56話 兄弟の所以②
「もう一度説明すんぞ兄弟。お前は精霊魔法・スキル・神聖魔法・治癒術・防御術・強化術、どれも使えねえ」
「………………」
「これは全部生まれつきのモンだからだ。一が百になることはあっても、零が一にはならねえ」
「………………」
答えは無い。
「スキルとか、アレだからな。ステータス画面開かなきゃいかんし。ステータスオープンっつって。そんなん修行でどうこうなるモンじゃねえだろ……いや、これは兄弟も気付いてたっけか?」
「………………」
答えは無い。
「召喚術による肉体の強化は三つの要素で成り立ってる。インパクトの瞬間に召喚される衝撃波による攻撃強化。ならびに高速移動用に使う、反作用目的の衝撃波運用。これが一つ。もう一つは相手の攻撃を受けた時に衝撃を転送することで実質無効化する防御。こっちはインパクトの瞬間に手動で対応する必要がある。最後は兄弟が音速に近い速度で移動する時に内臓に掛かる衝撃と空気抵抗、関節を始めとする各部位に加わる衝撃から身を守る為の転送。着地時のスリップと足場踏み貫き防止のための障壁展開。加えて体内の血流がイカれて意識がトばねえように諸々操作する安全装置の数々。攻撃・移動の衝撃波はそもそも自動召喚で、安全装置の方は俺が請け負ってっから、かれこれ防御時の転送だけに五時間費やしてることになるんだけどよ」
「………………」
答えは無い。否、答えられない。
「精神体だし、痛みはそれほどでもねえと思うんだがな……」
「それでも、正中線に、二十発拳、入れられりゃあ、キツいって…………」
暴行だけではない。この状態だと軽く踏み込んだだけで足元が爆発し、体が錐揉み状に吹き飛ばされるのだ。平衡感覚の失調による重度の乗り物酔いも併発している。
「いくら俺が本気じゃねえにしても……それでも数をカウント出来てんのは大したもんだ。この分だと基本の習得までもう少しか?」
現実ではなく精神世界──それも遮蔽されたドームの中だというのに、生温い風が頬を撫でた。平常時なら不快に感じるような粘ついた風だが、今はとても心地良かった。
「言うほど、嬉しそうじゃ……ねえな?」
「…………分かるか」
「まあ、な」
思い出した明確な記憶は先程のものが全てだが、それ以外にも微細な記憶は戻っていた。数千年にも及ぶ記憶、その上澄みとも言えるそれらと照らし合わせても、今のリンプファーは言葉ほど上機嫌ではないと判断出来た。
「いつかの世界で兄弟が思い付いたアイデアがあるんだが……それが実現出来るかはさて置き、仮に運用するならまだまだ咄嗟の判断力が足りねえ」
「へえへえ」
「さて、そろそろ」
「!!!」
「休憩は終わりだ!!!」
ゆらりと上げられた足を見るやいなや、仰向けに寝転がっていたリョウは跳ねるように飛び起き、後退りをしようと地面を踏み込んで──
ドォン!!!!!!
