12話 詠み頻る者
「ギュイイ!!!」
(──『有しているのか』じゃねえ!! コイツ、しっかり意識が有りやがる!!!)
ドドォォッ!!!
「クソがッ! “空間術式”を起動する!!!」
“空間術式”の転移によって魔術を回避したリンプファーが見た物は、先程まで己が立っていた場所を貫く極太の金属杭と、纏わり付くような熱を孕んだ土煙であった。
「っのクソ野郎……」
間一髪である。派手に上る土煙を見ながら、リンプファーは冷や汗を流していた。発動の瞬間は完全に虚を衝かれた形であったため魔術の仔細を知る事は叶わなかったが、これを見る限りでは基本色数八百の『執華』であろうかと当たりをつける。
『──それだけじゃない? それだけじゃない!? 何だ!? 誰だ!? 誰に殺された!?』
『ちょっと!! 大丈夫!?』
「!?」
「今度は何だ」と意識をリョウの視界へ向ければ、その映像に大きな乱れが生じていた。ループの中心たるリョウの行動が不安定な為か、別画面では運命値が激しい乱高下を見せる。
「チッ!! 兄弟の精神に負荷がかかってんのか!! 《兄弟ッ! オイ! 兄弟!!》」
応答どころか意思表示すら無い。これに若干の焦燥を覚えるリンプファーだったが、視界の端に捉え続けている「澱」が次の攻撃に移ろうとする動きを見せると、即座に思考を切り替えた。
(コイツの対処が先決か!)
だが今回は不意打ちではない。相手の動きも、放たんとしている魔術の仔細も、全てが見えている。ならば──
(さっきよりかは本数が多いが……芸が無えな! まぁた『執華』かよっ!!)
「“空間術式”を起動する!!」
──直撃する道理などある筈がない。
「ギュギュッ!!!」
放たれた二十本にも及ぶ灼熱のタンタル杭が飛来し、リンプファーの全身を食い千切った……ように「澱」には見えただろう。
ドドォォッ!!!
しかし、そうはならなかった。
「ギュイイッ!?」
逆に風穴を空けられたのは「澱」の方。
“空間術式”によって「澱」の表皮付近まで転移させられたタンタル杭によって、敵側が期待していたであろう結果がそのまま本人に返されたのだ。
「……ハハッ! テメェが放った魔術も減衰出来ねえか? 魔導士級ならこの程度のモン、不意打ちにすらならねえよ! いなして即反撃して来る!!」
使われた魔術の程度・“空間術式”への理解と対応の甘さから、リンプファーは「澱」の力量を正確に把握していた。
(これなら準補佐官級が精々だな)
とは言え相手は自在に姿形を変える化け物。恐らく物理的な攻撃に対して完全な耐性を有していると考えられる。故に、これでケリがつくなどリンプファーは欠片も思ってはいない。
「ギュギィ……ギ……ギギ……」
水溜り状にまで打ちのめされた「澱」であったが、案の定再びリョウの姿を写し取ろうと変形を開始する。
「終わりだ。“空間術式”を──って、ああ? マジか」
不発。
“空間術式”によって「澱」に数千万単位の空間を割り込ませて斬圧殺してやろうかと思ったが、それは発動すらせず不発に終わる。
(術式保持者には術式で直接干渉は出来ねえモンだし、考えてみりゃ当たり前か。何があるか分かんねえから「澱」に直接触るのもNG。ならコイツは現状スィスペルの下位互換ってとこだな。それなら……)
それは“治癒術式”の使い手の名。リョウが未だ出会ってはいない、リンプファーの目的に必要不可欠な最後のピース。
「改めて、“空間術式”を起動する!!」
これにより、リンプファーは「澱」の背後に転移した。
「ギュイッ!!」
「澱」はリンプファーの転移が完了してから一拍遅れはしたものの「芸が無いのは貴様の方だ」と言わんばかりに正確に背後に向き直り、その手を伸ばさんとする。しかし──
「終われ!!」
「ギュギィ!?」
その魔術の仔細を読み取ったのだろう「澱」が、僅かに狼狽したかのような声を上げる。
これから放たれるのは最高峰の座の一つ。途方も無い基本色数の魔術と同時発動されるスキル・精霊・神聖魔法の量は、最早数えようとする者の心を圧し折るほど。十把一絡げの魔術士程度では一生詠唱を続けられたとしても発動には至らない極地。ましてや心中詠唱など以ての外。身を守る手段は大きく限られ、破壊半径内に存在する物体は、全てが等しく瞬時に王命の如く蹂躙される。
