32話 日光と暗闇と涼風と霧雨と人間の中心
もっとも、まさかアネッテも本当に男が死んだなどとは露ほども思ってはいなかった。
何故なら、あれ程の爆発を起こしたというのに大地が健在なのである。
確かに舗装道のアスファルトや周辺の木々草花こそ消し飛んではいたが、本来ならば地底海まで続く大穴が穿たれていて然るべき威力。これこそ、敵が生存の為に何か対策を講じたという証左だろう。
「ああ…………アイツ等が居るなら説明がつくね」
《おう。アークもそうだったが、何処に居るのかと思えば、こんな所に居たとはな》
探知スキル『感受する』が、敵は健在であるとの結果を叩き出す。そして、もう一つ……
男の周囲に障壁を展開している、老人と二人の女性の姿を捉えた。
「精霊王とー……その二人は機械知性かな? 五百年振りだね」
「…………」
五百年前、別大陸の二大国家であるハナラグーシャとアカワナを蹂躙した存在である精霊王と機械知性。特に後者はキィトスにも甚大な被害を与えた。
『偽装』に加えてフードを目深に被っているため分かり難いが、チラリと覗く鮮やかな緑色の髪と僅かな胸の膨らみは機械知性の特徴だったと記憶している。
方や精霊王の顔は異常に伸びた白眉と白髭に覆われ、『偽装』が無くともその表情は窺い知れない。
とは言え、この特異も特異、日光と暗闇と涼風と霧雨と人間を五角形の線で結び、その丁度中心に位置するような生命であるとは本人の言だが…………兎に角この異質極まる生命体に眼球と口腔が存在するのかについては甚だ疑問である。
「「……クレセント」」
「ん?」
本来ならばハシロパスカのゴミ山の太古の層や、地底海のさらに底、人の手が入らない深い森林で稀に発見される機械知性。外装の劣化は当然のこと、内部故障・又はパーツが欠損しているのが常であるソレ等が、完品かつ二台揃って声を挙げている……その情景には、アークの力なのだと理解していても違和感を禁じ得ない。
「「私達の名前。教授がくれた名前」」
「ん。分かった」
機械知性──もといクレセントの言葉を軽く流しつつ、アネッテはリンプファーと作戦を練る。
(三対一だし逃げようか?)
《正解ではあるけどな…………いや待て。数手だけでもやり合うぞ》
リンプファーはアークの提案に乗ることとした。
「やってくれるな。これは以前の戦闘にも、アークの報告にも無かった流れだ」
「リサーチ不足じゃない? 大規模魔術でズドン! は割と昔からやってるけどね。そっちの二人の参戦のことなら、私は当然知ったこっちゃ無いし」
『黒剣』のダイタスと戦った際は周囲で味方が戦っていたため、大規模な魔術を放てなかっただけの事。もっとも、それを放ったとてあの敵はケロリとしているのだろうが。
(さっきの魔術十連発でもしてみる?)
《結局決め手に欠けて千日手になるじゃねぇか。つーかアイツ、消耗も死にもしねぇし。男の方の力見てえから、近接行け》
(そっか。機械知性は?)
《俺がなんとかする》
(なんとかって……体は一つしか無いけど?)
精霊王とは寿命や体力・魔力切れといったマイナスの概念が存在しない。体を切り刻まれようが業火に焼かれようが、数秒のクールタイムの後に死亡箇所にて復活する不死なる存在である。そのようなパラメータを持った生き物として産まれ、その行動原理の全ては自身の眷属……つまりは精霊の為。精霊が精霊らしく生きられるためにのみ、その力を振るう。
「ていうかその服、すんごい似合わないから脱いだ方が良いよ」
嘗てはボロの布の服を着ていた精霊王だったが、今はアーク一味の象徴である黒衣を身に纏っている。
「俺達の名誉のために言うが、これはアークの趣味だ。精霊王もクレセントも俺も言われるままに仕方無く着ている。喜んでいるのはノル──あの小僧くらいか」
「うっそ…………アイツに趣味とかあったんだ…………」
《飯食ってるトコすら想像出来ねえような奴なのにな────っとぉ? んん? あ゛──おっとー……マジかよ……》
(?? どうしたの?)
