6話 ショートケーキとこれからと
「対処したのか。仕事が早いな」
「全地区の魔導士からの協力が必要な案件なのに、凄いです」
「そうでもないよ!! 二人が寝てる間に、時間はたーーーーーっぷりとあったし!!」
「「………………」」
二人はものの見事に地雷を踏み抜いた。アネッテの視線から逃れようと、左右に顔を逸らす。
パンッ! パンッ!!
恐らく癖なのだろう。閑話休題とばかりにアネッテは手を打ち鳴らした。
「リョウくんが目的じゃないと思う。それなら、もっとやりようがあるだろうし」
「ふん……」
アークとの戦闘を思い出したカシュナが露骨に機嫌を悪くした。まさか己に匹敵する存在が現れるとは。そんな事は想像こそすれ現実になるなど露ほども思ってはいなかったのだ。
「確かに。となると、壁外の人間を扇動することが?」
「主目的だったんじゃないかなー。まるで脅威にならないけど」
「…………」
あのアークがそんな下らない策を弄するはずがないうえに、目的の半分は単なる運命値の調整であると二人は理解している。しかしカシュナの手前、リエルとアネッテは空虚な演技をした。
「……その程度なら捨て置け。他には?」
「さっきの件、他の魔導士を従わせるのにカシュナの名前勝手に借りちゃった」
これについてはリエルは会話に参加していない。いそいそと食器を片付けている。
「構わない。他には?」
カシュナがリョウの左手を取り、自身の頭にセットした。撫でるという行為をご所望であると判断したリョウは、髪型を乱さぬよう最新の注意を払いつつ頭上に手を這わせる。
「ん。もう連絡事項は無いかな。リエルも無いでしょ?」
「強いて挙げるならシルーシさんとテルミッドさんへの対応、でしょうか。随分と興味を示していましたので……」
リョウ本人の手前若干のボカシが入ってしまったが、これは『リョウに興味津々だった第一・第二軍団長へ、何かしらの茶々が入る前に対処を行うのか』ということである。
「私が絡んでいると分かっていて邪魔を入れるような馬鹿ではないだろう。捨て置け」
「なるほど。私からは以上です」
「私ももう無いかなー」
「ふむ。では──」
リエルが食後のデザートにショートケーキを並べているのを尻目に、カシュナは言葉を続ける。
「──今後のスケジュールはどうなっている? 先方に会いに行く手筈は整っているんだろうな?」
「当然でしょ(もぐもぐ)制服受け取るだけで終わり。家具とかは元から全部揃ってるよ」
「私が連絡を入れましたし、問題ありません」
「よし。食べ終わり次第、出発するか」
(……何を話してんのか分かんねえ)
《これからの予定だから気にすんな。行けば分かるからよ》
「んん? このショートケーキ、ショコラムース入りか。刻んだドライフルーツもリキュールに漬け込んであるのか。中々仕事がしてあって美味いじゃないか」
「あ! これ私の区の店のなんちゃってショートケーキでしょ! 良いよねーこの店!!」
「はい。味も勿論そうですけど、素材を直営農家さんにしっかりと依頼しているところが──」
スイーツ談議が始まった。女三人よれば姦しいとはよく言ったものである。話に入り込めないリョウは一抹の寂しさを覚えた。
《俺が居るぞ兄弟》
(ここでお前に縋るのもどうかと思うん……あ、ケーキ本当に美味しい)
《俺も食いてえなぁオイ》
(……お前、食えねえの?)
