16話 生まれ持っての才覚
(恐らく)国軍の重鎮であろう二人に何やら見知らぬ男が「魔人か!?」と聞き返している図である。流石に歩を止める者こそ居なかったが、寮が近づくにつれ人目も増えてきている。一行は更なる注目を集めることとなった。
「深緑の王は樹海付近を通る者を襲う魔物だと聞いた。そしてスライムとは最弱の魔物との呼び声高い、粘菌型の魔物の総称だ」
「ほほー」
切り株や落ち葉にグチョグチョと付着している極彩色のアレかと当たりをつける。
「一応移動も出来るが、速度は実際の粘菌と大差が無い。他の魔物の餌にされたり、環境変化に対応し切れなかったり、飯まで辿り着けずに死んだりするのが大半らしい」
「大半ってことは、そうじゃないのも居るわけだ」
先程迄はよく分からない研究棟が殆どだったが、気付けば書店や文房具等を扱う店が増えてきた。飲食店や年季の入った屋台もチラホラ見られる。祭りでも無いだろうに学生らしき男がお好み焼きを焼いているあたり、校風はかなり緩いのだろう。
「稀だがな。それと魔物は一定以上の成長を遂げると人間に近い姿形に成る。これが所謂魔人と言うヤツだ。不思議な事に強くなれば強くなる程、見た目は人間に近付いていくらしい」
「強引に魔物の成長を促して魔人化させようとした方もいたんですが、上手く行かなかったみたいです。『成長具合とは別に、何か必要な要素が有るのでは』とレポートには書かれていましたが私は──」
「ふん。頭の良い馬鹿はこれだから困る。魔術士全員が皆等しく努力したところで、全部が全部魔導士クラスに強くなるわけが無いだろうが」
生まれ持った才能・パラメータについての話に反吐が出そうになるリョウ。
「でも、良い人ですよ? キィトスにとって有益な研究も多いですし、あまり悪く言うのは……」
「リエ──んんっ! それはお前とアイツの利害が一致しているだけだろうが」
自分も家が裕福だったなら、人の良い親戚の一人でも居れば、少しでも篤厚な教師が担任だったなら、そもそも両親が健在であったなら、何か特別な才でもあったなら…………もっと楽な人生を歩めたのだろうか。
所詮は「たら」「れば」……ましてや前世の話である。不毛であると思考を断ち切った。
(凄ぇ嫌な気分だ。嫌悪感ってやつか?)
学生時代にも覚えた感情ではあったが、ここまででは無かった気もする。
「…………」
「あー……つまり才能ってことか」
「恐らくな」
「山脈ってのは?」
「魔王……わた──誰かさんとは違って魔物の王と言う意味だが、ソイツが魔人共を率いて統治している山脈のことだ。見た目の近い者同士で派閥を作ったり、勢力争いをしたりしているらしい。そしてさらに魔人の中でも一際強力な個体……エルダーだとか呼ばれているが、これが派閥毎に一体存在するらしいな。まあ距離が離れている上に交流も無い。言ってしまえば興味も無い」
「てことは、敵では無いのか?」
「良くも悪くも不干渉です。交流自体が有りませんから」
「それで良い。山脈は私の領地ではないし、壁外のシラミに比べれば自立しているだけ百倍マシだ。あちらから打診があれば国交を結んでやっても良い。……ところで、探査と探知の反応が無くなったな」
「……はい」
いよいよ人通りも増え出したところで学生寮が視界に入って来る。
「うわ。でけー……どこの宮殿だよ」
入り口が昔懐かしの回転ドアになっているのは些か減点対象ではあるものの、「コ」の字型で無数の学徒を向かい入れるその建物のなんと荘厳なことか。「コ」の字の内側は敷き詰められた芝生と少々のベンチとテーブルが有るのみで庭としては少々肩透かしな印象を受けたが、建物を遮らずに見せつける意味合いで敢えて何も植えていないのだと気付いた。
