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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
2章
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8話 タオラニカ・ダタザバ

士官学校校長 タオラニカ・ダタザバは勇敢な女性として知られていた。カシュナに能力を認められた佐官以上の者は老化を止められ永遠の命を手にするのだが、彼女は僅か十四歳で寿命の概念と決別した。職務に忠実であり、キィトスのために粉骨砕身するその小さな姿には部下からの信も厚かった。第四軍団の準補佐官にまで上り詰めた豪傑であったが「自身の限界はここまでです」と言い、引退を決意する。しかし周囲からの強い要望により、後続を育成するべく士官学校教員に転身。持ち前の高い力量と有能さでメキメキと頭角を現し、前職の位が高かったのも一助となったが遂には校長の座にまで上り詰めた。


ぎゅぎぃぃぃぃぃぃ──べきゃっ! ミシミシミシッ!!


そんなタオラニカ・ダタザバであったが……


「そ、そんな! 有り得な──(バギィッ!!!)んなあぁっ!?」


タネも仕掛けもないリエルの純粋な膂力により、ミトン型の手甲が無惨にも捩じ切られた。よりにもよって近接戦闘にも用いられるキィトス国軍正式採用型の手甲が、である。


ガシャンッ!!


恐怖に打ちのめされたタオラニカが、尻餅をついてへたり込んだ。


(……どいつもこいつも、私の国にはマトモな女は居ないのか?)


リエルにアネッテ。それに加えてとある魔導士の顔が頭に浮かぶ。


いよいよリエルの手が顔に伸びる。十字に切れ込みの入った兜からは、恐怖に満たされた瞳が窺える。リエルも魔王たる自身を前にして、流石に殺めはしないだろうが……


カシュナが同席することなど知らなかった──つまり、リエルとアネッテ両名のみによる強行であろうと判断していたこの女は、初動でリエルへ抵抗の姿勢を見せた段階で引き下がるタイミングを逃していたという点では同情出来る……のだが、他に幾らでもやりようがあっただろうとも思う。例えば、そう。リエルとアネッテには「はいはい」と頷いて同意しておき、後日カシュナに一言報告をして探りを入れるという方針だ。さらに今回ばかりは相手が悪過ぎる。事前に二人から来訪の目的は伝えられていたのだし、その時点でカシュナに一言でも有ればこのような結末は回避出来た。上司を端からアテにせず己の力のみで職務を遂行しようという姿勢は素晴らしいものがあるが、その忠実さが遂に仇となった。


(いや、『遂に』ではないな。この堅物さの所為で補佐官になれなかったのか。リエルの言う事前の『懇切丁寧なお願い』がどんな内容の脅迫で、どんな風にコイツが精神的に追い詰められたのかは分からないが、臨機応変さが足りないな。スライ(第四軍団長)のやつが認める程度には実力もあったんだろうが……)


リエルの言葉ではないが「それなりに教育にはなっただろう」と判断したカシュナは、助け舟を出すこととした。


……のだが──


………………


…………


……


ことの発端は、僅かに数分前。リョウとアネッテを車に残し、二人でタオラニカ・ダタザバと対面した瞬間。


「よ、ようこそおいで下さいました。リエル魔導士殿!! アネッ──カ、カシュナ殿ぉぉ!!??」


因みに彼女は軍人ではなく魔王府職員扱いであるため、公式の場を除いて敬礼は行われない。


「………………」

「………………」


しかし然しもの二人もこれには絶句した。それは敬礼が無かったことではない。小柄で未だ少女の風貌を残すタオラニカがあろうことか魔術付与をされたフルプレートメイルを身に付け、両腕は念入りに近接戦闘用手甲に換装・腰には短剣・背には止めとばかりに召喚付与式自動小銃まで携えていたのだ。「元」が付くものの、準補佐官級ともなればキィトス国軍の主戦力の一つであり、当然ながら一人の例外も無く戦闘のエキスパートである。「歓待」ではなく「戦闘」ですらなく「戦争」用装備とでも評するべきそのラインナップには、数瞬とはいえ二人を黙らせるだけの迫力があった。


リエルが僅かに腕を上げる。


「精…─術──を始動……」

「カシュナ様!! ほ、本日は──あ、ええと、アネッテ魔導士殿がいらっしゃるものとばかり──「アネッテは外で待機しています。ところでその恰好は? まさか、まさか、まさか??? 私と戦うつもりですか?」

「リエル。落ち着け」


ガシィッ!! と手が掴まれたとタオラニカが認識した瞬間には、既に手甲は鈍い軋み声を上げていた。おぞましい程の力が込められているというのに、リエルの表情に強張りは一切見られないどころか微笑を浮かべている。歪な圧搾音さえ響いていなければ、タオラニカのフルプレートメイルにさえ目を瞑れば、仲良く握手をしているようにも見えただろう。


