24話 顔合わせ
「俺に用があるみたいだし、このまま話すよりも一度部屋に入ってもらったほうが良いかなーなんて思うんだけど、お二人さん的には、どうよ? 料理が冷めないくらいの時間で手短に」
(つーか、この二人顔隠してんのに普通に名前呼んじまったぞ俺)
《ドア開ける前にリエルが何か細工してたし、大丈夫なんじゃねーかな?》
「そうですね……カシュナ。お茶をお願いします」
「お願いするな馬鹿が。お前ぐらいだぞ。この私を小間使いにするのは」
「アネッテとかもしそうな感じするけどな」
「…………そうだな。リョウ。お前は友人をキチンと選べ」
不平を漏らしつつも、いそいそと茶葉を用意するカシュナ。リョウはこれを同意と汲んだ。
《お茶だけに!! 汲んだ!!! ダッハハ!!!》
黙殺。
「ええと……その姿勢だと話も出来ませんし、取り敢えず室内に「人数分の茶が入ったぞ」早ぇなオイ」
熱湯を“創造”するカシュナに湯沸かしの行程は存在しない。早くて当然である。
「茶そのものを椀ごと創れば、それこそ一瞬なんだがな。歓待の心に欠けるからやらないが」
恐る恐るといった風にカラドロスが顔を上げる。それを確認したリョウは、後ろに控える二人にも声を掛けた。
「よろしければヴァードギンさんと、ええと……」
「申し遅れました。私は──」
「その辺の自己紹介も含めて室内で良いだろう。さっさと全員部屋に入れ」
色とりどりの料理が乗ったテーブルは既に傍に退かされ、今や部屋の中央部にはカシュナによって新たに生み出された簡素な椅子とテーブルが鎮座していた。
順番に部屋へと入る三人組だが、何故か皆揃って一点を凝視した後に「サッ!」と目を逸らす。
「??」
視線の先を目で追うリョウ。
(あっ)
《ひゅうっ♪》
そこには天蓋付きのベッドが一つ。
「「「………………」」」
三つあったベッドが何処かへ消え去り、代わりにそこには明らかに一人用では無い巨大な天蓋付きのベッドが鎮座しているのだ。この意味が分からない人間など居ようはずがない。
三人とも一切口を開かず、カシュナに座るよう促された後に椅子へ腰を下ろす。
「「「………………」」」
カシュナもリエルも気付かれた事に気付いているらしく、重い沈黙が流れた。
「いやあ、はっはっはっ!」
《はっはっはっ!》
「「「………………」」」
笑っても誤魔化せないらしい。
何はともあれ椅子へ腰掛けようとしたリョウだったが、その椅子はリエルの袖口に吸い込まれる。
「…………あーっと。リエル? どした?」
自身を膝に乗せて座らせろということかと思案するが、リエルは自身の椅子すらも既に排除していた。これでは二人とも座れない。
「リエル。本当に何をしている? 料理は冷めはしないが、長々と置いておくのも気分が悪い」
「いえ、せっかくなので」
「せっかくなので?」
リエルは続けて袖口から一人掛けのソファを「ずるり」と取り出し、リョウに座るよう促すと僅かに空いた隙間に自身の身体を滑り込ませた。
「リエル…………お客様帰ってからにしねえ? 初対面の人の前はキッツイわ」
それなりにゆとりのある造りのソファだが、二人並んで座るには少々の無理がある。いくらリエルが小柄とはいえ、その窮屈さ故に半ば抱き締めるような形で収まってしまった。
「なあ、リエル。俺の話「……ダメ、ですか?」──ぐぅっ!!」
普段は可愛らしく従順な女性が、今回は涙を滲ませながら上目遣いに懇願してくるのだ。これは断れない。
「まあ……問題無えか。些細な事だな。うん」
「リョウさん。大好きです……♪」
押し付けられる胸の柔らかさと太腿にさわさわと這わされる手の感触に意識を支配されるのは、男として仕方の無いことだろう。
「あ゛ぁーーそっスね……俺も好きだよ。リエルって可愛いのに結構強引なトコあるよな」
「なあ、リエル。お前の上官であり、この国の最高指導者たる私の座るスペースが無いんだが?」
「ごめんなさい。この椅子、二人用なんです……」
何処かの金持ちの悪ガキのような台詞を吐くリエル。注釈するが、リョウが座っているソファは本来ならば一人用である。
