9話 タオラニカ・ダタザバ②
「……要約すると、罪の無い自分に対して魔術やスキルによる実力行使に出る訳が無い。ならば、魔術やスキルに頼らなければ突破出来ないフルプレートメイルを着込んでさえしまえば、職務を遂行出来ると考えたわけだ」
「はい……そう考えました……」
「アホかお前は──」
その蛮勇はバッサリと切り捨てられたように見えた。しかし……
「──と言うのは簡単だ。だが、お前は私の手を煩わせる事を危惧したんだろう? 違うか?」
「はい。仰る通りで……」
「史上最速でその地位にまで上り詰めたんだ。敵も多いだろう。今回の要求を跳ね除けたかったのは理解出来る」
「……はい」
敵という程の相手がいるわけでは無い。が、タオラニカを良く思っていない者が多いのもまた事実であった。女、それも幼い容姿であるのも要因の一つではあるが、軍部からの強い推薦でのし上がった彼女は、次期校長と目されていた教師陣の派閥から白い目で見られることも多かった。
「リエルもリエルだ。敵と判断すると見境を無くすのは素晴らしいが、今回は此方も中々の無理を通そうとしている。適切な行動ではなかったな」
「……………………」
「そもそもお前は極端過ぎる。リョウにはだだ甘で、他の魔導士の前ではマネキンの様に微動だにしないと思えば、敵を甚振る時には高揚して異様に饒舌になる。私やアネッテへのまともな応対を他の──……オイ、聞いているのか?」
「……………………」
「まったくお前は……」
返答の無いリエルを嗜めるアネッテだったが、これも完全に黙殺された。
「前々から言いたかったんだが、基本的人権くらいは知ってるよな? 何百年か前に、アネッテがまとめ上げたアレだ」
「勿論です。応用的人権までしっかりと理解しています」
「「…………」」
カシュナは清々しい表情で天井を見、タオラニカは沈黙している。当然だが、そんなものは存在しない。
「……言い方を変えるぞ。平等だ。平等。言葉の意味くらいは理解出来るだろう?」
「はい。リョウさんの都合を最優先にする「よぉーし分かった。私はもう諦めたぞ」
「ところで、私達の要求は全て通るんですよね?」
「明後日──ひっ! あ、明日から登校出来るよう取り計います」
座っていたリエルが僅かに立ち上がる素振りを見せただけで、二十四時間分の短縮が行われた。「教育」の成果が如実に現れている。
「悪いな。タオラニカ」
しかしカシュナもそれを嗜めようとはしない。常識人であるように見えるが、リエル程では無いにせよ結局は同じ穴の狢である。
「それに、視察用の席もご要望通り確保しますので」
「あん???」
「……え?」
「ありがとうございます」
戸惑う二人を尻目に、リエルだけが一人満足気に頷いている。
「どういうことだ?」
「まだ此方の常識に不慣れなリョウさんです。そんな中で一人にされるのは不安でしょうし……」
「嘘だな。……本音を言え」
「隣の席で一緒に授業を受けてみたいです」
「なんて欲望に忠実なんだお前は……」
カシュナは再び天井を仰ぎ見た。事前にこのような要求もされていたのならば、確かに抵抗の意思も示そうというものだ。
……尚のこと、魔王たるカシュナに相談しろとも思うが。
「すまん。タオラニカ。他の魔導士共には私からしっかりと説明しておく」
「いえ! そのようなお「いいから受け取っておけ」
他の魔導士から見れば、リエルが公然と第一クラスの優秀な生徒を片っ端からスカウトするつもりにしか見えない。そして、校長たるタオラニカがそれに大きく加担しているとも。
……士官学校生に対する勧誘は確かに毎年行われてはいる。最早恒例行事とも言って良い。しかし、それはあくまでも水面下でのことだ。事情を知らない他の魔導士からすれば、ここまで大っぴらな勧誘に対して反発するのは当然。そして、魔導士達はリエルに対して色々と諦めている。その分もタオラニカに対する風当たりが強くなるだろうことは、想像に難くなかった。