「そ、そんな……」


このタオラニカ、元準補佐官の名は伊達ではない。百年に及ぶ勤務歴から潜り抜けてきた戦場は数知れず。当然ながら非公式であるが、所属の異なる補佐官と相対し引き分けたことすらある。そんな修羅場ですら大きな破損なく共に乗り越えてきた現役時代のフルプレートメイルが、絶対的な信頼を置いていた手甲が、単純な膂力のみで破壊されようとしているこの現実を直視出来ない。


ギュギィ……ギリリリリッ……


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」


理解の出来ない光景に恐怖もするだろう。微量とはいえ魔王印のケルベム鋼が含まれる手甲に比べ、人体の強度はあまりにも脆い。同体積の球体に於ける世間一般的な鉄と発泡スチロールで例えれば分かり易いだろうか? 発泡スチロールを如何なる力で鉄に押し付けようとも、自壊するのみで鉄に損害を与えることは叶わない。……つまり、仮に万歩譲って破壊するに足るだけの筋力があったとしても、先に破壊されるのは手甲ではなく人体の側になるはずなのだ。だというのに、目の前の相手は魔術を発動した素振りすら無く、種も仕掛けも無くこの事象を起こしている。


対してリエルは、未だ微笑を浮かべながら手に力を込めている。


ダーマのように力任せな精神攻撃を行い廃人とすることも出来たのだが、そうすると最愛の人(リョウ)の入学手続きに手間がかかる。今回は多少思考が鈍化する程度の──全身各部位を握り潰されるビジョンを延々と脳内に叩き付ける程度の攻撃に止めた。


「なあ、リエル」

「大丈夫です。カシュナ。慣れていますから」


反抗的な人間には忠誠心を教育すれば良いだけだとリエルは考えていた。そして教育効率とは、後悔を肥料として与えることで劇的に跳ね上がるものと相場が決まっている。


……小難しく書いたが、結局は聞く耳を持たない子供を叩く躾と本質は変わらない。


「使えなさそうな部下も、皆こうしてきたんです。半分は触りたくもない男性ですので“精神術式”で百年間暗闇に叩き込むだけで済ませましたが、もう半分の女性はこうやって身体と心に直接教育を──」

「いや違うそうじゃなくて」


ぎゅぎぃぃぃぃぃぃ──べきゃっ! ミシミシミシッ!!


「じ、『塵俊』!!!」


堪らず基本色数一千『塵俊』を発動するタオラニカ。魔術を発動したことにより、折角の下準備も虚しく明確な敵対の意思を示してしまった。しかし、近接戦闘用魔術で飛躍的に上昇する身体能力は、この状況を打破するに充分な能力を──


「無効にします」

「は──え?」


その希望は不発となった。確かに魔術はその仕様上、極々々々々稀に不発となる。しかし、それを人為的に引き起こせるなど聞いたことが無い。そんなことが本当に可能ならば、キィトス国内のパワーバランスが崩壊しかねない。


「そ、そんな! 有り得な──(バギィッ!!!)んなあぁっ!?」


比較的耐久性が低い可動部からではあったが、遂に手甲が捩じ切られた。中の手が一切傷付けられていないあたり、絶妙な力の加減があったのだろう。それもまた一層タオラニカの恐怖心を掻き立てた。


ガシャンッ!


恐怖に打ちのめされたタオラニカが、尻餅をついてへたり込む。


「リエル。先ずは話を──」


いよいよ悪魔──否。リエルの手がタオラニカのヘルムを真正面から鷲掴む。


ガシィッ!!!!


「ヘルムは力の加減が難しいんですよね……間違って頭蓋骨まで潰してしまったら御免なさい。潰すにしても、痛みが無いようにしますから……」


延々と脳内で再生され続けるリアルな死のビジョンが正常な判断能力を蝕む。


「いや……いやだ……死にたっ──死に……だぐなぃぃ! 死に(ギリリリリッ)──ぃぃぃっ!!! い゛や゛ぁぁぁ!!!」


鈍化した思考回路では駄々を捏ねる子供の様に泣きながらイヤイヤと首を振るしかない──のだが、それすらもリエルの握力により封じられる。


チョロ……チョロロロロロ……


「あん?」

「はあ……」

「ひゅぅっ……ひゅぅっ……ひゅぅっ……」


色々と限界に達したタオラニカが虚ろな目で虚空を見つめながら失禁した。それを見たリエルは溜息こそ吐いたものの、瞬時に花が咲いたような笑みを浮かべながら、まるで素晴らしい思い付きであるようにこう告げた。


「自分で出した物ですし、その舌で床を綺麗に(ゴンッ!!)へぶっ!!」


見かねたカシュナがリエルの後頭部を小突く。


「やり過ぎだ。馬鹿者」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


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