40話 事後処理
『追撃は不要である』との言を受けてはいたが、アネッテは半ば反射的に魔術を唱えんと二人を手放し両手を翳す。敵の場所は未だアネッテの探知圏内に有り、距離こそ離れつつあったが追撃は容易い。
「ッ!! この──」
敵の術式は攻防一体。機体であるが故に高温や電撃を嫌う習性こそあるものの、精霊王による防御までを考慮すれば致命な攻撃とは言い難い。
ならば、精霊王を以てしても防御不可の一撃を叩き込むまで。
ジジッ──
ここでアネッテの探知に、新たな敵影が映し出された。
地底海へ向け落下する三人の横に、さらにもう一人。
闇色の衣服をはためかせ、アネッテの探査の目の一つをまじまじと見つめるその男は……
「!!! アーク!? 『舞い荒──』」
「術式を賜る。“転移術式”」
アーク自身を含めた四名が地底海目掛け落下するが、その穴を丸ごと埋める形で、別空間へ続く漆黒の裂け目が生み出された。
「──このッ」
《ったく…………横の二人まで巻き込むなよ?》
(分かってる!!)
再び息を吸い、そして解き放つ。
これから放たれるのは最高峰の座の一つ。
「──『舞い荒ぶモノ』!!!!」
ヒュウッ……
風が舞う。
世界を包み込む様に塒を巻く外界圧。その触れた生物を魂から捻り潰し。その悉くの物質を捻り飛ばす。障壁など百重千重と展開しようと意味を成さず、全ては荒んだ塵へと還される。
真正面からの防御など、現時代ではカシュナを除いて誰一人として不可能。あのリンプファーですら、力の奔流の穴を探り潜り込むか、空間を飛び渡り回避する程の暴虐の極み。
リョウが投げ込まれた際に四肢が千切れ飛んだ程度で済んだ理由は、前者によるものである。
“術式”を得、以てしても、世界を自由に渡れる者は極一部である要因がここにある。
世界同士の衝突を防ぎ分断する大いなる力。アネッテはそれそのものを召喚して見せた。
敵四名が穴へと入り込むまで、まだ数秒の猶予が有る。
(取った!!)
魔術は問題無く発動し、問題無くその猛威が振るわれた。
ギシィッ──!!!
「何だこりゃ!?」
「さっさと防御しろジュニア! 巻き込まれンぞ!!!」
空間そのものを圧搾するかのような異様な光景。如何なアークでも、荷物三人を含めて守り切るなど不可能。
「「『城壁』!!」」
だったのだが──
「術式を賜る。“防御術式”」
《な──んだとォッ!?》
「!!!!!」
カシュナの“破壊”と対を成す“防御”。
それはあらゆる干渉を受けず、決して破壊されることは無い。
発動された瞬間に世界の法則が書き変わり、粛々と執行される。
召喚された外界圧を包むように展開された術式。それにより、強制的に猛威は封じ込まれた。
「嘘……」
クレセントが昇華した大穴。その直径を倍にする程度の破壊で、『舞い荒ぶモノ』の破壊は中断される。
敵の姿は、既に何処にも無い。
「最上位呪文が止まった??」
「範囲外まで逃げたんスか?」
傍の二人には状況が理解出来て居ないようだった。
《これは、いくらなんでも想定外だった》
あらゆる術式の、その頂点に位置する最上位二天。その一つまでも世界から貸し与えられているという事実。それは、リョウが理論値最大にまで成長したとしても為す術なく敗北することを示していた。
(…………勝てるの?)
