込まれている部分のみを残しながら、金素材の部分を溶かしていく。
外された宝石部分は、そのまま彫金職人の方に引き取られ、石を傷付けないように丁寧に金属部分から外されていった。
一方、金素材の部分は、高熱で熔かされてドロドロの状態の液体にされ、クッキー程の大きさの小さな正方形の鋳型に素早く流し込まれていく。
二人を苦しめた金のナイフは、目の前で一瞬にして全くの別の物へと変わった。
そして二時間もしない内に二人の前には、三種類の宝石と一口大サイズの金塊数個、そして光沢のある濃い黒と灰色の中間のような色をした小石が並べられる。
「こちらが先程の金のナイフが作られた素材になりますね。ディアンツ殿下からは、これらを城の宝物庫の方へと届けて欲しいと伺っておりますが……」
「いや、このまま僕が持ち帰る。ナイフを入れてきた箱に全て詰めてくれ」
「かしこまりました」
そうして金のナイフと呼ばれていた物は、素材感しかない形にされ、二人の目の前で箱に詰められていった。
そしてそれをアスターが受け取る。
もうこの金のナイフに関しては一時の油断も出来ない程、不信感で溢れかえったアスターは、素材に戻った状態でも誰かに運ばせる事はさせたくなかったのだ。
そして、隣でずっと息を張り詰めていたリアトリスも安堵するように息を吐く。
「リア、大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます。もうあの金のナイフが原型を留めていない安心感からか、つい気が抜けてしまいました……」
「僕もだよ……。一応、『ラインスの呪い』の品は150年前から、回収される度にこういう形に加工され、城の宝物庫で保管しているそうだよ。確かにこのサイズの状態では、人の命を奪うような状況にはならないからね」
そう言ってアスターが、その箱を小脇に抱えて、馬車の方へと歩き出す。
すると後ろに付いていたリアトリスが、急に立ち止まった。
「ですが、これらを使って、また新しい道具を作る様な事があれば……」
その言葉に苦笑したアスターが、安心させるようにリアトリスの手を取り引く。
「大丈夫だよ。兄上もその事を気にされていて、今後これらは国が管理する教会や聖堂の建築資材の一部として使うって言っていたから。宝石とかは、多分ステンドグラスを作る時に粉末にされて使われるんじゃないかな」
「教会や聖堂……それは浄化の意味も込めてでしょうか?」
馬車の前まで到着し、先に乗り込んだアスターにリアトリスが質問する。
その質問に答えながら、アスターがリアトリスに手を差し出した。
その手を借りてリアトリスも馬車に乗り込む。
「それもあると思うけれど……鎮魂の意味合いの方が強いかな?」
「鎮魂?」
「ジェイク・ラインスが作ったこれらの品は、製造過程でも完成後でも多くの人の命を奪っているからね……。そもそも彼もパトロンだった伯爵夫人も何故、このような品を非人道的な事までして、生み出したのか……。今となっては、その真相は分からないけれど、二人とも普通の精神状態ではなかったと思う」
そのアスターの考えにリアトリスが、静かに頷いた。
「僕達もこの呪いのような不可解現象から解放されたかは、まだ分からない状態だ。でもまた時間の繰り返しが起こったとしても次は、絶対にリアと一緒に立ち向かいたい。だから、リア……」
そこで一端言葉を切ったアスターは、リアトリスの手を取って両手で包み込み、祈りを捧げる様に自分の額を押し当てた。
「もしまた時間が逆戻っても……一人で戦わず、僕も隣で戦わせてくれ……」
「アスター様……」
「もうあんな思いは、二度としたくない……」
アスターが絞り出すようにそう呟くと、リアトリスの方もアスターの両手に額を押し当てる。
「必ずアスター様と、ご一緒に立ち向かうとお約束致します」
「絶対に……約束だよ」
「はい」
この時二人は、いつ時間が逆戻るか分からないという状況でも、いつ時間が逆戻ってもいいように今の平和な時間を精一杯過ごそうと、覚悟を決める。
そして例え何度も時間が逆戻る事を繰り返したとしても……お互い最後まで抗い続けると誓った。
しかし三か月後、その誓いは取り越し苦労となる……。
二人を苦しめたその呪いのような現象は、思わぬ展開で解除されたからだ。