「オアアアアアアアアア!!!!」
──華麗に吹き飛ばされた。
「どの程度の踏み込みでどの程度の衝撃波が発せられるかぐらい、いい加減に覚えろって……何時間『金剛』使ってると思ってんだよ兄弟」
発動にさえ漕ぎ着ければ理論も理屈も無視して結果に至る事ができる精霊魔法・神聖魔法・スキル・強化術による身体強化とは違い、魔術による身体強化には常に理論と理屈が付きまとう。リョウはもっとも難関である『安全装置』の操縦をリンプファーに任せてはいたが、それでも体を動かすだけでも細心の注意が必要であった。
「んなッ無茶ッなッ!!!! おあああッッッ!!!」
リョウの体が、再び宙を舞う。
「ぶっちゃけて言っちまえば強化術・精霊魔法・神聖魔法・スキルの身体強化はオートマで、んな微調整も必要無いっちゃあ無いんだが……」
「……そちらの方向でお願いします」
倒れ伏していたリョウがむくりと起き上がり懇願した。
「いや、咄嗟の判断力が必要なんだって言ったばっかだろうが。それに強化術と召喚術以外だと、速度・攻撃・耐久の内二つしか強化されねえから微妙だぞ?」
「じゃあ、強化術の方向で」
「強化術を一流まで叩き上げるとか、マジモンの才能が無えと無理だ。だいいち、それじゃ兄弟が経験積めねえだろ? ……オラ、続きいくぞ」
気付けば、リンプファーが掌を此方に向けていた。
「……チッ!!」
相も変わらず召喚術は使えない。数時間毎にリンプファーに『金剛』を掛け直して貰っている身の上である。しかし幾度も殴打され、幾度も足元を爆砕して空を舞ううちにリョウは魔力なるものを僅かに感じ取れるようになっていた。正規の魔術士ならばそれだけで発動される呪文の仔細を知る事が出来るのだが、魔術を発動したことの無いリョウには「何か来る」程度の察知が限界であった。
掌から感じられる魔力が不意に霧散する。
(……来るッ!!!)
ドォン!!!!
リョウが吹き飛ぶように横っ飛びに回避すると、先程まで体があった場所にボーリング大の石球がメリ込んでいた。
(殺す気かよコイツ!?)
「内臓が潰れても治してやる。安心しろー」
精神体の内臓とやらが現実世界と同じなのか確信が無いものの、乗り物酔いや息切れもする体なのだ。殴られただけでもそれなりの痛みがあるのなら、内臓が潰されて「イタタッ」で済むとはとても思えない。
視線を石球からリンプファーに戻そうとするが、そこには既にその姿は無かった。
「ぼさっとしてんな。兄弟」
「お──」
声の元に振り向くより前に、リンプファーの爪先がリョウの脇腹に突き込まれる。
「ほいっ」
蹴りそのものの威力は貧弱。ゆるりと押し込む程度のものだった。しかし……
「ソレ」は、遅れてやって来る。
ドォン!!!!
「ガァッ───!!!」
………………
…………
……
「んんーーーーー……」
ビクリビクリと生々しい痙攣を見せるリョウを確認したリンプファーは、「内臓はいくらなんでもやり過ぎたか」などと暢気に考えていた。
「んんーーーー……」
今までの世界に比べて好感触なイレギュラーも起きているため、多少駆け足での履修も乗り越えてみせるかと思っていたリンプファーだったが、その期待は打ち砕かれた。
(蹴りの速度は下の下。それも足先が着いて一拍置いてからの召喚なら…………そうだな、流石に減衰とまではいかなくとも、回避くらいすると思ったが)
もっとも、悲観はしない。リンプファーは数多の世界で数多のリョウに戦闘の手解きをしてきた経験から、スパルタだろうがゆとり教育だろうが、どのように教えても一定以上の強さに落ち着いてくれることを知っていた。
「せめて、直撃はしないようにはしてやるか……」
痙攣を止め、四肢を弛緩させているリョウに歩み寄る。
「ほいほい治癒術──うわやっべ、マジで内臓潰れてやんの」
「て、てっめぇ……」
「なんだ。蘇生早いな。流石兄弟」
現実世界に比べて痛みを感じづらい体に加え、リンプファーからの治癒術のサポートまで受けた。それを考えればこの蘇生速度は当然なのだが、それでも褒めてしまうあたりが兄弟分故の贔屓目というものだろうか。
「脇腹がいてぇ」
「脇腹っつーか……レバー?」
グチャッと潰れたモツである。
「小卒が人体構造なんて知るかよ」
「小学校で履修する内容じゃねえか?」
会話をしながらも、リョウが此方の一挙手一投足に注意を払っているのが分かる。警戒対象たるリンプファーにバレていてはあまり意味は無いが、良い傾向だと素直に喜ぶこととした。
(リエルとカシュナには悪ぃけど、もうちょい続けるか)
現実世界とは流れる時間が大きく異なるとはいえ、多少長い時間待たせることになってしまう。
リンプファーは、座り込むリョウに大振りな一撃を加えんと右手を高く掲げ──
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