28話 運命値調整の結果
《実はあのギユー。さっきの人間の指みてえなやつだかんな》
「ぶふっ……!!」
咀嚼物をぶち撒けこそしないが、派手に咽せるリョウ。
「リョウさん!?」
「だから落ち着け。子供かお前は」
(テメェ……いつかぶっ飛ばす)
《是非やってくれ、そんくれー強くなってくれりゃ万々歳だ》
(取り敢えず、今は……)
リョウが強く念じると、虚空にピンク色の綱が現れた。
《あ、そりゃズル──》
(あばよ)
グイッ!
リエルとカシュナに気付かれぬよう、さりげなく綱を引いた。これで落ち着いて食事ができる。
《ちぇー。つっても、そろそろ行かなきゃヤバそうだな。予定もあるし、ちとまた出かけて来る》
(暫く帰って来んな)
聞こえはしないが、一応返事をするリョウ。「暫く」であって「二度と」では無いあたり、リンプファーを嫌ってはいないようだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
太陽光を反射する深緑の草原に敷設された舗装道をひた走る。
道中、壁外の人間にも拘らず、不遜にもキィトスが切り拓いた道を利用する愚か者を発見した運転手は、車体に積まれている迎撃装置を使いそれを一掃。深緑の肥料とした。
「ん…………『耳目に集え』」
中位の探査のスキルを発動する。移動し続ける空間故に判断が難しいが、敵影は見当たらない。
「ふぅ……」
作り物の体とは便利なもので、骨が切断されるような大きなダメージを受けても即座に応急処置が為され、素材を補給さえすれば数時間の睡眠で万全に完治する。
アネッテ・ヘーグバリが眼を擦りながら起き上がると、その傍らには幾つかのパーツが落ちていた。
腕一本・肋骨数本・一見すると何処の部位か分からない骨等々を支給型倉庫に仕舞い込む。補給したケルベム鋼を体内で自動加工・及び装着する際に、ダイタスとの戦いにより応急処置で補修された各パーツを根本から切り離した。その残滓である。
《よう。調子はどうだ》
タイミングを図ったように声が掛けられる。
(丁度今終わったところ。そっちはどうだったの?)
《兄弟弄り過ぎてスイッチ切られちまった》
(………………)
《お前に呆れられる日が来るとは思わなかったな。まあ、それは良い。ただの戯れ合いだ。ンなことよりも散々だぞクソが。リエルが人間をぶっ殺しやがった》
(…………何人?)
慌てながら「どうして!?」と聞くのではなく冷静に「何人?」と聞くあたり、この二人の普段からの苦悩が垣間見える。
《四人だ、四人。予定に無い人間殺しやがった。兄弟と一緒に居て幸せそうな面してっから、怒るに怒れねえし……挙げ句の果てにカラドロスとホムサックまで出て来やがった》
(それも、アークの運命値調整の弊害?)
《だろうな。リエルはまんまとアークの作った流れに乗せられた訳だ》
(殺した理由は?)
《それに答える前に質問だ。『ヒューさん』とか言う人間、これまでの世界で記憶にあるか?》
(ちょっと待って。ヒューさん。ヒューさん……)
共に渡ってきた数多世界。様々な人間と触れ合ってきたが……
(ううん。「ヒ」と「ユ」が名前に付く人は何人か居たけど、そんな愛称の人は居なかったと思う)
《チッ! ……だよなぁ。俺もだ》
(そのヒューさんがどうかしたの?)
《殺された馬鹿四人な。兄弟を監視してやがったんだが》
(だからリエルが殺した…………でも、カシュナまで居るのに監視? その四人、言っちゃ悪いけど、どうかしてるんじゃない?)
リエルは市井の人間の前では清楚でか弱く争いを嫌う聖女を演じているため除外するとしても、カシュナはキィトスの王にして最強の魔術士として広く知られている。少しでも考える力があるのならば、そんな相手に対し、バレずに監視を完遂など出来るはずが無いと気付きそうなものである。
《同感だ。んで、送られてきた情報によると、壁外でストリートチルドレンやってたそいつらに教育をしたり士官学校に行く金を工面したり指示を出したりしてたのが黒幕の「ヒューさん」らしい》
(そいつの部下じゃなくて、そいつが直接教えてたの? 顔は?)