《そりゃそうだろ》
(俺の中に居るんだし、こう、不思議パワーでどうとでもなるモンだと思ってた。いやしかしそう聞くと…………余計に美味く感じるなぁ!! あぁ〜チョコとイチゴの相性が抜群なんじゃぁ〜──《次の訓練、覚えておけよ……?》
(よっしゃ悪かった話し合おうじゃねえか)
リンプファーと戯れていると、アネッテが此方を見てニヤニヤしていた。
「リョウくんはどう? 美味しい?」
なかなか会話に入り込めないリョウを気遣い、話題を振ってくれたのだと気付く。「憎めない奴だな」とリョウは思った。
「ああ、美味いよ。イチゴの酸味とチョコの甘味が良い塩梅だな。酒の香りも悪くない」
「イケる口だな? リョウ。今度皆でスイーツ巡りでもするか」
「リョウさんは甘い物が好きでしたし、街の案内をしながらお店を巡るのも良いかもしれませんね」
「ん……多分そうなんだろうけど、リエルに言ってたっけか?」
確かに甘い物を好むリョウだが、記憶喪失を演じるべく好き嫌いなどはカミングアウトしていないはずである。
「はい……その、あまり私もよく覚えてはいないんですけど……」
「あー……」
態度から「あの時か」と納得する。泥酔していたとは言え、軽々しく口を滑らせるとはなんたる不覚。
《いや、多分前の世界の記憶が一部引き継がれてんじゃねえか? 兄弟を中心に回してる関係上、近しい人間はそーゆーこともある》
(ほー)
「取り敢えず食べ終わったし、話の続きは車の中でも良いんじゃない? このままだとまったり延々と話し続けちゃいそうだしさ」
「肝心の足はあるのか?」
「実はもう手配してある。カシュナお気にの高級車―」
「到着予定時間は何時ごろですか? 余裕があるんでしたら街並みを見るようなルートを通るのも良いかもしれませんし」
「勿論そのつもりだよ。第十区側に抜けて、二時間ぐらい転がしてから士官学校に行く予定」
「確かに言われてみれば遠くない距離で車体の駆動音がするな……なら善は急げだ。近道といこうじゃないか」
「?? 近道ってな──「“破壊術式”を展開するッ!」ちょっとぉ!?」
言うが早いか、掲げた右腕から強烈なプレッシャーが迸り、壁に貼られたビニールシートをズタズタに粉砕する!!!
ズバァァァッ!!!
「うおおっ!?」
「せ、折角補修したのにぃぃ!!!」
哀れ。働き詰めのアネッテが補修人であったらしい。丁寧に貼られたビニールシートは引き裂かれた後に細かな粒子状に分解され、陽光を浴びつつキラキラと風に流され消え去った。
「綺麗ですね。リョウさん」
「お、おう。そうだな?」
確かにリョウはそれを美しいと思った。ダイヤモンドダストなるものを見たことはなかったが、恐らくそれはこんな風なのだろうとも。しかし、床に手と膝を着いて落ち込んでいるアネッテを見ては素直に同意もし辛いところ。
《カシュナもはしゃいでんなー》
(そうなのか)
「次いで“創造術式”を展開する」
「もう好きにすれば良いよ……」
この場から直線で百メートルはあるだろうか、崩壊した壁から突如としてなだらかなスロープが出現した。幾本もの頑丈な支柱に豪奢な手摺り、いかにも滑り難そうな材質の床材に屋根まで備えたスロープの終着点には異様に胴長な白塗りの高級車が待機している。車に造詣がないリョウなどはそれを見て「ミニチュアダックスフンドみてえだな」などと馬鹿なことを考えていた。その車高と車体の長さでは、到底坂道は登れないだろうなとも。
「行くぞ! リョウ。度肝を抜かせてやる」
正直に言えば、今の魔法でも度肝を抜かれていたリョウだったが……
「シュラバアルの外壁でも驚いてましたし、私の街並みもきっと驚きますよ」
「いやー……怖いのが半分、楽しみが半分だなこれは」
「さあ! 征くぞ!!」
《はしゃいでんなぁ〜》
呑気なリンプファーの声を聴きながら、はしゃくカシュナに手を引かれる。チラリとアネッテを見れば、先程の通信機で何処かしらの人間と壁の修理について話し合っていた。長い付き合いになるのだろうし、コイツには優しくしてやろう。リョウは少しだけ、そう思った。
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