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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
2章
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11話 城壁

困るのはリョウ自身ではない。そこで生まれ育つ善良な市民には同情するが、率先して何かをしてやろうとまでは思わなかった。


「第三区はどうやって外貨仕入れてんだ?」

「他の区から瓦礫とか回収して再利用したりとかー……これはハシロパスカと同じだね。あとは違法にお酒作ってたりとかー……あっ! 気になるからって飲んじゃダメだよ!? 失明する人も結構いるから!!」

「怖」


《工業用アルコールをふんだんに使った巫山戯た酒とかもあるからなぁ》

(アレか……戦後に結構失明した人がいるとかは聞いたことあるけども)


「それとクスリだとかー……」

「薬」

「薬物だね。勿論、キィトスではご法度だよ」

「ほー……」


前世での薬物使用に対する是非については、国によって取るスタンスが異なっていた。キィトスではご法度であるらしい。


「魔物の中には幻覚作用を持ってる奴も居るんだけど、そーゆーのから採取して売るの」

「おおっ!! スゲェ!! どんな感じなんだそれ!?」

「いきなり食い付きが良くなった!? 言っとくけど、絶対に使っちゃダメだよ!! 絶対だからね!?」


三文字以内で返事を済ませていたリョウだが、ここに来て急激な食い付きの良さを見せる。それも当然だろう。ようやく異世界「ぽい」設定が出て来たのだから。


「分かってるって。で? どんな見た目なんだよ」

「一概には言えないねー。吸引する粉末タイプでも白だったり灰色だったり黒だったり、錠剤とかガムとか液体にも色違いがあるし。んーと……液体だと飲むタイプと打つタイプと蒸気を吸引するタイプがあるから、それも違うのかな? シートを肌か粘膜に貼るタイプもあったかも……」

「色々あるんだなぁ」


薬物に明るくないリョウだが、ほぼ前世の物と同じだろうかと当たりをつけた。


「ちょっと、しみじみ言ってるけど本当にダメだからね? あんなのただの毒なんだから!」

「やらないやらない。大丈夫だ」


「お前は俺のお母さんか」と内心でツッコミを入れる。リョウの身を案じての忠告故、口には出さなかったが。


「あとは、それなりに少ないけど人身売買とか」

「まあ、そのラインナップなら当然あるだろうな」

「お決まりのやつだねー」

「そいつらの商品(人間)はどっから調達してんだ? まさかキィトス国内じゃないよな?」

「まさかでしょー。そりゃあ壁外だよ。そもそもキィトスで奴隷はご法度だしさ」

「そりゃそうか」


ある程度放置している火種とは言え、締める所は締めているらしいと安心するリョウ。壁外の人間ならばどうなっても構わないという問題の善悪についてはさて置いてだが。


「結構酷いらしいよっ。ピーッ(自主規制)させられたりとかピーッ(自主規制)だったりとかピーッ《自主規制》の為だったりとか!!」

「ああ分かったもう良い」


聞くに耐えない単語の数々に辟易する。


「奴隷同士を交配させて増やしたりとか──って、これは壁外の方がお盛んだけど」

「二つの意味でお盛んなんだな……って、やかましいわ」


《黙ってりゃあ美人なのにな》


まったくである。


「ちなみに二区画歩いて犯罪に巻き込まれる確率は、脅威の百二十パーセント」

「文字通り、本当に脅威だなそりゃ」


ここで話は一区切り。


……しかし、それは兎も角気になる事が一つ出て来た。


「そういやあ、さっき敵が少ないって言ってたか。ならあの高い壁は何を想定して作られてんだ?」

「ん? 高い壁? シュラバアルの壁は魔物とならず者を防ぐためだけど、まさかキィトス外周の城壁? リエルから聞いたの?」

「いや、教えて貰ってないから聞いてんだろ? 何言ってんだ?」

「いやそうじゃなくて。えーとさ、リョウ君ってば、キィトスのあの城壁見てないでしょ」

「ああ??? オイオイ冗談キツイだろアネッテ。有り得ねえよ。あんな高いモン、キィトスに少しでも住んでりゃ嫌でも視界に入って見る機会があ──……………あん? 壁? シュラバアルとも違う……? 高い壁…………んんん? オイ待て、待て、壁って何だ??」

