21話 二三七小隊
「で? どこまで探った。流石に書面化する時間は無かっただろうが、口頭でも構わない。報告しろ」
士官学校の派閥争いなど門外漢も良いところである。己の学校の生徒が惨殺されたという直後にやるべき事なのかについては疑問符が付くものの、そちらには取り敢えず興味が無いカラドロスは二三七小隊に問いかけた。
「……はい。と、申しますと?」
リーダーなのだろう男が困惑した表情で聞き返す。
「馬鹿正直にホムサックの指示通りに待機していた訳では無いだろう? 被害者の交友関係、直近で起きたトラブル、居るのなら交際相手、寮の隣人、可能なら上階・下階の住人、手に職を付けているのなら其方もだ。何度も言わせるな。口頭で良い。報告しろ」
「それは……」
「まさか貴様等……」
リーダー格の男は言い淀み、他の隊員に至っては恐怖のあまり無礼にも顔を伏せてしまう。
「つまり貴様等は、この事態を前に己の失態を返上することもせず、ただただ案山子の様に愚直に突っ立っていたと?」
「そ、それは、その……」
「先程から責任責任責任と。私の口から辞任の二文字が欲しいだけでしょう」
「なっ……!!!」
「それは論理のすり替えではありませんか!!」
「やはり貴女は校長に相応しく無い!!」
元より彼等は、急場凌ぎで呼ばれただけであると理解していた。「直ぐに第十一軍団の幹部がやって来る」「自分達の仕事の如何に関わらず、彼等が全て解決してくれる」と。そんな思考が前提としてあったからだろう、ホムサック準補佐官から「補佐官筆頭のカラドロス様が其方に向かわれた」と聞いた際に「これでバトンタッチだ」と勝手に安堵してしまった。
「今はそんな事よりもカラドロス補佐官に情報を」
「『そんな事』とは!! 聞きましたね皆さん!!」
「ええ!! 遂に馬脚を現しましたな!!」
「やはり貴女は今の地位に固執しているだけなのですね!?」
「ダニ共が……」
「ですが、待機せよとの命令を我々は……」
使えない部下に加え、醜く喧しい派閥争い。第十一軍団はリエルを絶対的頂点とした権力のピラミッドが形成されている為、こういった諍いは久しく見ていなかった。厄介な状況と相まって、怒りがふつふつと込み上がってくる。
「ですから、どの口が言うんで──」
「この時期に四年生への!! 編入を許可するのも問題で──」
「何を訳の分からない事を!! 皆さん、今直ぐに彼女の進退について会議を開いて──」
「ですので、我々としてはホムサック準補佐官の指示に従い待機を──」
「ブチッ」と何かが弾ける音が響くと同時。頭に閃光が走ったかの如く視界が白み、自然と体が動いた。
「喧しいぞ格下共がッ!! どいつもこいつも私をッ!!!」
二三七小隊の──無能の名前を聞くつもりも無いのでリーダー格の男としか認識していないが、兎に角その男の胸倉を掴み上げ、思い切り振りかぶると──
「苛つかせるなっ!!!!!」
カラドロスは既に近接戦闘用スキル『身体補助』を使用している。
ブォンッ!!!
