34話 ジュニア
──筈だった。
「それ、無駄」
しかしクレセントは速度を緩めない。
座標をズラされるどころか、その身に触れる石柱を意にも介さず粉微塵に粉砕しつつ、突き進んで来る。
ガギギギギギギギギギギッ!!!
「!!!!!!」
確かにティーダは『礫柱』にしてはかなり細めの石柱を召喚した。要した色数は百にも満たないだろう。これには理由があり、彼我の境を完全に埋める配置で召喚されるという都合上、太過ぎる石柱を召喚すれば敵への視野が遮断されてしまう。太く強靭な石柱を召喚するには余りに咄嗟であったという点に加え攻撃そのものが目的でないというのもあるが、未知の攻撃を行う手合いに対し「見失う」という手落ちは即、死に直結するのだ。
(魔術発動の余剰魔力から来やがる魔力圧が無えってことは……“術式”かッ!! 姐さん。よりによって、ンなイカれた敵と戦ってやがったのかよォ!!!)
召喚術・スキル・神聖魔法・治癒術・防御術・強化術…………数多有るこれらを総称して魔術と呼ぶが、これらの完全上位互換に当たるものが“術式”である。極小確率で世界からあてがわれるか、または極小確率で生まれ持った才能を、これまた極小確率で開花させるかでしか修得し得ないそれは、理論や理屈といった過程をすっ飛ばし、各“術式”の名に応じた結果のみを叩き出す。その点に於いてのみ言えば、“術式”はスキルや神聖魔法にも似ているだろうか。もっとも、その性能には天と地の差が有るのだが。
(“分解”“粉砕”“変化”……ああ、違う。コイツは──)
一瞬にも満たない視覚情報。『安山岩の石柱を、石片すら残さず粉末状に破壊する……と思えば、何やら虚空から小石らしき物体が現出・自由落下する』『粉末化に呼応するように、敵の黒衣の一部分が氷結している』『石柱に触れていない筈の、頭部や両肩からも何らかの物質の粉末化が見てとれた』『粉末は身に纏う用途には使われず、風に流され消え去る』
(──“昇華”か!? マネキンのド糞ビッ●が!!! メチャクチャなモン使いやがって!! 単純に相を弄り回す相転移の“術式”なら、物質のプラズマ化まで視野に入るじゃねぇかよ!!!)
通常ならば固体→液体→気体と姿を変えるべき安山岩を、“術式”の力で以て強引に固体→気体へと昇華──……つまり、相転移させているのだ。
ちなみに今回は安山岩・人体が昇華されたわけだが、これを馬鹿正直に大気中の熱エネルギーのみで気化などさせようものならば、ティーダが身に受けた程度の凍結では済まない。身体強化による僅かな抵抗もあるが、“術式”の力によって、ある程度まではエネルギーを消費せずに相転移という結果に促されているが故に、この程度の被害で留まっているだけである。
(…………)
結果的に敵の攻撃のほぼ全容こそ知れたものの、悪手であった点は否めない。
驕りもあったのだろう。百余年に渡る三一八小隊による一方的な弱者狩りは、ティーダの心に鈍重な贅肉を付けるには十分過ぎた。
下手な手を打たずに足裏から衝撃波でも放ち、強引に距離を取るべきであったのだ。
感情を瞬時に切り替える。
敵は世界の辻褄合わせをも否定して見せた。
絶体絶命の状況。しかし、ティーダの心に恐れは無い。
(……ヘッ)
心中を満たすのは困惑。そしてそれ以上に強い高揚。
非常識な攻撃に対する困惑こそあったが、格上であろう敵と相対したティーダの心は強い高揚感に包まれていた。
(倒す! コイツを──!!)