「それにしてもリエル。流石にそれは──」
「ですけど、同じクラスからのやっかみは有ると思います」
「何?」
「リョウさんはまだ此方の常識に不慣れですし、魔術もまだ使えません。そんな生徒がこんな時期に第一クラスに編入して来るとなると、同じクラスの方達からすれば面白くないと思います」
「む……」
冷静になって考えてみれば、確かにその通りである。しかも調子に乗って軍服の支給まで許可してしまっていた。カシュナは「こんなことにも気付かないとは少々舞い上がっていたか」と自己批判する。
「風除けになってやる必要があると?」
「はい」
「ふん……」
第一クラスの面々は、言わばエリート候補生。その中には天狗になっている者も少なからず居る。リョウが能力面で劣っているというのに己よりも優遇されているのを見て、傍若無人な振る舞いをしないとも限らない。
「わ、我が校は能力向上を主目的に置いていますので、どうしても道徳形成はお座なりになっていまして……」
「分かっている。お前が生まれる前から……それこそ私が手ずから教壇に立っていた頃からそうだった」
魔術士達は幼い頃から訓練を受けるのだが、未熟な精神に全能(と当人は思い込む)の力を与えれば一つの例外も無くいつかは皆増長する。大抵の場合はクラス分けや優秀な教員等の超えられない壁に打ち当たり矯正されるのだが、万年第一クラスだったような優秀な者だと未矯正のまま入隊することもある。それを叩きのめして身の程を教えるのもまた、キィトス国軍設立以来の恒例行事であった。
「生徒を刺激しないように儀礼用のヴェールを使おうと思ってはいますが……」
「それならまだ、騒ぎになる程度で済むだけマシか」
儀礼用のヴェールとは一般的に『偽装』のスキルを付与された魔武具であり、魔導士達が公式の場に立つ際に顔と声がバレないように着用される。これは魔導士達が暗殺を気にせず日常生活を送るために必要な措置であるが、リエルは聖女としての表の顔があるため顔が割れており、アネッテはなんか面倒臭いからという理由であまり使用していない。
因みに、佐官以上の者が身分を提示する際に金色のカードを見せながら「〜です。階級は秘匿されています」と言う理由はここにある。木を隠すために森を作ろうというのだ。
「お心遣い痛み入ります」
「「…………」」
……今回リエルがヴェールを着用するのはリョウの将来を案じての一策であるが、タオラニカは生徒達を慮ってからの一策であると判断したらしい。尤も結果的にはそうなるのだし、カシュナとリエルもそれについて特に訂正はしなかったが。
「なら決まりだな。制服の予備くらいはあるんだろう? 流石に軍服を着せて行くと問題がある」
「勿論です。ですがサイズは──」
「ああ、それがあったか。分かり次第連絡する」
「部屋はどうですか?」
「部屋は……必要か? 近場に私の持ち家もあるが」
新円に形作られたキィトス国は十二分割されていると言われているが、中心に魔王府が存在するため実際には十三分割である。これまた新円に形作られた魔王府はカシュナの住居と言うよりも士官学校を含む人材育成の聖地としての側面が強く、様々な学舎が乱立していた。そしてその中心部は何者の立ち入りも許可されておらず、何が有るのかは魔導士達でさえ知らされていない。厳戒態勢が敷かれただけのただの住居であろうとの意見が多数派ではあるが……
「生徒全員が入寮するのが伝統のようですし……」
「そうなると波風を立てない方が利口か。で? 部屋は用意出来そうなのか?」
「ええと…………そうだ!! 昔の交換留学生用の部屋が空いていますので、其方は如何でしょう?」
「こうっ……かっ!? な、何年前の話だ!? 改修も使用もせずに部屋をそのまま残していたとでも言うのか!?」