27話 ギユー
「クレセントさん達は食べられると言っていましたが」
「それは食べて消化したら栄養になるってだけでしょ!? アイツ等、味も毒も度外視じゃん!!」
「これも残すようでしたら、今後二度とエルさんの食事は用意しません」
「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
アークの助力無しに外の世界へと出る事は叶わない。食材全てを管理しているカルグドの機嫌を損ねれば、ただただひもじい暮らしが待っている。
ちなみに、真横でグラスを磨いて居たセラは無言で二歩程距離を取り、ソレを食材とみなしているカルグドに対して「マジかよお前」とでも言いたげな視線を向けて居た。
「教授──」
「ガツガツガツガツガツガツ……」
「ダメだこりゃ」
アークの命令か、または自分に興味のある事にしか反応を示さない男である。今も、そのあらんかぎりの集中力の全てはオムオニオンに向けられていた。
「エル姉。今まで有難う。僕、エル姉の分までがんばるから」
「死なないし!! て言うか皆、調理してくれるカルグドに対して失礼じゃない!? だからお詫びの意味も込めてさ! 一緒に食べようよ!!」
「アーク様、さっきのエル姉の遺言の収穫って──」
「無視しないでよ! ねえ!!」
ここに来る以前はゴミよりも酷い物を食べさせられていたノルンでさえ、アレには食指が動かないようだった。
「セラに聞くといい。私はこれから『彼女』のバイタルを確認しなければならない」
「あの子の側ならクレセントの誰かが四六時中控えてるでしょ──って! ちょっと!!“術式”まで使って逃げなくても(ヴォンッ!)──こんのスカし仮面野郎!!」
エルの罵倒もどこ吹く風。虚空に開いた穴に即座に身を滑り込ませたアークは、そのまま何処かへと消え去った。
「ふふーん♪ でも、あの厨二馬鹿と違って、やっぱセラとノルンは戦ゆ──」
バンっ!!!
「「じゃあね」」
ドアを開け放ったセラが、“幸運”にあやかるべくノルンを小脇に抱えて走り去る。
「ちょっ! ちょっと!?」
パァンッ!!
「幸運にも」絶好調な彼女は、エルですら追い付けないであろう速度……音速の壁を突破する速さで消え去った。
ガンッ! ガンッ!! ギィィィィィッ!!!
「うわあああああ!!」
カルグドが貝殻を割る音と、不快な断末魔が響く。エルにはその音が処刑人の足音にも聞こえた。
「待ってよ!! ねえセラもノルンも置いてかないで私を一人に!! ……一人に──…………ぐすん…………ぐすん…………──あっ!!」
脱兎の如く走り去る二人を見送ったエルは、はたと気付いて「ゆらり」と後ろを振り返る。
ビクゥッ!!
「ヒィッ!!」
「居ぃ〜〜たぁ〜〜!!」
部屋の隅で必死に息を潜めて空気と化していたのはしーたんである。哀れ。その古さ故に段差も多く、バリアフリーでは無い店内。車椅子に座り歩けぬ身で、魔術も満足に使えない彼女が単独で逃走するのは不可能に近かった。
「私達、友達だよね? ね?」
両肩が「ガシリ」と掴まれる。流石に魔術やスキルの類を使ったわけでは無いが、アークが認める程の戦士たるエルの膂力から逃れられる筈も無し。
カルグドの元からは無駄に良い匂いが漂って来る。最早猶予は僅か。
「友達のためなら死ねるよね? 私もあの子のために死ぬつもりだったし」
瞳に涙など浮かべながら「いやいや」と力無く首を横に振る姿は、エルの嗜虐心を多分に刺激した。
「へっへっへぇ! それよりも姉ちゃん。私に比べてデカい乳だな。ちょっと揉ませてくれても良いんじゃねぇか?」
「嫌っ……止めて下さい……」
運命共同体を得たことで精神に余裕が生まれたエルは、しーたんの体の至る所を撫で回す。
スッ……
そんな二人に影が差した。
「お待ちどうさまです」
皿を持ったカルグドが歩み寄る。先程食材を締めたばかりだと思っていたエルは、よもや生でスライスしただけではあるまいなと勘繰った。