三一八小隊の面々は(そもそも暗部であるが故に生きたままの脱隊が不可能というのもあるが)皆何かしらの理由を胸に、クアンに忠誠を誓い付き従っている。例えばクトゥロー達は家族の仇に対する復讐。マーヴァニン達を始めとする大多数の隊員は、兵士としてしか生きられない、行き場の無い己を拾い上げてくれた恩義。
そんな中でティーダの抱く理由はただ一つ。リエルに魂を売り払ってまで叶わぬ願いを追い求める、クアン・ジージーという一人の喪失者が行き着く果て。それを特等席で見届けたい。
そのためには強さが要る。
リエルでさえ一目置く男の側で戦い続けるのならば、相応の強さが──
(どうせ脇腹の回復も、今更回避も防御術も間に合わねぇ)
幸いなことに敵の狙いは頭ではない。
このタイミング・この怪我での回避は不可能。敵の攻撃には減衰も意味を成さなかった。そうなれば……
(…………簡単なことじゃねぇか!!)
鳩尾に叩き込まれんとしている足刀から目を離さずに、ティーダは反撃の一手を唱えんとする。
ドォッ!!!
せめてもと減衰により、物理エネルギーは殺した。
「ぐあああああああああ!!!!」
軍服を打ち破り、肉を消し裂き、骨を破り飛ばされ昇華されてもなお、ティーダの眼光は衰えない。
「!?」
全てはこの一瞬の為に。
「「『光輪』!!!」」
基本色数七百『光輪』。その性能は──
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
その一方で、ジュニアはクレセントに辛うじて食らい付いていた。
「オルァァァァッ!!!!」
「………………」
トンッ……
渾身の力で以て振り抜いた拳。確実に胴体を打ち据えたと思ったそれは、クレセントのバックステップにより虚しく空を切った。
まるで予備動作の無い敵の動き。実に厄介極まる。
「コイツ……」
敵の術式範囲に触れてしまった拳──正確には中指と人差し指、及び親指の先端が強制的に気化。それに伴い重度の凍傷が拳全体を襲った。スキルによる痛覚の鈍化が無ければ、今頃は痛みにのたうち回っていたことだろう。
微量ながらもケルベムを混ぜられた合金であるためだろうか、歪にひしゃげながらも手甲は原型を留めていた。相手が回避していた点も合わせて鑑みれば、殴れば効きはする筈なのだが……
ジュニアは歯噛みする。
普段使いのロングソードであれば体表の硬さ故に切断こそ不可能ではあったろうが、それでも衝撃召喚による一定以上の効果は期待出来ただろう。少なくとも、此方が攻撃の度に損耗するような事態は避けられた筈だ。
先程地面に激突した際に手放しはしたものの、ロングソードの在庫は支給型倉庫にまだ有る。しかし、所詮は半ば趣味で使用していただけの武器である。上からの支給品でもないロングソードには、一切のケルベムが含まれていない。敵に刺し向けたところで、端から強制的に気化されるのがオチだろう。
(せめて、ラビィのナイフくらいの刃渡りの武器が有りゃあなぁ!!!)
当然ながら靴底の鉄板も望み薄だろう。拷問器具として好んで使うリエルなどはカシュナに強請って極々少量のケルベムを含ませてなどいるが、それも友人であり魔導士という立場があるからこそである。一兵隊でしかないジュニアには別世界の話だ。
距離が空いたとみる見るや否や、即座に治癒術を用いて欠損した指を修復する。
「『光明の揺蕩い』!!」
治癒術『光明の揺蕩い』。微量ながらも失われた血液を補充・裂傷の結合・数mm程度の欠損部位を修復する中位呪文である。なお、術者本人が「体内である」と認識する部位は中位呪文で治癒は出来ない。
「これでは次撃に耐えられないだろう」と判断したジュニアは治癒術を唱えながら傷んだ手甲を支給型倉庫に収納し、返し手で新品を引き摺り出す。
「……中位呪文で指が生えるのは、卑怯。普通は、無理」
「イカれたモン使ってる奴が言うなや。マネキン女が」