14話 説教
目覚めてみれば見知らぬ場所……などと言う事はなく、先程と同じ車内の座席にその身を横たえていた。枕の代わりなのだろうか。頭の下には畳まれた二人分の軍服が敷かれていた。
真横にはアネッテが座り、何故かリエルとカシュナは妙に離れた場所に並んで腰掛けていた。二人の膝の上には何故かヴェールが置かれている。
「ぐぅっおぉ…………おはよう」
精神世界にて基本色数二万『銀濤』を用いた戦闘訓練をしていたリョウだったが、あまり良い成果を上げることは出来なかった。
確かに一歩踏み出す毎に吹き飛ばされるようなことは無くなりはしたものの、ただそれだけであり、戦闘のイロハについてはいまいちピンと来なかった。車に例えるならアクセルとハンドルの踏み・切り加減を理解はしたものの、その他の運転技術が伴わない状態である。
《それでも初めてであんだけ普通に動けりゃ御の字だぞ兄弟》
(異世界モノあるあるで、超ハイスピードバトルが出来るって張り切ってたんだよ俺ぁ)
《変なとこで子供だよなお前……》
(浪漫だよ浪漫)
現実は非情。その場から動かぬリンプファーに、片手一本で軽くあしらわれた。
だが気付いた事もある。ハシロパスカでリエルに門番から守ってもらった際に足裏に感じた障壁の感触。地面の踏み抜き防止と滑り止めの為に足元に展開されるソレだが、今思えばリンプファーが使うものに酷似していたように思う。
(リエルはこんな性格だけど、いざ戦いになりゃ結構強いのかもな)
《…………》
「おはようございます。リョウさん」
リエルは相変わらず天使の様に可愛い。好きだ。上着の下には黒い長袖のインナーを着ていたらしく、浮き出たボディラインや白い髪と黒い衣服のコントラストが実に妖艶である。男性用……少なくともリョウが着ているインナーとはデザインが異なる。男女別なのだろうか?
《男女別だ》
(ほーん)
《つーか兄弟。何気に髪フェチだよな》
(…………)
黙殺。
片やアネッテは何故か疲れた表情で此方を見て居る。
《どっちが膝枕するかで争ってた二人を仲裁してたっぽいな。色男め》
(あー……)
その結果二人をリョウから離れた場所に引き離し、自分が真横に座ることを選択したのだろう。相も変わらず苦労人である。
「おはよー……水いる?」
「貰う」
「おかわりもあるぞー」
(前世の漫画か何かのネタじゃなかったかこのフレーズ)
《気にすんな》
虚空から水を湛えたグラスとピッチャーが現出する。意識を失う前に冷や汗をかいた所為だろうか。妙に喉が渇いていたリョウは、それを有り難く頂戴した。
「アネッテが言うには単純な記憶の混濁らしいが、体調に変化は無いか?」
カシュナは心配そうな声色ながらも、それを隠すために柔和な笑みを浮か「うおぉぉっとぉ!!??」
「リョウさん!?」
「リョウ? どうした?」
三人の顔を順に見回していたリョウだが、カシュナの段になって全力で顔を背ける。
「あーそっかー。リョウ君も男の子だもんねー」
アネッテは全てを察したらしく、ニヤニヤと笑っていた。
「あん? アネッテ。それはどういう意味だ?」
「いやぁーそれはちょっとー……」
「リョウさんまさか」
「待てリエル誤解だ」
「いや誤解じゃないでしょリョウ君」
思わず顔を背けてしまったが、ここにきて悪手であったと後悔する。
リエルと同じく黒のインナーを着ているカシュナなのだが……
「ん? ああこれか。リエルのより多少は──(ユサァッ!)大きいが?」
「…………!!」
《デケー》
カシュナは事も無げな声色を貫こうとしていたが『多少』の語気がやや強くなってしまい馬脚を現す形となった。すると「バレたとなればもう加減は不要だ」とばかりにリエルに挑発的な視線を向けながら、それを「ユサァッ!」と揺らして見せた。
そう。先程も思った事だが、やはりカシュナの《ヒューッ! おっぱいデケェー!》
(うるっせえ!!)
