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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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57話 その頃の二人

壁には人ひとり通れる程の穴が開けられている。壁の厚さ故に空の青こそ望めなかったが、爽やかな自然の風を感じられた。


そんな部屋には四人の男女。


(まるで仔熊を守る母熊じゃな)

(冗談は兎も角、魔王様が戻られるまで私は探知を使います)

(ではワシは探査のスキルを使いつつ、案山子に徹するとしようかの)


キィトス国軍第一軍団長 シルーシ・チャイとキィトス国軍第二軍団長 テルミッド・ラインは揃って困惑していた。


(むうう…………お主はどう思う)

(可能性が多過ぎます)

(年甲斐もなくワクワクするのう)


シルーシの巫山戯た言動は黙殺された。


突然の魔王カシュナからの命令。リエルとアネッテ両名の懐刀を携えている故にそれだけでも大珍事なのだが、さらには勅命とまで言われてしまう。


(勅命なんぞ、聞いたことも無いんじゃが?)

(私もですよ。しかも、私達が命を懸ける程度に重要な任務……)

(それなんじゃが)

(はい?)

(そこに横たわっとる男の命が、ワシら二人の命よりも重い。そういう意味なんじゃろ)

(……横たわっている男性とリエル・レイス。合わせて両名の命なのでは?)

(いんや……ワシの勘じゃが、この男一人の命と見た)


隣り合っている二人だが、今はスキル『通信(テレフォノ)』で交信していた。この場に突然呼ばれた身の上としては当然の疑問から来る会話であったが、護衛対象の二人の前でするには憚られる。


(何やら一丁前に軍服を着とるが……学び舎の手配をしておったんじゃろう?)

(その筈なのですが……)


………………


…………


……


(どこまで考えようと詳しい事情は分かりませんね)

(うむ。ただ一つ言えるのは……)

(リエル・レイスの一連の行動が、魔王様の御意向に沿うものだった……ですね?)

(そうじゃ。ならば是非も無い。お主もそうじゃろ?)

(ええ。そうなると当面の問題は)

(うむ)


膝枕をするリエルは聖女の如き優しい表情を浮かべ、慈母の如く暖かな手つきでリョウの身体を摩りつつ、辺り一面に強烈な殺気をばら撒いていた。そのターゲットには、勿論シルーシとテルミッドも含まれている。


聖女の如きと表現したが、市井──特にアルケー教の信者からは現実、リエルは聖女として崇められていた。知らぬが仏ということだろう。シルーシとテルミッド含む軍上層部からすれば失笑モノだが。


(表情と仕草と狂気と殺気のアンバランスさがなんとも……)

(それこそが、狂人たる所以よなぁ)


テルミッドは今でも目と耳に焼き付いている。


反逆者の目の前で見せしめに叩き割られる、我が子の頭蓋。子の泣き声の終わりに響く、重く鈍い音。その直後に反逆者が甲高く響かせる慟哭と嗚咽。これこそが最高の楽器なのだと宣った、この女の狂った笑みが。


(……不用意に動かないで下さいよ?)

(ヘタに動くと殺されるのう。これは)


シルーシとテルミッド両名は、二人がかりであればリエルとも渡り合えると確信している。とは言え、かのリエルは今まさに二人の護衛対象である。渡り合える・勝てる負けるの問題以前に護衛対象と戦うなど言語道断であろう。


(ところで、良いことを思い付いたんじゃが)

(貴方の悪癖が出ましたね。止めて下さい。視界に頼った探査では分からないでしょうが、あたり一面彼女が放った糸だらけです。要塞ごと挽肉になりますよ?)


