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希望の先にあるもの

作者: 海水

これは遥彼方さま企画の『イラストから物語企画』参加作品です。

 鏡に映るのは死んだ目の男。瞳に輝きはない。

 目は口ほどにものを言う、なんて言葉がある通り、目が死んでいる俺は、実際に死んでいたりもする。

 正確に言えば、リビングデッド(ウィルス性ゾンビ)だ。


 第三次世界大戦が起きたが、危惧された核戦争はなかった。

 代わりに、生物兵器戦争になった。


 良くわからないウィルスがばらまかれ、大方(おおかた)の人間は死ぬかゾンビ化した。

 ゾンビ化とは、代謝が止まり歳をとることがなくなった人間だ。心臓も動いていない。

 理由も仕組みもわからない。誰が何のために開発したのかも不明だ。


 俺は、ゾンビ化したクチだ。


 普通だった生活は消えてなくなり、街は活気を失った。

 国家が、国民が壊滅したにもかかわらず戦争は継続され、人類は滅びの道を全力で疾走していた。


「にーちゃん、なに深刻な顔してるのー?」


 鏡の中に、妹の小さな顔が加わった。日に焼けて健康的な褐色の肌の、10歳の留美だ。


「これが普通だって」

「すっごい死んだ顔だね」

「実際に死んでるからな」


 鏡を放り投げ、振り返る。人気(ひとけ)のない街中で、あちこち擦り切れたワンピースで、ボサボサの髪で、でも、生命感あふれる留美がいる。 

 留美は、生者だ。ウィルスに侵されても、生きている。

 ウィルスに対して、何らかの抗体を持っているんだろう。

 普通に思考して行動している俺も、何らかの抗体を持っているんだろうけど。

 だが俺の胸に鼓動はない。


「この先の残ってる店で服を探そう」

「動きやすいからこのままでもいーよー」

「精神衛生上良くない。主に俺の」


 10歳と言えば、恥じらいも出てくるころだ。たぶん。妹をそんな目で見るなんてありえない。これは断言できる。そもそも俺は生きてないからな。

 スカートよりも動きやすいズボンの方がいいんだ。


「ついでにスニーカーの替えも探そう。長野までは遠い」

「本当に長野にいくのー?」

「ネットで見つけた情報だと、長野に生者が集まっているみたいだから。留美は生きているんだ。留美だけでも生者の中で生きていた方がいい」


 不満なのかぶーたれてる留美の頭をなでてやる。

 髪もとかしてやりたい。

 風呂にも入れてやりたい。

 まともな飯も食わせてやりたい。

 ゾンビで腹が減らない俺とは違う。

 生者として生きてほしい。


「おなかすいたー」


 留美が地面にへたり込んだ。腕時計は午後3時を示している。今朝9時に朝食をとってから歩きっぱなしだ。


「ここらで休憩しよう」


 周囲を見渡して、コンビニらしき建物に入る。当然、誰もいない。

 売り場から割りばし、タオル、缶詰を幾つかとガスボンベをとり、レジに金を置く。

 勝手に持って行っても咎める生きた人間はいないが、留美の前ではせめて人としてありたい。


 持ち歩いてるキャンプ用の小型ガスコンロにボンベをセットする。その上に焼き鳥の缶詰めを置き火をつけた。


「これから山を越えるんじゃ、食料も持ち歩いた方がよさそうだな」

「山を歩くのーやだー」

「高速道路を歩くから」

「やだやだ、車がいいーのー」

「お兄ちゃんは運転免許を持ってないんだ」


 免許の件は嘘だ。

 医者も死んだかゾンビ化して、怪我をしても病気になっても診てもらえない。薬はドラッグストアからゲットできるけど、回避できる危険は回避すべきだ。

 徒歩が一番安全だ。


 火にかけた缶詰がゴトゴトいいはじめた。コンロの火をけし、チンチンの缶詰を地面に落とす。タオルを手に巻き、パキっとプルタブを引き缶のふたを開ける。

 湯気と一緒に焼き鳥の香ばしい匂いが拡がる。


「おいしそうなにおい!」


 留美の目が輝いている。俺は何も感じない。空腹とは無縁な体だからだ。


「いっただきまーす」


 割りばしを串にして、アツアツの肉をほうばる留美。自然と頬がゆるむ。


「あふふて、おひひい」

「落ちついて食えって」


 あっという間に食い切りそうだ。次の缶詰をコンロにセットした。

 コンロの火を見つめ、ふと我に返る。


 こんな生活が、長野まで続くのかと思うと、気が重くなる。

 俺はいい。死んだ身だ。

 留美が不憫すぎる。

 長野についたところで、元の生活に戻れるわけじゃない。

 ネットの情報が嘘だってことも考えられる。

 だが、ネットにその情報を乗せたやつがいるのは確かだ。

 生きている人間は、間違いなくいる。


「にーちゃん、おかわりー」


 にぱっと笑う留美。生きていない俺に残された()()()()だ。

 その笑顔を保つために、やれることはやろうと思う。


「ちょっと待ってろ、あと少しで暖まるから」


 いずれ来るだろう食うもの無くなったその時は、俺を食えばいいさ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾンビ化して身体は生命活動をやめても、心は残っている――生者である妹のために、分かたれる未来へと進む様がなんとも切ないですね。特にラストの一文に胸を打たれました。刺さる物語でした。 [一言…
[良い点] 切ないです……。 ぼろぼろ状態の留美ですが、生命感に溢れていて、明るくて、彼女は希望だなぁと。ゾンビ化した兄とは対称的した。 兄がコンビニにお金置いていく場面、辛いです。状況的に誰も気にす…
[一言] 怖い。 主人公の覚悟と、妹の未来にゾっとしました。 わずかながら希望もありますが、コーマック・マッカーシー先生の小説「ザ・ロード」的な絶望感でいっぱいです(映画の方は絶望感がぜんぜんなくて…
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