019話.火事と喧嘩は江戸の華?
「店の中にいる奴らに告ぐ、武器を捨てて出て来い!」
突然、店の外から怒鳴り声が響きわたる。
さらにいくつもの足音と武具のこすれる音。さらに剣を鞘から引き抜く音も聞こえて来る。
そんな中、テーブルで食事をするペリエ達。
それとは対照的に店の店員と料理人たちが慌てて店から逃げていく。
「何だか店の外が騒がしいね」
頬に料理をめいいっぱい貯め込み、まるでリスの様に頬を膨らませる妖精のルリが他人事の様に話す。
「先ほどベッツィー様が遊ばれた兵士が仲間を連れて来たのではないでしょうか」
酒の入ったジョッキを傾け、店の外で剣を構える兵士達の姿を眺めるシルキーもまるで他人事だ。
「僕は、静かに食事がしたかったな」
ペリエは、皿に残った僅かの料理を自身の皿に移すとナイフでそれを切り分け自身の口の中に放り込んだ。
「あっ、あいつらだ。いきなり俺達の手にフォークを刺しやがったんだ!」
手を血だらけにした兵士が唾を飛ばしながらペリエ達に向かって叫んでいる。
店の外に居並ぶ兵士達は、大盾をいくつも並べ攻撃に備える。さらに魔術師が物理防壁の魔法まで展開している。
大盾を構えた兵士が徐々に店の中に入りペリエ達が食事をとるテーブルに近づいて来る。
ところがペリエ達はというと、そんな兵士の姿をまるで他人事の様にとらえ相変わらず食事を続けている。
「ベッツィー様。そろそろ後ろにいる連中を何とかしないと、テーブルをひっくり返されて食事ができなくなりますよ」
口の中に料理をこれでもかというくらい押込み酒でそれを喉に流し込むベッツィー。
「それは面倒だ。この料理は美味いしもっと食いたい」
まだ口の中に詰め込んだ料理を租借しながら仕方ないという表情を浮かべ、嫌々ながらベッツィーが椅子から立ち上がる。
すると大盾を構えた兵士達が一斉に身構える。
「いくぞ。やつらを確保する。手に余る様なら殺しても構わん!」
大盾を構える兵士達の後ろに他の兵士よりも少しだけ装飾が施された軍服を着た男が指示を出す。
ペリエ達に向かってじりじりとにじり寄る兵士達。
”ドン!”
戦いは、そんな音で始まった。
椅子から立ち上がったベッツィーは、目にも止まらぬ速さで大盾に向かって拳を突き出した。それにより大盾はひしゃげ
それを持つ兵士は、剣を持つ兵士を巻き込みながら後方に吹き飛ばされていく。
その光景にあっけに取られ身動きの出来ない兵士もいれば、ベッツィーに向かって剣を振り下ろす兵士もいる。
”ゴン”。
ベッツィーに振り下ろされた剣は、肩に直撃した。だが剣が肩に食い込む事もなく、肩から胸にかけて切り込む事も無かった。
”パキン”。
振り下ろした剣が皿を割る様に砕かれる。それを行ったのはベッツィーだ。
「えっ、えっ・・・」
根本から砕かれた剣を構えた兵士は、声にならない声を発しながらワナワナと震え始める。
「どうした。お前が振るった剣は、我の肩を切り裂く事など出来ないぞ」
”キン”。
今度は、ひとりの兵がベッツィーの腹に剣を突き刺した。だがベッツィーの腹に剣は、1mmも突き刺さってなどいない。
そうベッツィーは、人族の女性の姿をしてはいるが龍族だ。皮膚を龍の鱗と同じ様に硬化させる事で剣など全く通じない体に出来るのだ。
そして数人の兵士が宙を舞う。剣と大盾も宙を舞う。店の窓を粉砕し外に投げ出される兵士達。
「大層な武器を持ちだした割には、大した事ないな。そんなもので私を倒せるとでも思ったのか」
テーブルや椅子が砕け壁に穴が開き窓は粉々。大盾はボコボコにひしゃぎ剣は割れた皿の様に折れる。
店の中で魔獣が暴れたのかという様な惨状だ。
いや、魔獣が暴れたという表現は、全く持って正しい。
ベッツィーは、現役の地龍である。つまり人族かすれば魔獣なのだ。
廃墟となった店から通りへと出たベッツィー。それを大盾を構えながら遠巻きに囲う兵士達。
「いいか。奴は武具も装備していない。剣も持っていない。ましてや魔法も詠唱してもいない。分かるな」
「分隊。一斉突撃用意!」
兵士達は、剣をベッツィーに向けると隊長の合図を待つ。
「突撃!」
その言葉と共に兵士達は、ベッツィーに向けて走り出すと渾身の力を込め剣を振り下ろす。
”キン!”。
金属が固い何かに弾かれる音が響き渡る。そして涼しげな表情を浮かべるベッツィーは、自身の体に1mmも突き刺さらなかった剣を両手で粉砕して見せた。
「よし。その気概に免じて痛みもなく葬ってやる。ありがたく受け取れ!」
そう言葉を言い放った瞬間。ベッツィーに剣を突き刺した兵士達の首から赤い血の花が咲き誇る。
首元から赤い花を咲かせた兵士が通りにゴロゴロと倒れていく。
