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14.不毛な恋への期待

 ビオラはアスターから送られて来た二通の手紙を読み返しながら、不安と期待の入り混じった感情を抱いていた。


 不安を感じているのは、アスターの18歳の誕生日祝いにビオラが贈った金のナイフについて、確認したい事があると書かれている部分……。

 期待しているのは、自分の屋敷に第三王子でもあるアスターが、わざわざ訪問してくれるという部分だ。


 城内以外の場所で、アスターに会える事は嬉しい。

 だが婚約者のリアトリスが、頑なに受け取りを拒む様に訴えていたあの金のナイフについて確認したいという内容は、もしかしたらあの贈り物を受け取れないと言われ、返されてしまうかもしれないという不安がある……。


 ビオラは、三年前の社交界デビューした日から、ずっとアスターに恋心を抱いていた。そしてその切っ掛けとなった出来事は、初めての登城で迷ってしまったビオラをアスターが、パーティー会場まで案内してくれた事だった。

 何故、初登城だったビオラが城内で迷うような単独行動をしていたのか……。


 5人家族のビオラは兄と姉がいるのだが、男性と接する機会が父と兄以外あまりなかった為、異性と話す事が苦手だった……。だが、兄にエスコートされながら、初めて参加したリアトリスの14歳の誕生パーティーでは、ビオラは何故か同じ年頃の興味津々な令息達に囲まれてしまう。


 当初の予定では、まずは同じ女性同士の交流が広げられる事に期待を膨らませていたビオラの社交界デビューは、その状況の所為で、あっという間に奈落の底に突き落とされる結果となった。

 姿を現しただけで、会場内の令息達の注目を一気に集めてしまったビオラは、その一瞬で他の令嬢達から冷たい目を向けられ、距離を取られてしまったのだ……。

 幼少期から体が弱く、地方に住む伯母のところで療養していたビオラにとって、同性の友人を持つことは、ずっと憧れだったのだが……。

 その瞬間、もうここでは同性の友人を得る事が出来ないと確信してしまう。


 その状況に心が折れてしまったビオラは、会場にいる事が辛くなり、そのままこっそりと抜け出して、城内の誰もいない場所を探し求めていた。

 だが、エスコートしてくれた兄が心配してしまうと思い直し、やはり会場に戻ろうとしたのだが……そのまま迷ってしまったのだ。

 そんな時に出会ったのが、第三王子のアスターだった。


 だがこの出会いが、後の三年間に大きな影響を与える事となる。

 アスターに連れられ会場に戻ると、その日の主役でもあるアスターの婚約者のリアトリスの不興を買ってしまったのだ……。

 それから三年間、リアトリスは必要以上にビオラに絡むようになる。

 アスターは、自分の婚約者のその目に余る行動を何とかしようと、ビオラの事を何度も気に掛け、庇ってくれた。


 そしてこの同時期、アスターの兄である第二王子ホリホックからもビオラは、必要以上に執着されるようになる。

 だがホリホックの執着は、ビオラに対しての全力の好意から来る物だった。

 しかし……あまり男性に免疫がなく、父も兄も穏やかな性格のビオラにとっては、積極的にグイグイとくる声の大きなホリホックは、少し怖かった。

 何よりも自身の考えや希望を押し付けてくる彼の強引さが苦手だった……。

 それに気付いたアスターは、そんな自分の兄からもビオラを庇ってくれた。


 そんな風に自分を気に掛けてくれるアスターは、他二人の王子達のように目立つタイプではなく、おっとりとした雰囲気の穏やかな性格で、まさにビオラの理想像の男性そのものだった。

 しかし……アスターには、10年近く婚約しているリアトリスがいた。

 ビオラと出会う前のリアトリスは、社交界でも指折りの素晴らしい淑女と言われており、地味で目立たない第三王子には勿体ないと陰で囁かれる程、評価の高い令嬢だったと姉から聞いていたビオラ。


 しかし三年前にビオラが彼女の不興を買ってしまってからは、彼女はまるで別人のようにビオラに対して、執着気味な嫌がらせを始めたのだ。

 その嫌がらせ行為を目にした周りの人間達は、それを切っ掛けに皆、リアトリスから離れていってしまう。

 逆に同性から冷たい視線を向けられていたビオラの方は、同情の念を抱かれ、いつに間にか周りからの視線が優しい物へと変わっていった。


 そしてこの三年間、リアトリスと第二位王子ホリホックから、執拗以上に絡まれ続けたビオラにとって、毎回自分を気に掛け、庇ってくれるアスターは、まるでロマンス小説に出てくるヒーローのような存在だった。

