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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
2章
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35話 足掻く理由

治癒術によって大規模な欠損部位を修復するためには、本来ならば上位呪文を使用する必要がある。しかし、この上位呪文というものがなかなかの曲者で、神聖魔法の技法を治癒術に組み込んで強引に力を底上げしなければならない。その都合上、治癒術に加えてそちら(神聖魔法)にも高い適性が無ければ発動は不可能。さらに神聖魔法の弱点としてしばしば詠唱が長いという点が挙げられるが、その問題点をそのまま受け継いでいるどころか、より冗長な詠唱を要求される。


…………治癒術は、極一部の規格外の術者を除いて心中詠唱は出来ないのだ。


一刻一秒どころか一瞬一瞬の間隙を奪い合う魔術士同士の戦いに於いて、この隙は致命的である。本人の意思に関係無く自動で怪我が治癒するような希少なスキル等の一部の例外を除いて、通常であれば、拳一つを失えば大きな劣勢に立たされたと言って良い。


(陛下が徹底的にマネキンの回収を命じるわけだぜ…………そりゃあ、あんだけバカデケェ壁も作るわな…………んぁあ? そうか。ンなことより──)


ドォッ!!!


愚直に突撃して来たクレセント。その一撃をやや大袈裟に回避した。敵の術式範囲が曖昧で掴めないというのもあるが、万が一可変などであれば敗北は免れない。


「──甘ぇよマネキン!!!」


連撃を回避しつつ、ジュニアは思考を続ける。


(数万体のコイツら相手にキィトスは勝利したっつってたよな!!! てこたぁ、一兵卒──はいくらなんでも無理か? んでもよぉ…………数万ってのを考えりゃあ準補佐官程度(・・)の連中なら勝てるってことじゃねぇか!!?? じゃなけりゃキィトスなんざ、とっくに滅んでんだろ!!)


抜き手を回避──したつもりが、僅かに術式範囲内に掠めてしまったらしい。「ボフり」という冗談のような音と共に、脇腹が強制的に気化される。


(──っぐぁ!! パッっと思い付くのは、精霊魔法か!?)


良くも悪くも、敵の防御手段の大部分は“術式”に頼り切りである。多量の精霊を使役し、敵に対応不可能な量と質の攻撃──即ち気化のし得ない、非物質的な衝撃波を多方向から放ち、回避を許さず圧倒する。一つ問題があるとすれば──


「『水神の福音』!!」


見る間に脇腹の肉が修復され、続いての攻撃に対する準備が整う。


(──俺に精霊魔法の適性が無えってことか!! ならどうすりゃ勝てんだ!?)


第二・第三の機械知性が産み出されぬよう、それらに関する情報の一切……否、それどころかソレ以前にあった歴史の全てはキィトスから抹消されている。仮にキィトスの取った戦法が多人数の精霊魔法による飽和攻撃などであった場合、ジュニアに勝機は無いことになるが……


ジュニアは本能的に上位者であるアネッテの気配を探るが、膨大な数の精霊に囲まれた姿を見、救援は不可能であると悟る。


恐ろしい速度の拳撃が迫る。回避は不可能ではないが、それは次の動作に繋がらない。


(くそっ……)


歴戦の兵士であるジュニアは、ここにきて生涯初めての死の恐怖を覚えた。


(ヤベェな…………こりゃあ)


死の間際は時間が圧縮されると聞いたことがあるが「これがそうなのだろうか」などと呑気に考える時間すらある。


(こんな所で…………アイツ等を置いて…………?)