「はっや」
異様に早い仕上がりに「待って無えよ」との言葉をグッと飲み込んだ。これ以上カルグドの機嫌を損ねるわけにもいかない。
「ゴトリ」と皿が置かれる。
「貴女はまだ喉の調子も万全じゃあないみたいですし、また今度にしましょうか」
「………………!! ごほっ、ごほっ……は、はい!! 残念です!」
「………………」
しーたんのわざとらしい咳を聞きながら、エルは皿を睨み付ける。正確には、その上に鎮座する物体を。
「カルグド君。忙しいところで悪いが、お代わりをくれないか。大盛りで頼みたい」
「同じ物でしょうか? ケチャップをシャンピニオンソースにも変更出来ますけど」
「!!! ……実に素晴らしい仕事だ。是非それで頼む」
「毎度っ」
「教授…………私の事は無視したくせに」
大好きな玉葱(厳密に言えば地球産の玉葱とは異なるが)に関する事にのみ確実なレスポンスをする教授を軽く睨み付け、エルは再び皿の上に目を向ける。
「でも、コレ……見た目と匂いだけなら美味しそう?」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
風呂の大改装とやらで小一時間程待たされたが、漸く夕食にありつけた。
リエルが小さく「いただきます」をしているのが視界に入る。
先ずは角が立たぬよう、二人が共同で作っていた料理を口に運ぶ。
「…………美味い」
「当然だろう。誰が作ったと思っている」
嬉しさから来る照れ隠しか、カシュナは頬を染めながら吐き捨てる。
使われていた食材にさえ目を瞑れば、見た目・味・香りの三拍子が揃う完璧な料理である。
(しっかし、こう、何だ。異世界だっつーのに、平然と箸やらフォークやらスプーンやら出されると何とも言えねえ気分になるな)
《見ず知らずの食器が出て来るより良くね?》
因みにリンプファーが手を出すまでも無く、食器は地球と同様に箸・匙・ナイフ・フォークに終着帰結している。
(まあ、そうだけどよ。主食が米ってのもどーよ?)
《酸味がやけに強い板状のパンだとか、トウモロコシの団子とか、よく分からん穀物を突いた餅だとか、見ず知らずの主食が出て来るより良くね?》
(まあ、そうだけどよ)
「この肉も美味いけど、ソースも中々味わい深いな」
肉だけを褒めても、それは食材の良さを評しただけである。それはそれで質の良い食材を揃えてくれた相手に対する感謝の意にはなるのだが、本当に感謝の意を伝えるのならば、やはり調理の腕にも触れるべきだろう。
「ギユーの肉です。第七区でもブランドの肉を用意したんですよ」
「ブランド……道理で美味いわけだ」
(んだよビビらせやがって。ギユーってのは結局んトコ牛肉だろ? 味も食感も地球産と同じだし、普通に食える食材も有るんじゃねえか)
まんま牛肉(ただし高級なお味)にピンクペッパーと醤油ベースのソースを掛けたような見た目と味である。まるで忌避感無く食べられた。
《ギユーって総称されてる系統の魔物だよ兄弟。壁外でよく人間を捕食してる──》
(ああ、いやいい、牛肉だと思うことにする)
《──んだが、コイツは養殖モンだから専用の飼料を食ってるだけだ》
(先に言えクソ野郎)
リンプファーの意地の悪い説明に、思わず閉口する。
「おい。食事中に何をしている?」
「ごめんなさい。少し仲間に連絡を……」
下を向いて何やら操作をしていたリエルを嗜めるカシュナを見ながら、もっもっもっもっ…………と、咀嚼する。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、作った甲斐がありますね」
「落ち着いて食べろ。いつでも作ってやるし、余り物は時間を止めて保存も出来る」
「この煮物もやけに美味いなー」
聞けば、里芋の様なこれも第七区の生産品らしい。
「ふむ、流石は食糧生産量トップの第七区。素人料理でも一級品を集めればここまでの味になるか」
作った本人であるカシュナも納得の味だった。