19話 匠の仕事
「ああああああああああっ!!!」
仲間が真横で細切れにされ、こんもりとした布と肉と血の山を形成していた。先程の水音は、相方が肉片に変じた音であったのだと知る。
一切の魔法の発動を感じなかったが、どのようにしてこうなったのか。
「ミタナミタナミタナミタナミタナッ!!!」
奇怪な金切り声が響く。
随分と掠れてはいたが、この声には聞き覚えがある。そう、数年前に柔らかな笑顔で炊き出しを行っていた美しき聖女。器を受け取る際、不意に「自分だけの物にしたい」とさえ考えてしまった優しい笑顔と声色は今でも鮮明に覚えている。
「そんな……」
対象の本質を見誤った。その結果がこれだ。
そして己もまた、絶望の中その山の一部となるべく血潮を吹き散らし──
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「私は腹が減りまして候」
「何処の言語だそれは」
「寝具も創り直しましたし、そろそろ晩御飯の準備をしますか?」
部屋の装飾同様、寝具も素晴らしい造りであった……のだが、過去に見ず知らずの学生が使った物は相応しく無いとカシュナが言い、リエルがそれに強く強く同調した。その結果……
何処の馬の骨が寝ていたかも分からなかった豪華絢爛な寝具は……なんということでしょう!! カシュナの“破壊術式”によって、跡形も無く分解消滅してしまいました!!
無駄にスペースを取って使い勝手の悪かった三つのベッドは……なんと! 天蓋付き・三人で寛げる開放感たっぷりのキングサイズのベッドに生まれ変わりました!!
どうしても同衾してやるという、匠らの執念によって生み出された珠玉の逸品です。
硬い椅子も分解消滅! ゆったりとしたソファを配置し、三人並んでイチャつ…………座れるように!!
三つの家具が一つになったことによりスペースの充足感が増し、部屋が開放的になった気さえしますね。
さらに、周辺環境にも配慮しました。
これは依頼人にも内緒ですが、プライバシー意識の欠落した目障りな階下の住民を惨殺!!
快適な寮生活が送れるようにとの、匠の粋な計らいが感じられます。
(さっきから何をブツブツ言ってんだオメーは)
《テヘ♪》
リエルは既にキッチンに立ち何やら食材を袖口から取り出しており、カシュナは取り出された魚に…………妙に細長いが、本当に魚だよな? に塩を塗り、滑りを落としていた。
滑りが多量に出ているのか、何度も水洗いと塩塗りを繰り返している。
「ば、晩飯の準備。俺も手伝おうか」
不安に駆られたリョウからこの台詞が出るのも無理からん事だろう。
ちなみに二人は軍服を脱いだ後にラフなシャツに着替えており、今はその上からエプロンを羽織っている。リエルは芸術的に美しく、カシュナはただただ暴力的にエロい。
「いえ! リョウさんは座って居て下さいっ」
「ん? 野菜やら肉やらを刻むくらいは出来るぞ?」
だがリョウも食い下がる。せめて食材が何なのかは知りたい。いやマジで切実に。
それに食材はバットに入れられていて良く見えないものの、辛うじて見えるリエルが手にしている包丁は日本の物と遜色が無い。使えないという事は無いだろうとリョウは判断する。
「そうは言うがな。このキッチンに三人だと、些か狭過ぎるぞ?」
「む」
成る程確かに、そう言われると何も言い返せない。
「それに、だ。私達二人が、お前に、その、作ってやりたいんだ」
「カシュナ……」
ビチチッ!
「………………」
カシュナの手元で魚? が踊る。妙な物が見えた。
(今一瞬だけ丸い口が見えたな。あれ、マジで魚か? あんな口の魚いるか? 怖くね? スゲー凶々しくね?)
《地球の分類でも円口類は魚ですらないぞ。魔物じゃねーみてーだし、ヤツメウナギだと思って頑張れ、兄弟。ファイトッ!!)