「なっ、何だ、何が起こった!」
「ばっ、ばけもの!」
兵士達は、大盾を持つが震え剣を構える手が震える。そして足が震えて動く事さえ出来ない。
「まっ、魔法だ。魔法を放て!」
誰かがそう言い放つ。
その言葉に呼応する様に風が飛び炎が舞い雷撃が踊る。
魔術師達は、その場の状況を理解もせず自身の得意な魔法をただひたすらに放つ。
それを一身に受けながら何事も無いかの様に通りを歩くベッツィー。
「この程度の魔法で私を止められるとでも思ったのか」
既に兵士達の半分程は、大盾と剣を放り投げ逃げ出していた。
そんな中でも魔術師は、自身の魔法で相手を倒せるはずだと自信を持っていた。徐々に近づいてくる相手に対して詠唱し魔法を何度も何度も放つ。
次の魔法できっと奴は倒れる。いや、次こそは倒れる。いやいや、次で終わりだ。
「何で魔法を全身で受けて何ともないんだ!」
魔術師達の最後の言葉がそれだった。
ベッツィーに魔法を放つ手を握りつぶされ首をへし折られる。
通りには、見物人などいない。通りに軒を連ねる店も客も扉を固く閉ざし灯りも消し物陰に隠れこの騒動に巻き込まない様にと祈っているのだ。
「んっ、どうした。もう終わりか。私を殺すのではないのか」
まだこの場に残っている兵士達をゆっくりと歩きながら追っていくベッツィー。
剣を持つ手も体を支える足も震える兵士達は、目の前の歩く恐怖におびえながら何とか留まろうとしている。
「たっ、隊長。増援を。増援を呼んでください。我々では奴を止められません」
「むっ、無理だ。増援の兵士は、戦場に派遣されていて街には我らと・・・領主様の警護隊しか」
「では、どうするんですか。我らだけでも街から逃げるんですか」
警備隊の隊長は、何とかこの場に留まっている兵士が言い放った”逃げる”という最悪の事態だけは避けたかった。
そもそもの発端は、酒を飲んでいた兵士が起こした喧嘩が発端だ。
最初は、冒険者の類だとたかをくくっていた。だが、数十人の兵士の命が奪われる惨状を目の当たりにしては、酒の上での喧嘩で済む話ではない。
だが、目の前に立つ者に勝てる者などここにはいない。
そしてひとりまたひとりとベッツィーに切りかかり命を無駄に落としていく警備隊の兵士達。
ベッツィーに追い詰められた街の警備隊は、いつの間にか領主の館の近くにまでやって来ていた。
このまま逃げていては、領主の館を巻き込んでしまう。そう考えた警備隊の隊長であったが、その考え自体が間違っているのでは思い始めた。
”このままでは奴に殺されてしまう。この街を守るのは、何も我々だけではない。そうだ領主の館を守る警護隊がいるではないか。あいつらに尻ぬぐいをさせよう。どうにも出来なくなったら街から逃げればよいのだ”。
隊長の腹は決まった。そして唐突にこんな言葉を発した。
「領主様が危ない。奴は、領主様のお命を狙っている」
「はあ?いきなり何を言い出すのです」
行動を共にする兵士が警備隊の隊長の突然の言葉に気の抜けた言葉を返す。
「領主様をお守りするのだ!領主の館の守りを固めろ!奴の狙いは、最初から領主様だ!」
「ちょっと待ってください。領主様の館に向かっているのは我々です。奴は、我々を追って来ているだけです」
「うるさい。警備隊の隊長である私がそう判断したのだ。私に従え!」
既に警備隊の隊長は、正常な判断など出来る状態ではない。とにかく目の前にいる魔獣の様な者から逃げ出したいという気持ちだけが彼を突き動かしていた。
「我らは、領主様をお守りするために警護隊と共に戦う。我に続け!」
隊長の足は、先ほどとはうって変わり領主の館に向かって軽やかに走り出した。
その後を兵士達が続く。その手に持っていたはずの大盾も剣も無い。彼らは、恐怖のあまり武器を捨てていたのだ。
もう警備隊は、その貞をなしてはいないただの烏合の衆と化していた。そんな兵士達を統率?する隊長は、領主の館の正門を守る警護隊の兵士に走り寄るとこんな言葉を発した。
「街で反乱が起きた。奴らはこの街を乗っ取り魔人様と戦うつもりだ!」
いつ街で反乱が起きたのか。誰がこの街を乗っ取ろうとしたのか。全ては、警備隊の隊長のでまかせである。
自身が助かりたい一心でない事ない事をでっち上げた。
だがこの街の領主を守る警護隊の兵士は、同じ街を守る警備隊のそれも隊長の言葉を信じ臨戦態勢に入った。
「総員戦闘態勢。領主の館を守れ!」
最初は、ベッツィーをバカにした兵士との喧嘩が原因だった。それがどんどん大きくなりいまや街の領主をも巻き込むところまで進んでいた。
・・・・・・
ペリエ達は、ベッツィーの後を少し距離を取りつつついていく。