《やるしかねえだろ。カシュナなら互角に戦える。そこを叩く》
(アークも同じこと考えてるんだろうけどね……)
《だからこその、あの仲間か。まあ、今はいい。切り替えて事後処理に入れ》
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
ティーダとジュニアは互いに顔を見合わせ、身の毛を逆立たせた。
「しっかし、ヤベェなオイ……」
アネッテの魔術の発動速度もそうだが、それ以上に驚異的だったのは機械知性である。
少々の「溜め」が必要であるようには見受けられたが、昇華範囲の変化がここまで可能だとは。
「…………探知だと、しっかりと地底海まで続いてるみたいだね。五百年前より強化されてるのは、ちょっとマズイね」
或いは、溜めに加えて複数体による連携によってのみ実現する昇華範囲である可能性も有るだろうか。若しくは回数制限・クールタイムを必要とする奥の手か。どちらにせよ、先程の戦闘で使われていれば敗北──即ち「死」は免れなかっただろう。
「前も地面に穴空いた時に消えてたし、もしかしたら地底海にアジトでもこさえてるのかな?」
《そりゃ微妙だな》
敵は空間を飛び越えた。もっとも、人目に付かない点で可能性として低くは無いが、
「どうなんスかね。地上にデカい建物作って貰った方が攻撃はし易いんスけど」
「アイツらの本拠地に攻撃とか…………したい?」
「あ゛ぁー―…………仲間と囲んで袋に出来ればなんとか。隊長なら負けないと思いますし」
「頼もしいね。ところで、君らの潰れた胴体から呼び出し音してるけど。その隊長サンじゃないの?」
「「う゛ぇっ」」
「まあまあ。私も助けて貰ったし、フォローするからさ」
確かに、このタイミングでの呼び出しはクアン以外に有り得ない。二人は揃って顔をしかめさせた。
「……今の内に、あの胴体だけでも地底海に捨てちまうか?」
「探査で全部見られてんだろ。なんなら、お前の今の言葉も聞かれてっからな」
「あ゛っ……」
更に顔を青ざめさせるジュニアを横目に、ティーダが通信用魔具を血溜まりの中から拾い上げる。
「あー……こちらティーダですぅ。ドォーゾォー……」
『別に怒らねえよ。むしろ、あの規格外共を相手によく健闘した』
「手ェ抜かれてたみたいだけどな。最期の昇華──…昇華で合ってんのか分かんねえけど、あの範囲を見た感じは」
『昇華で正解だが、後半はどうだかな? ただ単に二体同時に使った結果、範囲が広がっただけにも見え──…いや、それはそうと、ジュニアは虚偽の報告をしようとしたな? 後で奥歯一本圧し折ってやる』
「あ、姐さん!!」
「そっちに関してはフォローしかねるなー」
「姐さぁん!!!」
『で、だ。アネッテ』
長閑な空気が広がるが、それはクアンの声色の変化に伴い一変した。
「…………何かな改まって」
『惚けんな。今回の件、知ってて黙ってたのか?』
「今回の件」──ティーダとジュニアを巻き込んだ戦闘行為のことである。
クアンは傀儡の身に甘んじては居るが、そこだけは看過出来ない一線であった。
「まさか!! 前のシュラバアルの一件と同じ。青天の霹靂だよ。前もって知ってれば、クアンなり他の魔導士なりに声掛けて巻き込んで囲んで袋叩きにしてたってば」
『………………』
クアンは僅かに思案する。それは即ち、未来が読めると謳うリエルとアネッテの優位性が大きく揺らいでいるという事を示す。さらに加えて、それはクアンの願いが約束通りに成就されるのかを担保出来ないという事にも繋がっていた。
『………………』
案じても仕方が無い。急かしたところで、はぐらかされるのがオチだろう。クアンは思考を中断した。
『敵の詳細は』
「機械知性──はクアンも見たよね。クアンが頭吹っ飛ばしても白い煙出しながらけろっとしてたのが精霊王」
『!!! 昔、話してた奴か。そうか。人間でも魔物でもないから妙だとは思ったが……』
「そそ。参ったねー」
『ただ、精霊王は大昔に拘束されてた事があるとか言ってなかったか? それを使えば……』
「可能だよ。準備は要るけどね。ただ、て言うか、それはあくまで一対一の状況ならだから。仲間と一緒に居るなら厳しいと思う。拘束具壊されたらオジャンだし」