リエルはインナーを突き上げている「ソレ」を憎々しげな眼差しで見詰めており、カシュナもそれに気付いてか更なるドヤ顔を浮かべている。
それにしてもこの敵意に満ち満ちた表情、仲間──ましてや上官に向ける眼差しでは決してない。リョウは「リエルってこんな表情もするんだな」などと、戦慄しながらも妙に暢気なことを考えていた。
「ふむ。まぁ? リエルも人並みには有るんじゃないか。私に劣っているからといって、恥じる必要は無いんだぞ? ん? リョウ。遠慮せずに触ってみても「ちょっとカシュナ黙っ「雅さに欠けますね」
「ああ?」
「はい?」
「あああああもう……」
リエルとカシュナが火花を散らし、アネッテは嘆いている。先程の行ったのだという仲裁も、結局は水疱に帰したのだ。それも仕方の無いことだろう。
「雅さとか言ったか。じゃあ酒の力で自分を抱かせる行為のどこに雅さがある?」
「「「「…………」」」」
(…………)
《押し黙んな兄弟。この空気打破出来んのお前だけだって》
(いや無理だって怖ぇもん)
運転席から人が降車する。避難のつもりなのだろう。たっぷり十メートル程の距離まで離れた。此方の会話が聞こえている訳でも無いだろうに、中々に危機察知能力が高いと感心する。リョウは後を追って逃げたい衝動に駆られた。
(軍服着てんなー。運転手さんは軍人さんなのかなぁ?)
《そりゃそうだろ。ってか現実を見ろ現実を》
沈黙を破ったのはリエルだった。「ゆらり」と左手を翳すのに一拍遅れ、カシュナとアネッテが同時に動く。
「『荒──
「っ! “時点──
「拙い」と直感で判断したリョウはそろそろ席を立ち仲裁に入ろうかと──
バシャッ!!
「「「──…………」」」
「いい加減にして。リョウが気まずいでしょ」
脚に力こそ込めたものの、残念ながらリョウは外の景色に顔を背け続けていたため目にすることは叶わなかったが、ピッチャーの水を浴びせられた二人はそれはもうあられもない姿になっていた。
「じゃれるだけならまだしも、基本色数が低くても魔術まで使おうとするのはだめ。理由なんか言わなくても分かるでしょ」
「…………はい」
危機は脱したと判断したのだろう。運転手が音も無く運転席へ舞い戻った。
《実力こそそこまで高くねえけど、直感に優れてる兵士なんだよ》
(ほーん)
「カシュナもからかわないで。創ったの自分なんだから」
「ああ、悪かったよ」
《そーゆースキルを取得して極振りしてるってのもあんだけど、才能なんだろうな。不意打ちだろうとなんだろうと確実に敵の攻撃を躱すタイプだ。俺なら瞬殺だが》
(へいへいすごいすごい)
「それと、リョウ」
(そんなすげー奴だから、魔王の足役勤めてんのか)
《そうだな。あと呼ばれてんぞ》
(あ?)
ズイッ
「リョウ。聞いてる?」
「何だよアネッうぉぉ!?」
声に導かれ振り向くと、ほぼゼロ距離にアネッテの顔があった。
「さっきまで外を見て知らん振りしてたけど」
「あ、ハイ」
と言うか、何気にさっきから呼び捨てである。怖い。
「すっごく頼りない」
「ぐぅっ!!!」
「頼りない」──それは男性が女性に言われて傷付く言葉の中でもTOP10に入る程の破壊力を持つ。
《だから仲裁しろって言ったのによぉ〜》
(チッ!!)
「待て待てアネッテ。俺は──」
「言い訳?」
「ぐぅっ!!!」
《あーこれループするやつだ》
(素直に謝っとくか……)
《そうしろ》
「すんませんっした」
「よろしい」
《巫山戯た謝罪だな》
(うるせぇ)
パンッ! パンッ!
「じゃあ落ち着いたところで提案があるんだけど」
手を軽く打ち鳴らすと同時にアネッテを纏う空気の質が変化する。
それに伴い、車内の雰囲気も一新された。
「学生寮に着いたらこの車、借りて良いかな? 勿論運転手付きで」
「それは別に構わないが……」
「アネッテ。何処かへ行くんですか?」
《………………》
(ん? 何か言ったか?)
《何でも無え》
いつの間にやら上着を着込んでいる二人が問うた。