22話 追加の挽肉
キィトスの第一軍〜十二軍は、各々漏れ無く暗部を抱えている。補佐官級の実力者すら擁するそれら暗部は、日夜キィトスの為に暗躍していると言う。
(──いや、だが妙だな。私達に犯人の捏造や隠蔽工作の依頼も来ていない。それにわざわざ士官学校で事を起こすメリットが無い。魔王様の顔に泥を塗れば、最悪の場合リエル様が出て来る。そうなれば家族友人共々皆殺しは必至……)
殺人事件を早急に正当な手段で鎮静化させるには適当な犯人を仕立て上げるか、死体を処理した後に本人の意思による失踪とするかの二択。それらをでっち上げるには、操作を中断させるという意味でも第十一軍団に依頼をするのが一番の早道であり慣例であった。
(リエル様とアネッテ魔導士なら、士官学校のような手緩い機関ではなく三一八小隊で直接訓練をさせる。今回の件に関係は無いか。ああ、そういえば)
「ヴァードギンだったか? 挽き肉生徒と同室の二人は生きてるんだろうな? 揃って殺されていたなど洒落にもならんぞ」
「………………」
「オイ。聞いているのか?」
ヴァードギンは小刻みに震え、呟くように話し出した。
今日一日で色々な異常事態があった故に、脳内の情報が紐付けられなかったのだ。
「彼等が移動した部屋は、陳情があった部屋の上階……」
「ああ……?」
赤い塗料の出処と、被害者二人の部屋が同じだということが。
「少し前に、彼等の部屋の、階下から……陳情があったのです!! 天井から赤い染料、いえ、液体が染みてきている、と……」
「クソが!!!」
「そんな! まさか!?」
「兎に角その部屋に向かうぞ!! 部屋番号は何番だ!?」
「4-70号室です!! しかし、上階に「ヴァードギンさん待って下さ「あの展示室の真下か!! 直ぐに──!!」
ピピピッ……ピピピッ……
三人が同時に立ち上がったと同時、タオラニカとヴァードギンの通信用魔具が音を発した。
内容は予想通り。応答の無い4-70号室をマスターキーにて開錠したところ、肉片の山が二つ鎮座していた、と。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「これは何とも凄惨だな」
「………………」
「うぅっ……」
全速力で4-70号室へ向かったカラドロス一行は、その現場の凄惨さに言葉を失った。
「はぁ……結局、私が捜査するしか無いのか」
否、カラドロスだけは涼しい──とまではいかないが、まるで意に介さず部屋へ足を踏み入れた。この程度で吐き気を催していては、あのリエル・レイスの補佐官など務まらない。
それに、気になる事もある。
(この部屋には何故か精霊が居ない……普段なら数秒に一度は視界に入るものだが)
嫌でも視界に入るはずの色とりどりの球体。鬱陶しいと感じる事さえあるそれらだが、いざ姿が見えないとなると一抹の寂しさも覚える。
「あの、カラドロスさん」
「手短にしろ」
現場を極力荒らさぬよう留意しつつ、クローゼットの中等を確認する。まず有り得ない事ではあるが、現場に潜んで居た犯人に背後からドスリ……などという可能性も考えられるからだ。
「一連の事件はリエル魔導士もご存知なのでしょうか。具体的には、その、密に連絡を「何が言いたい。この事件は私の手に余るとでも?」
「いえ、そうではないんですが……」
タオラニカとヴァードギンは確信する。
(やはりカラドロス様は聞かされていない……ところで、何故先程私の言葉を遮ったんだい? 恐らくだが犯人は……)
(お二人がカラドロスさんに知らせていなかったのには理由があるかも知れません。そうなると、ここで私達の口から明確に伝えるのは悪手だと思ったんです)
(成る程。もしかすると魔王様の意に反するかも知れないな。危なかった。理解したよ)
否、理解していない。タオラニカはリエルの怒りを買いたくないだけであり、加えてヴァードギンはリエル・レイスの残虐性を知らない。清廉な聖女としての面しか見ていない彼は、階下の生徒が魔王カシュナの逆鱗に触れたのだと思い違っている。
「何をブツブツと喋っている。世間話なら他所でやれ」
『ご報告です』
「やけに時間が掛かったな。丁度良い、此方も報告だ。挽き肉が二山増えたぞ。今夜はハンバーグでもどうだ」
『………………暫く、肉料理は遠慮させていただきたく』
「ただの軽いジョークだ。で? 首尾は」
『申し訳御座いません。力及ばず……現在、建物ごと封鎖し現場の保全に努めております。もっとも、鳥獣による食害を受けた後ですので気休め程度ですが。中に居た人間については有益な情報を持っていなかったこともありますが、容疑者とするには時間が経ち過ぎていますので、連絡先と身分を確認した上で解放しました。ご指示を』
「……お前でも読めないか」
『まさか、カラドロス様でも……?』
「いや、私はこれからだ」
「そうでしたか」とホムサックは呟く。その声に安堵の色が滲んでいることをカラドロスは見逃さなかった。
『有り得ない事です。周辺一帯の過去の情報が数十年単位で消失しています。この現場に至っては百年単位での隠滅が為されています。これは、カラドロス様でなければ……』
想像以上の案件に、ホムサックも動揺を隠せない。「せめて冷静な思考程度は保って貰わなくては此方の動きに差し支える」と判断したカラドロスは、珍しいことに部下を宥める。
「恐らく暗部同士の衝突だ。この場でやり合った以上、徹底的に証拠を排したんだろう。気を落とすな。恥では無い。そのまま現場の保全に努め、気付いた事があれば即時報告しろ」
『……承知しました』
「此方も調査に入る。返事は要らん。切るぞ」
束の間の沈黙にタオラニカが口を開いた。
「……部下の方からの『通信』ですか?」
「………………」
返答は無い。カラドロスは既に精霊魔法を使うための集中状態に入っている。
「十の魔力を供物に招集する。精霊はここに」
カラドロスによる捜査とは、即ち精霊魔法に依るものだ。この世界に数多存在する精霊へ魔力を渡し、その対価として彼等が見聞きした情報を得る。とは言え存在どころか意識さえ希薄な存在の精霊である。火を出したり氷を出したりといった分かり易い対価ならばまだしも明確な情報を得るなど、そう簡単に出来る事ではない。純粋な戦闘力も評価されてはいるが、これこそが彼女が第十一軍補佐官たる最大の所以であった。
その実力に疑いの余地は無い。ヴァードギンとタオラニカは固唾を飲んでそれを見守る。しかし……
「七十の魔力を供物に招集する。精霊はここに」
………………
…………
……
(……精霊が集まらない)
魔力を餌にすればどこからともなく群がって来るはずの精霊が、今は気配さえ感じられない。
「これを使うのは久方振りだが……『白日の下』」
過去の情報を読み取るスキルは『過去視』を始め各種存在する。これはその中でも最上級……なのだが、ホムサックの報告を聞くに正直期待薄だろう。
(過去の情報を検索──……やはりダメか。ホムサックの報告と同様、徹底的に情報が消去されていて何も読み取れない。仕方が無い。懇意にしている第五軍団の鑑識に協力を要請するか)
「私の手に余るとでも?」と啖呵を切った手前、ここでむざむざ引き下がる訳にはいかない。いつリエルが戻ってくるのか定かでは無いものの、それまでに解決ないし相応の進展を見せていないと己の身が危ないと言うのも勿論あるが。
懐から通信用魔具を取り出す。『通信』で直接語りかける事も出来るが、頼み事をする時には通信用魔具を使うのがマナーである。