甘い空気も色々と台無しであった。
「あー……それなら、先にシャワー使わせて貰おうかな」
先程浴室を見たが、シャワーもしっかりと完備されていた。冷水しか出ないと聞かされてはいるが、この気温なら風邪をひく事もないだろう。
……それに、だ。リョウには一つ思うところがあった。
(……ベッドを一つに纏めるとか、明らかにソレ目的だろ。幾らなんでも厳しいって)
《ハーレムは男の夢なんじゃねーのか? 無料で読んでた創作物にも、そーゆーのあったろ》
(お前な……こちとらついさっきまで童貞だったんだぞ? いきなり三人とかハードル高過ぎるわ)
《欲望のままにヤっちまえば良いのによぉ》
(いざヤッてみて下手糞なのがバレて幻滅されたくねえんだよ)
作戦はこうだ。今の内にリョウは身を清めておき、悪いがリエルとカシュナには夕食後に入浴して貰う。自身はその間に寝てしまえば後は朝になり即登校だ。まさか寝ている自分が起こされてどうこうはあるまい。正に死角が無い完璧な作戦である。
第一この流れだと全員で風呂に入りそうな気さえする──と言うか必ずそうなるだろう。見るに浴槽は大使館の物と大差が無かった。トラブルこそあったものの二人でも「ああ」なった浴槽に三人で入ればどうなるか、結果など推して知るべし。
「リョウさん」
リエルの背で束ねられた髪がさらりと揺れる。リョウは出来る限り爽やかに。歯などキラリと光らせながら微笑み返した。
「ん? どうしたんだい? リエル」
「 座 っ て 居 て 下 さ い 」
「あ、ハイ」
死角が無い完璧な作戦と笑顔は、立案より三秒と経たずに瓦解した。
(こっわ)
《そら怒るだろうよ……》
悪意が無いとは言え「一緒に入浴したくない」「同衾したくない」と暗に言っているのだ。パートナーとして怒りも覚える。
ザザザッ……!!
「ん? 何──(ザザザザザザザッ!!!)ぐっ!!!」
「リョウさん!?」
「どうした。何処かに足でもぶつけたか?」
「痛ってぇー……あーいや、大丈夫大丈夫。ちょっと一瞬頭痛かっただけだから」
一瞬ノイズが走った様な強い偏頭痛を感じたリョウは、思わず反射的に頭を抱えた。
(さっきから妙に頭痛がすんだけど。ンだよこれ)
《身体には異常無し。どっかからの攻撃って訳でも無い》
(原因不明とか怖すぎだろ)
「やっぱりお前はそこで休んでいろ。一人浴室で倒れられたらと思うと気が気じゃ無い」
「生活が落ち着いたら精密検査をしましょう。兎に角今は休んでいて下さい」
「おう。じゃあ悪いけどそうさせて貰う」
(……つっても、娯楽が無えよ。ただ待ってろってのもなぁ)
《綺麗どころ二人に飯作らせてんだぞ? 見てて飽きねえだろ》
(いや、怖くて見たくねえっつうか……)
《贅沢な言い分だなぁオイ》
確かに贅沢な言い分である。だが、それも仕方の無い事だろう。床にクッションを置いて座って居るリョウからは角度上見え難いのだが──
(人間の指みてーのが見えた。もう俺はダメかも知れねえ)
《アレも魚だ。ヒレの一部が人間の指に酷似してるだけで……》
(止めろ。俺を騙そうとすんな)
《荒み過ぎだろオイ》
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同時刻。寮内管理部へ寮生より陳情。
「天井から壁に向かって赤い塗料による染みが広がっている」とのこと。
ヴァードギンの指示により、事務員が確認に向かう。
タオラニカにとって人生最大の厄日は、まだまだ始まったばかりである。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
キィトス国第十一地区のとあるビルの一室。彼女は菓子を片手に欠伸をしつつ、部下からの『通信』を受け取った。
『緊急のご報告です』
出入り口も窓も無いことを除けば実務一辺倒のオフィスと言った内装のワンフロアだが、彼女のデスク周りだけは雅な品々で固められていた。彼女の歪な人間性が僅かに垣間見える。
「……何だ」