《お暇なことに、奴自身が手ずから教えてたらしい。んで顔だが、それが分かりゃ苦労しねえよ。殺された奴等もそこは知らなかった》
(色々教えてもらってたのに、顔を知らなかった?? どういう事?)
一瞬納得しかけるアネッテだったが、根本的な疑問が浮かび上がってくる。
(そもそも、話題のヒューさん自体、本当に黒幕なのかどうか…………第何軍だかの暗部の小間使いの可能性は無いの?)
《記憶を探った感じだと、それは無いらしい》
(つまり、その人達は顔も知らない人から色々教えてもらったり、お金を受け取ったりしたの? 普通の人間なら、相手を警戒して貰う物を貰ったところで逃げると思うけど……)
《それに関しては巧妙でな。四人全員、違う顔に見えるように『偽装』
を使ってたらしい。それと、まあまあ巧みな話術で手綱を握ってた。死んだ四人組が良い感じに馬鹿だったってのも後押ししたんだろうが……》
(………………)
一拍置き、リンプファーは核心へと踏み込んだ。
《んで、ソイツ等が拾われたのがトリトトリなんだとよ》
(………………!!!)
まさしく、アネッテが今向かっている街である。
(アークに誘導されてる)
《完全にな。ただ、ここは受けて立つ》
(……虎穴に入らずんばってこと?)
《そうだ。つっても、気休め程度の安全策は講じるぞ。一番危険そうなダンジョンは後回しだ。先ずは“精神術式”でヒューとやらの足跡を追う》
(分かった)
《(………………)》
僅かな沈黙が流れる。話が終わったのだろうと判断したアネッテは、意を決して語りかける。
(………………お願いがあるんだけど)
《?? 何だ改まって。聞くだけ聞いてやる》
(久し振りに、戦闘訓練して欲しくて)
《へえ?》
愉快で堪らないといった声を上げるリンプファーだが、アネッテは臆せず続けた。
《ダイタスとやらに触発されたって訳だ》
(………………そう。力が、足りないって痛感した)
大昔──尤も二人の体感時間での話だが、リンプファーがアネッテに戦闘訓練を行っていた時期がそれなりにあった。
《漸くか?》
しかし元々、アネッテは戦いとは無縁な、正常な精神を持った小市民である。如何に体が高い能力値を持っていたとて、臆病な心が戦いを忌避してしまう。
皆が皆、「リョウのため」の六文字だけを原動力に動く狂人と化したリエルのようにはいかないのだ。
(結局、リエルに全部押し付けてるだけだった)
一般的な魔導士を上回る程度の実力で納得してしまった。
《それは必要なプロセスだった……ってのを言い訳にしてな。リエルを助けるだのなんだの言いながら、大したクソアマだよお前は》
(その言い訳も、私が訓練しない理由にはならないのに)
リエルをどれだけ強化しようが、アネッテ自身が鍛錬をしない理由にはならない。
《そうだな。因みにこれと同じ理論、お前が戦闘訓練を辞めるって言い出した時に俺が説いてやったんだが、数万年かけてやっと理解出来る程度にはオツムが成長したか》
(ごめん)
《謝んな。ああ、それに、もう遅い。居やがった》
その言葉から遅れること数瞬。揺れ一つ無く走行していた車体に、不意に強烈なGが掛かった。
ギャリリリリリリッ!!!
(…………え?)
《十km先だ。名前は──……何つったか忘れたが、大した運転手だな。運命値も平々凡々だっつーのに、危機察知能力は俺に一歩劣るクラスか》
移ろう景色と体に掛かるGのベクトルから、車体がドリフトをし、後方へ進路を変えたのだと知る。
《イレギュラーの所為で兄弟の側を離れられなかったんだが、こりゃーかなりギリギリだったな。危ねえ危ねえ。いや、まさか……》
或いは、それも含めてアークの運命値調整の賜物なのか。