宿の前の通りには、警備隊の兵士の死体がいがいくつも横たわり黒い染みが水溜まりの様に点々と広がる。
その惨状を避けつつ進むペリエ達。
「ベッツィー様は、何処に向かってるのかな」
「さあ、私では地龍の考える事は分かりかねます」
ペリエ問いにシルキーが答えられるはずもない。
すると路地から剣を持った何者かがペリエに切りかかろうと飛び出して来た。
”パシュ”。
シルキーの放った矢は、ペリエの顔のすぐ脇をかすめると剣を持つ男の首筋に命中しそのまま通りに倒れた。
ペリエは、魔法を放つための杖を持ってはいるものの、攻撃魔法は使えない。腰には、護衛用の短剣を装備してはいるが、最低ランクの冒険者よりも扱いは下手であった。
だからペリエは、剣を持って戦う事はしない。この様な状況になってもだ。
ペリエも今までに何度となく揉め事には関わって来た。生きるために戦場で死んだ兵士から武具を盗み、それを売りさばいて生きる糧にしていたし、それこそ数えきれない程の盗賊と命のやり取りもしてきた。
だが兵士に直接狙われる様になったのは、ここ最近である。
「ペリエ殿。いささか無防備すぎです」
「ごめん。でもキーもいるしそれにシルキーが僕を守ってくれるから。僕は、シルキーの事を信頼しているから」
ペリエの口から何気なく出た言葉。だが、その言葉に思わず頬を赤らめるシルキー。
「そっ、そうですか。ペリエ殿は、私を信頼してくれているのですか。そうですか・・・」
それ以来、なぜかシルキーは黙ってしまい会話もなく通りを進んでいくペリエとシルキー。
「おや。ベッツィーは、領主の館に向かっているみたいだね」
「領主の館?それってこの街を治めている貴族が住む館の事?」
「そう。でもまさかこの街の領主とやり合うつもりかな」
ペリエの頭の上に乗り周囲を見渡す妖精のキーがベッツィーが進んだであろう方向に指を指した。
ベッツィーが進んだ方向には、点々と警備隊の兵士が倒れている。誰かが案内などしなくてもそこをたどれば、行先など分かるというもの。
そして通りの先には、この街で最も大きな館がそびえ、大きな門がその館の前に立ちふさがる。
だが館を守るはずの門は、破壊され瓦礫の山と化していた。
そしてこの館を守っていたはずの兵士があちこちに倒れている。
「あ~あ。ちょっとやり過ぎな気がする」
「そうですね。止めた方がよろしいかと。ですがベッツィー様が私達の話など聞いてくださるでしょうか」
「僕の話を聞いてくれなくてもルリの話なら聞くと思うよ」
「そうでした」
瓦礫となった領主の館の門を乗り越え、領主の屋敷の前まで進むとベッツィーと見知らぬ男がいた。
ベッツィーは、仁王立ちしているが男は地面に座り何かを必死に懇願しているように見える。
その光景を見たペリエとシルキーは、お互いの顔を見合いながらまさかという表情を浮かべる。
「ベッツィー様の前に座る男は、もしかして・・・」
「この街の領主って事は・・・ないよね」
恐る恐るベッツィーに近づくふたり。
そして聞こえて来た会話は・・・。
「お願いします。命だけは、命だけはお助けを。この街の領主の座はお譲りします。財産も全てお譲りします。ですから命だけは」
その会話の内容に思わず絶句するペリエとシルキー。
「ふん、この様な街の領主の座などいらん」
そう言って地面に座り込む男に向かって手とうを振り降ろそうとするベッツィー。
その光景に思わず走り出すペリエとシルキー。
果たして今後の展開はどうなっていくのかな~。
魔神を倒してこの世界を魔神から取り戻すために地龍を仲間にしたペリエ達。
それがたった1日で揉め事に発展してしまいました。
これでは、魔神を倒すために妖精達を集めるという当初の目的を達成できるのでしょうか。
◇フェアリーランタン(現世界Side)
現世界Side 1話
道志の森で魔法ランタンと冬キャンプ
https://youtu.be/E5koSWCQ7DQ
現世界Side 2話
道志の森で寒風吹きすさぶ冬キャンプ
https://youtu.be/rYbmk-ZDriE
現世界Side 3話
風対策とランタンの灯りで癒される冬のふもとっぱら
https://youtu.be/ZUM40WsEoJI
現世界Side 4話
ふもとっぱらで初めての連泊と風対策キャンプ
https://youtu.be/cCp4tMd4Cp0
◇魔法ランタン
https://youtu.be/rhFhjx9aPEE
◇フェアりーランタンの世界観を楽しむにはこちらもどうぞ!
僕の盾は魔人でダンジョンで!
https://ncode.syosetu.com/n2862ff/