──強化された膂力で以て掴み上げた男を全力で投擲した。
「なっ!! ええええええ!?」
カラドロスを視界に捉えていたタオラニカが慌てて防御術を展開し……
「ぎぃやぁぁぁぁぁ!!!」
怒りが収まらないカラドロスは、瞬時にもう一人の男を掴み上げ……
「ハハハハハハハ死ねぇ!!!!」
素晴らしきはキィトス国軍の軍服である。襟に全体重を掛け、振り回しても軋み一つ上げないとは。
「これで貴女もお終いぎゃああああ!!!」
補佐官そっちのけで言い争いをしていたタオラニカの政敵にリーダー格の男が着弾し……
「カラドロス様! 一体何の騒ぎデエエエエエエエエ!?」
合流に来たホムサックが困惑の叫びを上げ……
「ぐおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
もう一人が着弾したところで、両腕で二発の無能な部下を掴み上げ……
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以下、被害一覧
教員四名が骨を折る重症 内一人は右腕上腕部開放骨折。後者は第十一軍準補佐官ホムサックによる応急処置で辛うじて救命。
二三七小隊の二名が軽い打撲──との報告であったが、救護室に搬送された際に人数は四名に増えており、さらに全員が揃って両肩の脱臼及び、幾つかの内臓を損傷する重症。
怪我の原因については皆口を閉ざしているものの、上記八名は校内救護室在中の治癒術士によって快復。即日職務復帰。
年代物のカーペットが血液により変色。廃棄処理。
調度品の幾つかが粉砕。
怪我の原因にただならぬものを感じた治癒術士が第十一軍団に通報するも、調査及び捕縛は第十一軍団補佐官のカラドロス・同軍準補佐官ホムサック両名により既に完了しているとの旨が通達される。
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四馬鹿に付き纏われていたお陰で業務が滞っていたのだろう。忙しなく電話越しに指示を飛ばしていたタオラニカだったが、漸く目処が付いたらしい。
「外出禁止令とは思い切ったな…………で? 被害者の情報は?」
先程まで沢山の人間が詰め掛けていた室内も、今は士官学校校長であるタオラニカと補佐官筆頭のカラドロスの二人きりである。
ちなみにホムサックは一足早く現場へ向かわせている。
「指示はしてあります。もうじき来る筈で──」
コンッコンッ
「ヴァードギンだ。タオラニカ。取り急ぎ情報を持って来た」
「どっどうぞ!」
ヴァードギンは部屋に入る前にカラドロスに深く一礼をし、その後数枚の紙束を二人に手渡した。
──セリヌス 三年 出身地 トリトトリ
──ナル 三年 出身地 トリトトリ
成績は共に中の下。先日寮の部屋を知人と交換申請、即日受理。
「ふん……壁外からの移住者だったか」
その声には多分に侮蔑の色が滲んでいた。
このように、カシュナの選民思想に影響されていない者などキィトスには存在しない。壁外の人間に対する援助をする慈善団体も存在しはするものの、彼等もまた道端で蠢く虫を憐れむような気持ちで以て活動を行なっている。
「壁外の人間もキィトスの人間も関係ありません! 入学した以上、全て大事な生徒です!!」
タオラニカの言葉ですら、完全な善意から発されたものでは無い。「職業柄差別はいけない」という思考の元に成り立っている程度の、職業意識から来る脆い理念である。
「…………」
反論は完全に黙殺される。
「と言うか……オイお前。この二人は同郷なのか?」
「ヴァードギンです」
「どうでも良い。バックに付いているのは誰だ?」
「そこまでは流石に……」
「チッ! 使えない男だ」
壁外からキィトスに移住する為には越えなければならない関門がいくつもある。
試験を突破する為の膨大な知識、キィトスに移住しても良いと判断される程度に有用な才能、技術、そして何より……金。
壁外でもキィトスと同等の価値で『エン』が使われてはいるものの、それはあくまで裕福な区画に住む者達だけの話。この二人のように名字も無い下層階級の人間だと、良くて日給が千エンやそこらである。何百年働こうとも挑戦権すら得られない。
「おいおい……コイツ等を含めた同室の四人がトリトトリ出身だと? 壁外の名家の御曹司でも無いとすると、やはり裏で手引きをしている奴が居るな」
カラドロスは嫌悪感を露にしているが「優秀な人材を発掘する」ただそれだけの事である。たとえそこまで優秀でなくとも、下層階級から引き上げられた恩の有る者達は他の者達よりも懸命従順に働き、秘密も守る。
「手引き……ですか。まさか」
ヴァードギンの顔色がみるみるうちに土気色に変わる。
(恐らく……この四人は後者。秘密を守る為の人間。第何軍だかの暗部の鉄砲玉にでもされる予定だったか? となるとこれは暗部同士の衝突……いや報復か? 証拠隠滅にも長けた者達だ。二三七小隊が何の残滓も汲み取れなかったのは当然──)