 そんな理想の塊のような男性に何度も助けられてしまえば、例え婚約者がいたとしても恋心を抱かずにはいられない……。

 この三年間、不毛だと分かっていてもビオラは、どんどんアスターへの恋心を募らせて行ってしまったのだ。


 そして今日の午後にそのアスターが、このセラスチウム家の屋敷へと足を運んでくれるという手紙を今朝方、受け取った。

 その状況に初めは、期待に胸を膨らませたビオラだったのだが……。

 そこには昨日受け取った手紙にも書いてあった『金のナイフについて、どうしても確認したい事がある』という内容が、再び書かれていたのだ。


 何故、アスターはあの金のナイフの事が気になっているのだろうか……。

 そんな疑問を抱くビオラだが、実は彼女自身もあの金のナイフに関しては、後ろめたい気持ちがあったりする。

 実はあの金のナイフをアスターに贈る事にビオラは、ある二つの特別な意味を込めていた……。


 その一つが、この三年間でビオラがアスターに募らせてしまった恋心を埋葬する為の自分なりのけじめ的な儀式としてだ。

 18歳になり成人したアスターは、その三か月後に成人するリアトリスと、年内中に挙式する事が確定する。

 すなわちもう婚約が解消される事は、ほぼないという事だ。

 それはビオラの恋が終わった事を意味する……。

 だから誕生祝いの贈り物をする事で、自分の気持ちにけじめを付けたかった。


 もう一つが、この金のナイフにビオラのある想いを乗せる事だ。

 そしてその考えを思い立った事が、このナイフを購入する決め手だった。

 

 今から約一カ月程前、ビオラは実る事のない恋心を埋葬する為、アスターへ誕生日プレゼントを贈りたいと思い、それを何にするかで悩んでした。

 すると何故かアスターの兄である第二王子のホリホックにその事を勘づかれ、強引にそのプレゼント選びの手助けをされてしまったのだが……。

 ホリホックが紹介してくれた城内御用達の商人達の選りすぐりの品は、子爵令嬢のビオラが手を出せない物ばかりで、全く参考にならなかった。


 それから一週間後、その商人達からビオラが成人する男性への誕生日プレゼントを探しているという話を聞いたという女性宝石商が、セラスチウム家の屋敷を訪れてくる。


 その宝石商は、王家が管理している国内で一番大きな商人ギルトに属しており、その証明書と王城出入りの許可証でもあるブローチを身に着けていた。

 カロライナ・ディルフィーユというその女性宝石商は、商人とは思えない程の優雅な振る舞いをする若くて美しい女性だった。

 そんな彼女がビオラの話を聞きつけて、是非何品か男性向けの贈り物を提案したいと言って来たのだ。


 身元もハッキリしており、何よりも王城に出入りしている宝石商という事で、ビオラはこの申し出を受ける事にした。

 彼女の提案する商品は実用的に使える物が多い中、その全てに美しい宝石があしらわれている素敵なデザインの物ばかりだった。

 だが紹介されたのは、ホリホックが呼び出してくれた商人達と同じような金属ペンや懐中時計、カフリンクス等の男性に贈る定番の品物ばかり……。


 しかしビオラは、誰も思い付かないような特別な物をアスターに贈りたいという気持ちが強かった。

 もうアスターと関われる機会は、これが最後になる……。

 だから最後くらいは特別な物を贈って、少しでもアスターの心の中に残りたいという思いが、ビオラの中に強く根付いていたのだ。


 その事を聞き上手なカロライナは、ビオラからあっさりと引き出した。

 もちろん、贈る相手がこの国の第三王子である事は、言っていない。

 だが、ビオラが意中の男性に贈るという事を知ったカロライナは、あの金のナイフをビオラに勧めてきた。


 そんなビオラは、祝いの品に刃物を贈る事に少し抵抗を感じていた。

 だが、熱心に勧めてくるカロライナのある一言によって、考えが変わる。


「こちらの金のナイフは、恋を実らせるという言い伝えもございますのよ? そもそも東の大陸では、刃物は悪縁を断ち切り、良縁を迎えやすくするとも言われております。その他にも邪気払いの品としても扱われる事も多く、持ち主を守るとも言われておりますので、節目のお祝い品としてはピッタリかと!」