生徒の憩いの場にもなっているのだろう。ベンチに座りながら不思議な色の飲み物を飲んでいる仲睦まじい男女・何を思ったかパラソルを突き立てて寛ぐ者・レジャーシートを敷きサンドイッチやホットスナックを頬張る者・仲間内で肉を焼き余暇を謳歌する者達が横目に入る。これだけの人数が毎日出入りをしているのだろうに芝生には一切の痛みが見られない。常軌を逸する程の手間がかけられているだろうことは想像に難くなかった。
「皆楽しそうだなー」
暑くもなく寒くもない気温に加えて柔らかな陽射し。手入れされた芝生の上での団欒は、さぞかし楽しいことだろう。
正面入り口からかなりの距離があるが、業者用と見られる出入り口では多数の人間が慌ただしく声を掛け合い、大小様々なダンボールを運び入れている。これだけの規模の寮となれば、メンテナンスや各種消耗品の搬入も容易では無いのだろう。
《いやぁどうだろう。あの慌てっぷりは多分別件だと思うぞ?》
(あん? つーか帰ってたのかお前)
「リョウの希望は可能な限り汲んでやりたいところだが……流石に時間が無いな。それに屋台は衛生面でも不安だ」
「そちらは私が直ぐに調べられますよ?」
「そうか。そうだったな。ただ時間は如何ともし難いだろう? 入学に必要な書類の作成や身体の採寸後に制服の裾やら何やらを合わせて、教科書と各種文房具一式くらいは揃えて……夕食は何処の馬の骨とも知れん奴が作った物ではなく──」
「──でしたら明日の開講時間を三時間程遅ら「タオラニカの心が折れるだろうが。良いから行くぞ」
「教科書は兎も角、制服と文房具はカシ──貴女が“術式”で創れるんじゃないですか?」
「あ゛っ……」
………………
何やら二人の間に気まずい沈黙が流れる。
(何の話だこれ)
《さっきカシュナが壁ぶっ壊した後にスロープ創ってたろ? 文章っつー内容が必要な教科書は無理だから置いといて、制服も文房具も見た目と性能さえ整ってりゃ問題無えんだから自分で創った方が早かったろって話だ》
(おー。なるほど)
「手配の約束はキャンセルしますか?」
「……後でな」
前方の正面入り口にマントを羽織った生徒が進み入くのが見えた。しかも、その生徒を中心に人混みが避けるように移動している。
「カ──…何だアレ」
思わず「カルト教徒か?」と聞きそうになり、慌てて訂正するリョウ。万が一国教の正装の類であった場合、手痛いしっぺ返しを喰らう事になる。
「『王の学徒』ですか? 最高学年の成績上位三名にはマントが支給されるんですが、きっとその内の誰かですね」
「学生にやる気を出させる施策の一環だな。不要な授業の免除からお食事券の支給まで、細かな特権があるらしい」
「食事と言えば、ここの飯ってどうなってる? 寮内で食堂に集まって食う感じか?」
「ん? 寮内に幾つか学生割引の効く食事処が有るのと周辺に小洒落た店が幾つも有るからお好みで……という風だったか。部屋にはキッチンも備えられていて自炊も推奨していた筈だ。金の無い生徒はここで自然と腕を磨かれる」
「小型の支給型倉庫しか持っていない小隊なら、料理が出来る方は長期任務だと重宝されますね」
「とは言え臭み消しの都合上、大半がニンニクとカレー味だろう? 腕の良し悪しが味に直結しないのは悲しいところだな」
回転ドアを足早に通り抜けると、中は意外にも地方都市のデパートのような様相を呈していた。
「視線は切れましたけど、探査と探知に切り替わっただけです」
「流石に気付いている。お前が妨害するのを待っていたんだが」
(つーか、外観に比べて中はかなり俗っぽいな)
一階は市役所や銀行、大学の学生課のようにオープンなオフィスを中心とし、幾つものレストランや雑貨屋が併設されている。居住や生活を第一に考えた結果、外観はまだしも内装は実用性を鑑みてこうなってしまったのだろう。
……リエルとカシュナの手前、決して声には出さないが。