黒衣の二人も空を見上げて何やら考え込んでいる様子。状況に一人着いて行けないアネッテだったが、ここで漸く探知に反応があった。
「あっ」
「ここで合流。過程はまだしも、一応はアークの言う通り収束した形になるか」
空高くに、点が二つ。
「何人か居るぜぇぇぇぇぇ!!! ヨッシャアアアアアアアア!! 減衰しろよジュニアァァァァァ!!!」
「分かってるぜぇティーダァァァァ!!! 陛下の領地でブッ放す馬鹿はァァァァ!?」
「皆殺しだぁぁぁぁぁ!!」
「「ヒュウェェェェェェェイ!!!! ダッハハハハハハハ!!!」」
点が徐々に大きくなる。探知に掛かっていたため理解してはいたが、やはりソレは人間だった。
「死ね。ダニが」
男の声に合わせ、精霊王の体から光線が放たれる。
「ああ!? なあおいティーダ! あれまさかアネッテの姐御じゃねぇ(ギィンッ!!!)──っとぉっ!? やべっ!!! ちょっ悪ぃティーダ助けてぐるぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
頭から真っ直ぐに地面への突撃を敢行していた二人だったが、精霊王の攻撃を防御した青髪が姿勢を崩し、咄嗟に緑髪の足を掴んでしまったことで両名共に体勢が大きく崩れることとなった。
「おいバカジュニアテメェ手ぇ離しーー──離せやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
冷静に対処すれば姿勢の制御も間に合ったのだろうが、半ばパニックを起こした二人にはそれも難しく……
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」
錐揉み状に回転しながら落下する二人は、終に地面へと衝突する。
ズグチャッ!!
身体強化程度は使用していたのだろうが、不規則に回転する視界により完全に衝撃を減衰し切れなかったのだろう。生肉をまな板に叩き付けたような生々しい音と共に、肉片と体液が飛び散った。
「うっわっ!! 汚っ!」
《激突死した人間の肉片を『汚っ!』ってのも、中々酷いな》
しかし、現実としてソレは汚かった。
「クアンの部下だよねこれ」
《んだな。リエルには応援遣さねえように連絡送った筈なんだが……偶然近くにでも居たか?》
全身を強く打ったことで飛び散った肉片は放置とする。辛うじて減衰が間に合ったのだろうか。アネッテはそれなりに原形を保った頭部を足で小突く。
「ちょっとー。さっさと起きてってば」
死体に対しての行動及び掛ける言葉ではないが、それには理由があった。
「う゛……ヒデェ目にあった」
「ティーダ……すまねぇ……」
「君らって、肺が無くても声出せるんだね。意味分かんないけど凄いね」
半ばまで潰れた頭部から声が響く。精霊王こそ顔色一つ変えはしなかったが、黒衣の男は分かりやすく嫌悪感を示した。
「はいはい。治癒術使うからジッとしてて」
「ウス……」
《どのみち動けねえだろこれじゃ》
何もせずとも数分で復活するのだろうが、この状況で放置をしてトドメを刺されるのも目覚めが悪い。アネッテが手を翳すと、乳白色の輝きが二人──と云う表現が的確なのか定かでは無いが、兎に角二つの頭を包み込む。
すると──
ぐじゅるっ!!!
頭から首が生え、肩が枝分かれし、胴体と腕が形成された。
かと思えば足先までは一瞬である。
「心中詠唱の治癒術! お見事です!!(ふぁさっ!!)」
「あざっした!!!(ふぁさっ!!)」
血糊でベタついた髪など掻き上げながら爽やかに礼を述べる二人組だが、残念なことにフルチンである。