「うーん……リョウ君。何か変なことを変な感じに思い出しちゃった感じ? マズイかなぁ。これ」


アネッテの問い掛けなぞ耳には入らない。恐怖・焦燥・悲哀・悔恨・絶望……それに伴う強い疑問。途切れ途切れに湧き上がる記憶と共に、それらが際限無く噴出する。


「じゃあ、いつ俺は…………??? 叩き付けられて……そうだ、俺は壁に叩き付けられて…………それだけじゃない? それだけじゃない!? 何だ!? 誰だ!? 誰に殺された!?」


見ていない。見ていない筈なのに、一度目を閉じればありありと情景が浮かんでくるのだ。その圧倒するような威圧感・如何なる魔術、破城槌を撃ち込まれてもなお傷一つ付かなかった理不尽なまでの堅牢さが。生す苔すらも許さない絶対不変・完全守護のキィトスのシンボルが。そして……


…………そして一体何度、そこで果てたことか。


体に力が入らないリョウは、ズルズルとその場に崩れ落ちる。


「────と!! ─……夫!?」

《……─ッ!! ─…! ──!!》


何やら酷く寒い。


寒い。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


冷えた砂が広がる大地には枯れ草の欠片すら見当たらず、遥か遠くに巨大な扉と隔離用のドームが置かれているのみである。風すら吹かない漆黒の空に星は無く、寒々しい光景が広がっていた。


そんな中、上機嫌に鼻歌を歌いながら頬杖を突いて寝転がる男が居る。


「〜〜♪〜♪〜〜♪」


男は砂を一摘みし、指で離すと同時に息で吹き飛ばし弄んだ。


『……人身売買とか』

『まあ、そのラインナップなら当然あるだろうな』


その男──リンプファーは目の前をふわふわと揺蕩う幾つもの画面をタッチし、世界各地の様々な状況を確認していた。


(運命値が大幅に狂っちまった所為か予定外の出来事が連鎖的に起きてはいるが……状況は悪く無い。やっぱアークは今ンとこ直接的な妨害に出るつもりは無いか。結果的には上手く回ってやがる)


「もっとも、この先も上手く回るとは限らねえか。警戒は必須だな」


リョウは確実にキィトスの知識を身につけ始めている。数時間の損失こそあったものの、問題と言えるほどの問題では無いと判断する。


『結構酷いらしいよっ。ピーッ(自主規制)させられたりとかピーッ(自主規制)だったりとかピーッ《自主規制》の為だったりとか!!』

「ぶふっ……!!」


画面の一つ──リョウの視界を映した物だが、そこから聞くに耐えない単語が響き渡り、リンプファーは思わず吹き出した。我が半身たるリョウは呆れ返っているらしい。


「くくっ……ぶはははっ!!! ったく!! 良い道化だぞアネッテ。《黙ってりゃあ美人なのにな》」


応答こそ無いものの「同感である」という意思が伝わって来た。


「あ゛ぁ―……笑った笑った」


ここでリンプファーは再び別画面を見、思案の海に潜る。


(兄弟達の予定外の行動と、その他諸々による運命値の修正は様子見として…………やっぱ一番やべえのはトリトトリか。あの予定外のダンジョンをどうする? 明らかに来て欲しいっつーアークの思惑を感じはするが…………いや、行けば行ったで兄弟の経験値にはなるんだろう…………ただリスクがゼロってわけでもねえ…………ああもう面倒臭えな。いっそダンジョンも街も住民もあらかた綺麗に消し飛ばしてシュラバアルの後追いと洒落込むか。運命値の修正にアークも奔走することになるんだろうが、それはそれで一興────そう、シュラバアル。やっぱシュラバアルでアークがカシュナを生かしておく理由は無え。つまり、殺したくても殺せなかった。奴の焦ってる顔が目には……浮かばねえが……──そうか、なるほど、トリトトリのダンジョンに誘い込んで入り口を封鎖して別世界に幽閉する腹積りか? だとしたら流石にカシュナを過小評価……いや、いや、世界の意思っつー奴の言い分が本当なら、過小評価なんざするわけが──)


ゴボォッ!!!!


「あん??」


──刹那、遥か遠方にそびえ立つ記憶の扉。その隙間から黒い澱が溢れ出した。


(何だ? 今、何か妙な音したか?)


違和感だけでも気付けたのは奇跡に近い。それほどに彼我の間には距離があった。


そして漸く、リンプファーはソレを認識する。


(うぉっ!!)


溢れ出た澱は意思でも有しているのか、地面にバシャリと落ちるも大地に吸われ果てずに距離を詰め……


(しかもコイツ──)


リンプファーが「澱」の存在について思案を始めたと同時、ソレはリョウの姿を形作ると、リンプファー目掛けて魔術を解き放つ!!

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