「『詠み頻る者』!!!!」
『詠み頻る者』には音も風も光も振動も熱波も冷気も無い。ただただリンプファーを除く地表半径二百キロメートル内が精神世界内に於いての特異点と化し、跡形も無く分解消滅する。あのカシュナやリエルでさえ直撃を受ければ即時分解は避けられない一撃。如何に不定形の生物とて、これには耐えられまい。直撃を受けても無事で居られる生物は、世界広しと言えど三一八小隊の長であるクアン・ジージーくらいのものだろう。
「……ハッ。分解消滅すりゃあ、あんなもんただの記憶の集合体だ。黙って兄弟の糧になってやがれ」
因みに破壊半径に「扉」は含まれてはいない。アレは更に遠い場所にある。それも含めて良い仕事をしたと決め台詞を放っているリンプファーだったが……
「あ゛っ……」
無い。
「やっちまった……」
リョウの保護のために造りあげたドームまでもが消滅させられている。
「まあ、また作りゃ良い。ンなことより……」
(扉に封印されている記憶の集合体に意識……いや、それなら前に溢れ出た時にこうならなかった理由が分から──『リンプファー! リンプファー!!』
「おっと! やべーやべー」
扉を観察するに、大小様々な傷こそあるものの穴の類は見当たらない。此方への追撃も無いことから、何かのワードに反応して飛び出してきただけだろうと結論付けた。
「ドームの建造して、兄弟をブチ込んで……うおっ!?」
リョウの身体が酷く痙攣する。これは拙かろうとリンプファーは強く声を掛けてやることにした。
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《──ウ! ……─ぃ!! それ──…さっ──……──な!!!》
「──ョ…────ん。───ァ!! れも……──ま……─クの────!?」
《───!! 記……─!! ア…──……い!! ──夫……!!》
ザザザッ……ザザッ──
リンプファーとアネッテの声が、遥か遠くに聞こえる。
そう、確かに自分はそこに居た。そして何かと戦った。そして──死んだのだ。
一度や二度ではない。数億、数兆の位を軽く飛び越える回数、何かに体を消し飛ばされ、焼かれ、切り刻まれ、擦り潰され、叩きのめされ続けてきた。
死の瞬間がフラッシュバックする度に、リョウの体が大きく震えた。
空一面を覆う凶星の群れ、界外圧による搾殺、面で飛来し襲い来る超合金の武具、事象すら撃ち流す大瀑布、数多の物質を溶解する酸の嵐、彼我の領域を突き貫く光線、召喚される異界の軍勢、唸りを上げる鋼線、体を引き千切らんばかりの爆風、成層圏からの自由落下、一帯を呑み込む灼熱の炎、精神体を撃ち抜く致命の一撃、圧倒的膂力により捩じ切られる肢体、世界が歪むかと錯覚するような重力の奔流、目にも止まらぬ速さで死を運ぶ電撃、真空に限りなく近い減圧下での体内水分の蒸発、時を凍てつかせる零ケルビンの猛威、大地に人型の影を残す熱線、万物を削り刮ぐ砂礫。発動した瞬間に死が決定付けられる凶悪な魔術! 魔術!! 魔術!!!
死のビジョンは苛烈なほど思い出せるのだが、その相手が分からない。全て同一の相手なのだとは理解出来るのだが……
「──……と、問──、無……?」
《多──。……ツ──……害────え。……よっし!! 準備完了!!》
幾つもの世界で護ると誓った。しかし護れなかった。それも思い出せる。だが、何から──?? 一体、どん《やぁっと建造出来た。少し寝てろや兄弟》
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!?」
ドンッ! と体に一際大きな衝撃が走る。リンプファーの手によって精神を強制スリープにされたリョウは、そのまま意識を手放した。
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