シルーシには悪癖がある。突く必要の無い藪を掻き分け、飛び出して来た蛇を眺めるという悪癖が。


(ちょっとだけじゃって。ちょっと質問を──)

(私を巻き込まないで下さいよ……)

(ふむ……確かにそうじゃな。すまん。しかし、虎穴に入らずんば──)

(虎穴に入るなら、どうぞ。ただしお一人でお願いします)

(ふむ……)


顎髭をサワサワと撫でて──


「リエル殿よ。其方の御仁はどなたかな?」

「私を巻き込むなと言ったでしょう!?」


──直接聞いてみた。


「しかし、お主も気になるじゃろ?」

「もう黙って居てください!!」

「………………」


だが、当の本人には答えようとする気概が見られない。殺気はそのままに、口を慈愛の形に固め、愛情を並々と湛えた瞳は常にリョウに定められていた。その姿は、そんな下らない問答よりも大切な事があると無言で語る。


シルーシはヤレヤレと肩を含めると、再び案山子の任へと舞い戻った。


(周辺に敵影無し。お主はどうじゃ?)

(…………本当に対立してみますか?)


竹馬の友であるシルーシとテルミッドだが、人前では互いに反目し合っているフリをしていた。その目的は、傘下に収めた数名の魔導士をも含む魔術士達を争わせ、太平の世であっても切磋琢磨させる事。


結局、キィトスには明確な脅威が存在しないのだ。魔物の山脈や平等の翼を始めとした敵戦力も居るには居るが、前者には長年の間国交どころか動きすら無く、後者はキィトス国軍全体から見れば塵芥の如き存在であり、下っ端のみで制圧出来てしまう。魔王カシュナ・アネッテ・リエルにシルーシやテルミッドが圧倒的強者として君臨するのは構わないが、それに胡座をかかれては堪らない。有事を考えれば並び立つ人物の育成を怠ってはならない。二人はそう考えていた。


(すまん。貸し一つじゃ)

(はあ……仕方が無いですね……)


………………


…………


……


(本当に……まったく……)


全く合理的ではない。そう思うが……


「ところでリエルさん。其方の男性は軍服を着──「『錫廻』」


バヂィィッッッッン!!!


「っつ!!!」


もしもテルミッドが臨戦態勢でなければ。さらに、糸が張り巡らされているという前情報が無ければ、質問の直前から障壁を設置していなければ、決して防げなかったであろう全方位亜音速攻撃。


「申し訳ありません。無粋でしたね」


基本色数千二百『錫廻』。これによって召喚されたタングステン針は床を除いた全方向より飛来した。金属表面上に何かしらの有機物でも付着していたのだろうか? オレンジ色の火花を派手に散らしながら、それらは障壁に深く深く喰い込んだ。


(そんなお主の熱いところが気に入っておる)

(恐縮です)

(異性なら惚れておったかもしれんの///)

(気色が悪いので二度と言わないで下さい)


己の命を賭け金に友人の「貸し」を精算しつつ、さらには探究心を満たす一助となってやろうというテルミッドの粋な計らいである。残念ながら、後者の狙いは一蹴されてしまったが……


(ところで、お主よ)

(……今度は何ですか)

(任務が二日三日の長期間に及ぶなら、休憩のローテーションも考えておかねばならん)

(今更その件ですか)


棒立ちであるとはいえ、あくまでそれは表面上のものである。片や探査で不審者を見つけんと目を凝らし、片や探知で不明勢力が居ないかと広範囲を探っている。じゃれ合いの結果リエルから攻撃を受けたというのも一因だが、不眠不休だとこの状態は保って三日だろう。


(そこまで長期に渡る護衛でしたら、彼女はもっとも安全な自室や魔王府へ向かうでしょう。ですので、この護衛は長くても一日程度で一つの区切りが来ると思います)

(ふむ……)

(本当に何も考えずに藪を突いたんですね…………?)

(まあ、そうと決まれば──)

(温厚な私でも怒りますよ? 私達は本気で戦ったことがありませんし、一度試してみるのも一興でしょうか)

(本当に軽率じゃった。すまん)


テルミッドの予想通り、この数時間後に二人は帰還したカシュナによって護衛の任から解放されることとなる。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

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