7話 思春期真っ盛りの二十代
時折照らされる素肌は透き通るように白く美しい。腰まで伸びた白い髪は歩を進める度にサラサラ流れながら、手元の灯りに照らされ煌めく。まるで上質な絹糸のように。
彼女の大きなグレーの瞳と小さな口は本来、その小さな背丈と相まってあどけない印象を与えるのだろう。だが松明の灯りに照らされた今、それは妙な色香を放っていた。
「盗掘者ではなく、遭難者かと思って声をおかけしたんですが──」
軍服調の服に身を包んだこの小柄な女性は、本来警戒すべきなのだろうが、なかなかどうしてそれは難しい。
釘を打たれたかのように動かせない視線。
(まいったな……一目惚れってやつか)
反射的に灯りを持つ手──左手だが、その薬指を見遣る。
(指輪は……無しか。つっても、文化が違うし……って、何確認してんだ俺は!)
「……あの、もしかして、どこかお怪我でも?」
「?……っ! い、いえ。すいません。あまりの状況に、気が動転してしまいまして」
「あぶねえ」と、内心舌打ちを打つ。状況が状況なのだから釈明の余地はあるが、初対面の──それも女性を凝視する男。恐らく立ち入り禁止であろう場所でこの行動は、一歩間違えなくとも不審者である。
それなりに上手く誤魔化せた安堵感に胸を撫で下ろすが、安心するのはまだ早い。
盗掘者という危険なワードが聞こえた以上、会話を続け、その疑惑を完全に払拭しなければならない。先程からの態度では既に疑いは晴れているように思えるが、またいつ疑惑が再燃するかも分からない。地盤は固めておくべきだろう。
「よく分からない男に叩きつけられたような……そんな記憶があるんですが、気が付いたらここにいまして。もっと広い場所だったように思うので、多分ここまで運ばれたんでしょう」
雄弁は金、沈黙は路傍の石とばかりに言葉を打ち出すリョウ。ちなみに嘘は言っていない。相手を誤魔化す時のコツは、真偽を織り交ぜるか、又は都合の悪い部分だけを省略するかだが、今回は後者を選択する。
加え、敢えて相手にとって突っ込みどころのある言葉を選択した。そこで会話を膨らませている隙に、自分の素性を考えようという魂胆で。
「叩きつけられたんですか……」
(ああ喋りながら考えんの面倒くせえな。ってか、こっちの文化とか何も分からねえし)
『よく分からない男』『運ばれた』等がその言葉だったが、『叩きつけられた』に反応したらしい。狙い通りではないが、結果は上々か。
「ええ、抱え上げられて、叩きつけられた……と言うより、投擲されたと言うべきでしょうか」
(浮浪者だから住居ありません……は無理だな。厳しいけど記憶喪失で乗り切るしかねえかそれしかねえな面倒くせえ……)
「……っ! 右手、血が出ています!」
「??は? 右手、ですか?」
彼女の灯を頼りに右手を見れば、確かに掌を大きく擦りむいていた。
(さっきコケた時にやったのか。全然気付かなかったな)
先程まではまるで痛みを感じなかったのだが、いざ怪我を認識すれば、それなりの痛みが波打って来る。
人間とは不思議なものだと、繁々と怪我を眺めていたリョウだったが、突然、光源が強くなっている事に気付き、目線を上げると──
いつの間にか目と鼻の先まで近づいて来ていたらしい女性に、右手首を絡め取られた。
「!?……!?!?」
「今! 治しますから!! じっとしてて下さい……」
どこにこんな力が隠されているのか、右腕はピクリとも動かない。
(指細っ! 肌柔らけえ! でも力強っ! なんだコイツ本当に俺と同じ人間かっ!?)
前世で女性と触れ合った記憶が皆無なリョウ。年齢的にはいい大人なのだが、記憶が朧げな事も相まって、心は思春期真っ盛りである。
ドギマギしながら彼女の顔を見ている内に、指が解かれた。傷口の確認を終えたということか。
患部にガーゼや包帯による処置でもしてくれるのかと、改めて掌の具合を確認するリョウだったが──
「……傷が、ない」
傷だけでなく、傷口から流れ出た血液も転んだ際に付いたであろう小砂利も共々に消え去っており、痕跡すら残らない。
(ま、魔法ってやつか? すげーな、医者要らずか。流石異世界……)
驚いている姿に疑問を持たれたのか、彼女がなんとも言えない表情を浮かべる。
しまった。と思う。
いくら記憶喪失という言い訳があるとはいえ、一般常識を知らないという事は無いだろう。なにせ、言葉は喋れているのだから。
そんな彼女が、言葉を紡ぐ。
「……秘密ですよ?」
何やら理由は分からないが、正しい反応であるらしかった。
勝手に治療行為を行ってはいけないのか、或いは此方の世界でも魔法は空想上の産物なのか。どちらにせよ渡りに船である。これに乗らない手は無い。
一体、誰に何を秘密にするのかは不明だが……
「え、ええ。秘密ですね」
とりあえず同意しておくことにする。
ここで彼女が何かに気付いたようで、「あっ」と声を上げる。口内が見えないよう手の平を口に当てているあたり、育ちが良いのだろうか。
袖口から金色のカードを取り出し、提示しながら軽く一礼。
「申し遅れました。キィトス国軍所属、リエル・レイスが貴方を保護します。階位は秘匿となっております。気さくにリエルと呼んでください」
どうやら、お辞儀は万国共通の礼儀らしい。
(ナイス展開。ここで名前が分からねえってのを皮切りに、記憶喪失に持っていくか)