 ビオラは、カロライナのその売り込み口上の『恋を実らせるという言い伝え』という部分に思わず反応してしまったのだ。

 気持ちを一生伝える事が出来ない不毛な恋をしてしまった自分。

 ならば、そんな迷信のある品物を贈り、こっそり自分の恋心を乗せたい……。

 そう思ったビオラは、その場ですぐにその金のナイフの購入に踏み切った。


 そんなビオラにカロライナは、まるで自分の事のように幸福そうな笑みを浮かべながら「こちらのお品物は、必ずお嬢様に幸福をもたらしますよ!」と言って、代金と引き換えにその商品をビオラに手渡した。


 ビオラ自身は、自分の恋を終わらせる為のけじめとして、後ろ向きな思いから、アスターへの誕生祝いを贈ろうと考えていたのだが……。

 その金のナイフを購入した時は、ほんの少しだけその迷信に自分の想いを託してもいいだろう。そんなささやかな気持ちが生まれていた。


 成就する事がない自分の悲しい恋……。

 ならばその信憑性のない迷信に想いを託すくらいは、許されるだろう。

 そんな経緯で、こっそりアスターへの想いを乗せる為に選んだ品が、あの金のナイフだったのだ。


 ところがその金のナイフをアスターに贈った直後から、ビオラがその迷信を信じたくなるような展開が起こり始める。

 まず最初に起こった事は、その金のナイフを切っ掛けに誕生パーティー会場で、アスターとリアトリスが、かなり人目を引く口論を始めてしまった事だ。

 今まで何度もリアトリスが行うビオラへの辛辣な言動を窘めてきたアスターだったが……その時は、何故か彼らしくない意地悪な制裁の加え方をした。


 そして更にその後のホリホック主催のお茶に同席して貰った際は、普段はそこまで激怒しないアスターが、リアトリスとの婚約解消を考え出してしまう程、彼女の態度に失望して、それを示唆するような事を口走る出来事が起こる。


 そんな展開が起こってしまった事にビオラは酷く焦った。

 迷信とは言え、自分が恋愛成就の効果があると言われているあの金のナイフをアスターに贈ってしまったから、二人が急に不仲になったのでは……と。

 ビオラは恋の成就を願って、あの金のナイフを贈った訳ではない。

 ただ伝えられない恋心をさり気なくあの贈り物に乗せたかっただけだ。


 だが同時にあの金のナイフに伝わる迷信に対して、心のどこかで淡い期待を抱いていた自分も少なからずいた。

 その事に気付いてしまったビオラは、自分の浅ましさに愕然とする。

 そしてそんな自分は、今のこの都合の良い方向に動いている展開にも何かを期待してしまっているのだ。

 バラ園からの帰り際、アスターに思わず確認してしまった言葉……。


『本当にリアトリス様とのご婚約を解消されるのですか……?』


 その言葉を口にした瞬間、ビオラは自分の中にあった浅ましい部分を実感せずには、いられなかった。


 恋を終わらせる決意の為に贈るだなんて、嘘ばかり。

 心の中では、自分はあの二人が破局する事を望んでいるのではないか……。


 その(くすぶ)っていた気持ちの存在を自覚してしてしまったビオラは、自分という人間の醜さにショックを受けた。

 しかし、その醜い自分は、今からここへ訪れるアスターに対して、更に淡い期待を抱いてしまっている。


 もしかしたら今日、婚約解消したという内容で話を振られるかもしれない。


 自身ではけして、そんな事を思っていないと信じたいのに……。

 その期待を抱いてしまっている醜い自分が、確実に自分の中にはいた。

 そんな自分を許す事が出来ないと思う反面、もしアスターがリアトリスと婚約解消するような事になったら、それを無意識に喜んでしまう自分の姿も容易に想像出来てしまったビオラ。


 だから今日アスターに会う事には、不安と期待が複雑に入り混じる。

 もうこれ以上、自分の汚い部分を自覚したくない……。

 そんな思いを抱きながら、アスターの訪問を待っていたビオラだが、その心配は取り越し苦労で終わる事となる。


 何故なら、屋敷を訪れたアスターは、傍らにリアトリスを伴っていたからだ。

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