クアンの言葉が脳裏に過ぎる。


『死ぬなら一月(ひとつき)前くらいから事前に連絡しといてくれねえか? 部屋の後片付け面倒臭えからよ』


自殺でもするのでなければ不可能な事前連絡である。察しの悪い数名の隊員などは「下らない冗談だ」と笑っていたが、ジュニアは気付いていた。


不器用なクアンだが、そんな彼なりに部下の命を思い遣って出た言葉なのだろうと。


『俺の隊には馬鹿しか居ねえ。一人二人増えたからって問題無えよ。お前、上官叩きのめしたんだろ? 強けりゃ文句無しに大歓迎だ。お前さえ良ければ…──……』


クアン自身も今更リエルが約束を守るだなどと、心の底では露ほども思っては居ない。三百年後に願いを叶えてやるなどという戯言を、信じた自分がどうかしていたとも。


『命令違反? んなモンこの隊じゃ珍しくもねえし、こっちも織り込み済みで作戦練ってっから問題は──……』


それでも自己欺瞞を繰り返してまでリエルの言を信じ従順であり続けるのは、やはり諦め切れない願いだというのもあるのだろう。しかし、それと同じくらいに大事な物が増え過ぎた。いまさら、苦楽を共にした彼等を捨てられるわけもない。


『いよいよ先輩か。ティーダ、ジュニア! 後輩を育てんのも仕事の内だ』


一度は断ったその言葉に、クアンは何と言ったのだったか。


『傘に着ないお前等が適任だ。頼りにしてるぞ(・・・・・・・)、ティーダ、ジュニア』


生まれてこのかた、初めてだった。そんな期待に満ちた言葉を言われたのは。


………………

…………

……


(死ぬ間際に、思い出すのがコレかよ……)


死ねない理由ばかりが増えて行く。


半ば死ぬ覚悟を決め、諦観の極地に足を踏み入れんとしていたジュニアの瞳に光が戻る。


『完璧なモンなんて、この世界に二つだけだ。それ意外は完璧に見えるだけで、実際には何かしらの穴がある。実戦で的確にそこを突くのに必要なのが洞察力……それと豊富な手札だ。苦手だからって敬遠すんな。手札が増えただけ寿命が伸びると思え。自分だけじゃねえぞ? 仲間の寿命も伸びる。死ぬ気で鍛錬しろ。ジュニア』


(つったってよぉ……スキルでも召喚術でも無理なモンは無──…)


生まれ持っての戦闘センスからスキルによる身体強化に頼り切っていたジュニアだが、その忠告を受け、嫌々ながらも召喚術を練習し出した事を思い出す。


(…──ああ? 非物質(・・・)なら問題無えってこたぁ……そうか!!!!!)


首を狙った拳の第二撃は──回避に成功。続く第三撃目は顔面を掴み飛ばさんとする攻撃──回避に失敗。左耳と顳顬(こめかみ)が消し飛んだ。


()ぅ!!」


返し手による攻撃は体勢を崩しつつも、地面に体を投げ出すようにして辛うじて回避する。


一瞬の間隙。


これは笑っているのだろうか。クレセントの口が、半月状に開かれた。


それも当然だろう。ジュニアは体勢を大きく崩し、今や大地には足先が僅かに接している程度。ここで衝撃を放って体を移動などさせようものなら、錐揉み状に吹き飛ぶのがオチである。


クレセントはジュニアを腹部から両断する腹積りか。渾身の加速を付加するべく、右足を後方へと大きく振りかぶっていた。


「…………バカが」

「!?」


逃げられない体勢は敵も同じ。


自身の魔術に被弾しないための機構が備えられた魔具は先程の落下で紛失してしまっているが、そこは技量でカバーする。


「「『光輪』!!!」」


基本色数七百『光輪』。その性能は──


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


上下左右前後を合計すれば二十七個にも及ぶ石片を回避する。数を把握する程度に目で追えてはいたが、余裕があるとはお世辞にも言えない状態であった。


「『降魔』!!!」


基本色数二千『降魔』。粘性の低い溶岩を召喚し、前面の精霊群を狙い撃つ。しかし、僅か一体の精霊が召喚物に割り込むと、溶岩そのものが消え去った。


(……キツい)

《そうだなぁ。精霊の能力も底上げされまくってやがるし。てか今のどうやったんだろうな? 理論の「り」の字も分かんねえよ》


状況は振り出しに戻った。相変わらずアネッテは光の奔流に呑み囲まれている。


(また大規模な魔術で精霊散らすとか……?)


後方より飛来するは植物の蔦。鞭のようにしなるコレを減衰で対応し、同時に空から飛来した酸を回避する。

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