「チッ! ……仕方無いな」
カシュナが椅子を片手に──否。今まで座っていた椅子を瞬時に“破壊”した後、新たに“創造”した脚長の椅子を片手にリョウの背後に回り込んだ。
「?? カシュナはそこに座んのか? ソファには座れねえけど、べつに椅子並べて横に座る事も出来るだろ?」
「いいや、私は此処で良い」
ゆさっ……
「つーか、部屋に備え付けのソファ使えば三人く(どたぷんっ!!)う゛う゛お゛!?」
「!!!」
柔らかくズッシリとした衝撃が頭頂部から首へと伝播し、思わず妙な声を上げてしまうリョウ。リエルはカシュナをジト目でジッと見上げている。
「カシュナ!? お前俺の頭に何──」
重さの所為でやや億劫ではあったものの、なんとか頭を動かし状況を確認する。
「──うっそだろお前」
リョウの頭の上に、カシュナの双丘が鎮座させられていた。
《デケェー!! オッパイデケェー!!!》
挙句リョウの肩に両肘を突き、ご満悦な表情を浮かべている。
「リョウ。あっちの小さいのはここの校長のタオラニカだ」
「え゛っ……この流れで会話始まんのか。マジかよお前。えーと……」
目上の人間に対する気の利いた挨拶が瞬時に出て来ない。
(前世の仕事じゃあ挨拶は「お疲れ様です!」で押し通せたから……どうしようか……)
ここでまごつけば、リエルとカシュナに恥をかかせてしまうかも知れない。
《底辺職あるあるだあな》
(楽しんでねえでアドバイスしろアホ)
「いえ! 私なんてお飾りみたいな者ですから!! そんな畏まらなくてもっ!!」
「そ、そうですか」
余りの気迫に戸惑いを隠せない。
《そらお前、リエルとカシュナの好い人なら媚びへつらうだろ》
(そうか。あぶねー)
リエルが口を開く。
「タオラニカさんとヴァードギンさんのお二人は付き添いとして、カラドロスさんはどうしたんですか? さっきはとても慌てていましたが……」
「ハッ! 先程は取り乱しましたが、本日殺人がありました。付近に犯人が潜んで居る可能性がありましたので、その警告に参った次第です」
まるで「この通り話せ」とカンペでも渡されたかのように急に饒舌になるカラドロスに違和感を感じるが、それよりもリョウには気になる情報があった。
「殺人犯とは物騒ですね」
「リョウ。ちょっと良いか」
「どうした? カシュナ」
カシュナはリョウの頭に乗せた胸を良い位置にズラしながら続ける。
「私達に対して砕けた口調なら、部下のカラドロスにもそのようにすべきだ。でないと相手が萎縮するだろう」
「そーゆーもんか。いや、それよかお前に茶を淹れて貰ったってのがデカいんじゃねえの?」
「細かいことは気にするな」
「えぇー……」
《別口のタオラニカとヴァードギンはご自由に》
(おう)
閑話休題。
「あ゛―……それで、殺人犯だったか? もしかして今、結構危険な状況だったり?」
「いえ、カシュナ様とリエル様のお側から片時も離れなければ、これ以上に安全な場所は無いかと。はい…………思います」
前半は饒舌であったカラドロスだったが、終盤になって急に言葉が尻窄みになった。
「んー……」
カラドロスを疑うわけではないが、それにしても妙な違和感を覚える。そう、まるで誰かに「このように話せ」と、無理矢理命じられているような……
(何だろうな? この、靴底の溝に大きめの砂利が嵌まっちまったような嫌な感じ)
《知らんがな》
だが、何が出来るわけでも無し。リエルとカシュナも反対してはいないことから、ここは大人しくカラドロスに従っておくこととした。
「まあ、安全ならそれで良いか」
「そうだな。念の為に風呂も一緒に入れば良いだけだ」
「カシュナ。浴槽の種類を見直しませんか? もっと相応しい形があるかもしれませんし」
「聞くべき点があるな。具体的にはどんな改善点がある?」
「いっそドラム缶式で──」
二人があーだこーだと改造案を提示し合う中、カラドロスを始めとした三人は揃って下を見て俯いていた。
(ん? 待てよ?)
《どーしたよ兄弟》