23話 核心へ
ゴトッ……コンッ……
「ん?」
「──…な。────ぃ」
「………………」
魔具を手に取ったカラドロスの体が固まる。
「オイ。確か上の階は無人の展示室だった筈だよな?」
無人である筈の上階から、話し声と物音がする。
「もしかすると修繕を頼んでいた業「本日付で入学した生徒が一人居るんです」タオラニカ!?」
「…………展示用だったあの部屋に、わざわざ入居させた訳か。しかも本日付で。そしてその情報を今の今まで敢えて黙って居たと」
「………………」
「そうかそうか。そうだろうな。何処だかの補佐官だか魔導士だかは知らないが、お前達の立場を考えれば、そいつら肝入りの生徒の情報を気軽に話す訳にはいかないよなぁ?」
「………………」
「この部屋の肉片共は、上階の……そうだな。将来的に裏の仕事をする何某か、補佐官程度までのし上がる可能性の有る生徒の情報を探るために、ここへ転居してきた訳だ。結果、その生徒自身だかパトロンだかの怒りに触れて惨殺された……となれば!!」
(『身体強化』!!)
強化を施したカラドロスは即座に踵を返し部屋の外へ躍り出た。目的地は当然、上階の展示室である。タオラニカが外出を自粛するよう指示を出していた為、未だ夕方だというのに人通りがまるで無い。
(……!! 中が見えるように嵌め込まれていたガラスが無くなっている!! この工事で不審に思った連中が、挽き肉共を差し向けたか)
コンッコンッ!!
「失礼!! 第十一軍補佐官のカラドロスだ!! 少々お尋ねしたい事がある!!」
「…………」
返事は無い。
だが話し声がしたということは複数の人間が居る。だがタオラニカは入居した生徒は一人と漏らしていた。『通信』等での会話を考慮しなければそのパトロンも今、部屋に居る。
視界の端にチラチラと精霊の姿が見える。やはり、偶然では無く現場の部屋には何かしらの細工が施されていたのだろう。
(第十一軍団に一切の相談無くこんな事件を起こす馬鹿が何者かは思い付かないが、私達に対して敵愾心を持っているのは確実。それならば強硬手段を取るか………………『埋もれを抉れ』!!)
最悪の場合は魔導士級が居る可能性も想定していたが、カラドロスはリエルより留守を預かる身である。こと職務内に於いて、今は魔導士と同等の立場があった。
だが……
パシンッ
(──妨害されたか)
室内の戦力を探るべく放たれた探知スキルの一角『埋もれを抉れ』が何らかの手段で以て妨害・無力化された。今までに経験した事の無い感触に背筋が強張る。
(第十一軍団を舐めるなよ……)
先程の無言が居留守であると認めるのみならず、この明確な敵対行為に対しカラドロスはドアを蹴破ろうとし──
ガクッ!!
──何故か、その場に跪いていた。
(──!!! 何だ!? 私は何をしている!?)
まるで意に反する行動、一人でに解かれた『身体強化』。軽い恐慌に陥ったカラドロスだったが、よくよく思い返してみればこの状況には覚えがある。
(まさか、そうか、これは)
最悪の相手に手を出してしまったと気付くも後の祭り。
「ガチャリ」とドアが開く。
滑らかな白銀の髪、冗談のように白く華奢な四肢、言葉を介さぬ獣ですら虜にしそうな程に整った深窓の令嬢の如き顔立ち。
美と武を備え、天が二物を与えたとまで評されるカラドロスでさえ女として絶対に敵わないと感じる究極の美が、そこにはあった。
なのだが……
(……………………………………は?)
「カラドロスさん。どうしました? 緊急の案件ですか?」
ふわりと風に舞いそうな程に軽やかで優しい声色。
本性を知っている身からすれば鳥肌が立つにも程があるが、それはまだ良い。何も知らないアルケー教徒共や愚かな民衆を騙す際にリエルが用いている常套手段だ。何やら理由は判然としないが、傍らに立つ男を騙す目的なのだろう。しかし……
「リョウさん。此方は私の補佐官のカラドロスさんです。とっても優秀な方なんですよ?」
リエルの男嫌いは筋金入りである。それなりに長く副官を勤めているカラドロスだが、彼女が素手で異性に触れているところを見たことがない。聖女として人前に立つ時でさえも、厚手の手袋をして不慮の事故を警戒しているほどだ。だのに、どうしたことか。着ているエプロンも相まって仲睦まじい……そう、まるで恋人や新婚の夫婦のような甘い空気を前に戸惑いを隠せない。
(この生徒の前では本性を隠しておきたい……いや、だが、それなら何故手っ取り早く“人形”のように操作しない? それに、何故わざわざ男の腕を抱き込む必要がある?)
「えーと、初めまして宜しくお願いします。リョウ・キサラギです。リエルさんの……その、恋人やらせてもらってます」
自身が恋人と紹介されたのが嬉しかったのか、リエルが頬を染めた。
ぽっ。
「リョウさん……」
「…………………………」
あまりに強烈な言葉の一撃に、カラドロスの時間が停止した。
「さっきから何を騒いでいる? コイツはお前の部下か?」
今まさに声を発した肩越しに見えるエプロンを身に付けた女性は、まさかまさか魔王様ではないだろうか?
カシュナはリョウの背後から腕を伸ばし、首へするりと絡めると愛おしげに身体を密着させた。
「うおっ!?」
……それのみならず、次いで耳に唇を這わせる。妙な声を上げてしまうリョウ。
室内からは食欲を刺激する芳しい香りが漂って来る。
(…………??? ええ…………?? まお…………ええ? つまりこの男は、リエル様と魔王様が媚びへつらうような存在で……?)
有り得べからざる光景に、いよいよ以て混乱の極みに達したカラドロスは呆然と三人を見上げて居た。半ば無意識の内に、真実を見極めるべくスキルで以てリョウの心中を読もうとしたが、発動を試みる寸前に一言の冷や水が打たれる。
『私の最愛の旦那様に対する礼儀も知らないのか?』
(────!!!!)
カラドロスは幸運であった。
もしも実際にスキルを用いてリョウの心奥を探ろうとしたならば、彼女はリエル自身の手によってか、或いは誰の目にも触れぬ場所で三一八小隊に始末されていただろう。
本来ならば無意識にでもリョウへ危害を加えようとした時点で断罪されるのだが、リエルはカラドロスの忠犬振りに対してそれなりに信を置いていたため、心を読まれてはいなかったのである。
(れ、礼儀、礼儀…………自己……挨拶!!!!!)
リョウからは角度上見えなかったが、リエルの表情がみるみるうちに変化する。今までに幾度と無く見てきたその虚無の瞳は、敵を加虐する際に見せるものだとカラドロスは知っていた。
「お、お初にお目にかかっ、かかります。カラドロス・スーガと申し……です」
しどろもどろではあったが、さらに言えば国家元首たるカシュナへの挨拶までも欠けていたが、即座に床へと額を付け口上を述べる。同時、自身に降り掛かっていた莫大な殺気が霧散した。
遅れて後方に二人の気配が現れた。タオラニカとヴァードギンだろう。彼らの立場を考えれば仕方が無いと理解はしているのだが、カラドロスは僅かに恨みを持った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
(で、どーすんだこの状況。何で俺は土下座されてんだ?)
《照れずにしっかり彼氏表明したのは偉いぞ兄弟。一発ヤったからか、男として少しは成長したな》
(どうでも良いわボケ。どうすりゃこの空気から逃げられるかだけ教えろ)
《あ゛―……この部屋の主に用があって来たっぽいし、兄弟が室内にお招きするしかないんじゃね?》
(合点)