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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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55話 兄弟の所以

「俺とお前、初対面じゃなかったんだな?」

「……もう通算何百何千年の付き合いになるかも分からねえくらいにはな」

「ああ……前世の前世なのかループなのかは知らねえけど、やっぱ繰り返してんのか」


濁流に飲み込まれたり、腕の中で不帰路へと旅立つ女性を見送る記憶については精査しかねるが、割れた空の下でリンプファーと会話している記憶については間違い無く地球の記憶では存在し得ない内容だと断言出来る。そしてリョウは異世界に来て未だ二日目。ここに記憶の欠損が見受けられないのなら、繰り返し会っているのだと判断するのは至極当然と言えた。


「やけに俺を気に入ってんのも、その積み重ねか?」

「……弟のように思ってる」

「そうかよ。んで、前世の前世か? それともループか?」

「ループだ」

「回数は?」

「577回」

「んん?」


「意外と少ないな」とリョウは思った。前世でよく読んでいた創作物だと、数万回の試行があるのが常だったのだが。


(いや待て、さっきは何百何千年って言ってなかったか……?)


「兄弟を救う事に主体を置き始めてからの回数だ。 …………初めは、ただの入れ物としか考えてなかったからな」


声を出さずとも、怪訝な表情から疑問が伝わったのだろう。物騒なワードが織り込まれてはいたが、リョウの疑問に答えて見せた。


「入れ物ってお前……」

「初めは兄弟を操縦して世界を救うつもりだった」

「操縦ってお前……」

「今は違う。そんだけ時間も共有すりゃ、情も移る」

「そうかよ」


リョウは再びゴロリと横になり、今一度考える。この男を信用して良いものかと。


(言い方を変えりゃ、俺は使い捨ての道具か?)


「その際に生じた記憶・経験は全て、あの巨大な扉の中に隔離保存してある。時間を戻れるからと言って、無為に使い潰してるわけじゃない」

「ああ、その扉も気になってたんだよ。アレ、記憶と経験が詰まって……いや待て、つーか何でお前が普通に座ってんだ? 何処だよここ」


(そもそも、自分の記憶と経験が詰まったモンを見たら意識飛ぶってのも意味分かんねえし)


「ここが何処かよりも、扉が気になってんのか」

「やっぱお前、俺の心読めてんのか?」

「いや。何年の付き合いだと思ってんだよ」

「知るかよ」


その付き合いの記憶とやらは、扉の奥に封じられている。


「ここは兄弟の魂で作られた精神世界だ」

「へえ?」

「んで、今の兄弟の体は精神体……記憶で形造られた思念の塊ってトコだ」

「……よく分かんねえ」

「難しく考えなくて良いんだよ。元より、思念・性格ってのはソイツの記憶と経験から成るだろ?」

「ん〜〜〜……」


薄ぼんやりとイメージ出来たリョウだったが、ここで一つの疑問が浮上した。


己の体を指差しながら告げる。


「この体は記憶・経験でできてる?」

「そうだな」

「扉に隔離されてるのも、俺の記憶と経験だよな?」

「良い着眼点だ。兄弟の体が溶けた原因がソレだ」


(ソレってどれだよ……)


「つまり、同質のモンならデカイ方に引き寄せられるってワケだ。最悪だと全身吸収されて、もう一度最初からやり直しだった」

「やっぱお前、俺の心「今のは流れから予想出来るだろ!?」


リョウは緩衝材替わりの軽薄なノリで空気を丸くする。記憶を継承せずループの度に一々封じる理由や、未だに最終目標の委細の説明が無い点など、リンプファーは未だ何かを隠していると直感が囁いていたのだが、あまりにつつき過ぎて不興を買うのも面白くない。


「このドームは安全地帯として作ってある。デカイ方に引き寄せられない為にな」


(結局俺はコイツ無しじゃ何も出来ねえし……)


「まあ、俺はお前に従うしか無えワケだ。根掘り葉掘り聞かないでおいてやるけどよ……」

「有り難え。それと、扉の中の記憶と経験には兄弟みてえな意思は無い。念の為の補足な」

「あっても困るわ」


その可能性に行き着いていなかったとはいえ、この補足内容は重要であると感じていた。自分の中にもう一人の自分がいるなど、想像するだに恐ろしい。ましてソレは、自分よりも多くの知識と経験を蓄積しているのだ。相対したとするならば、間違い無く身体の主導権を取って代わられてしまうだろう。


「でもよ、構成材料は同じだよな? 何で俺にだけ意識があんだよ」

「原理はよく分からん。ただ何故か意思が無いとしか」

「そんな適当なルールなのか?」

「俺が過去に渡ってももう一人の俺が居るわけでもねえし、案外こんなルールなのかもな? …………同じ人間は二人居ねえとか」


「物事の成り立ちについての質問はここらが潮時だろう」と判断したリョウは、話題を現在に移した。


「んで? 何でいきなりここに飛ばされてんだ俺は。確かリエルと一緒にまったりしてたハズだよな?」

「あー…………敵からの攻撃があった」

「マジかよオイ」


リョウの声には欠片も緊張感が感じられなかった。それも当然だろう。魔導士たるアネッテは五万人の部下を抑え込める豪傑だと話していたし、リンプファーもそれについては否定していなかった。リエルに関しては戦闘に向いているとは思えなかったが、生半可な敵襲などアネッテ単体でも返り討ちにして終いだろう。


「いや、そもそも(敵襲があった)→(この場所に居る)の関係性が分かんねえ」

「アネッテでもリエルでも対処出来ねえ攻撃が来やがったから、急遽兄弟を押し退けて俺が対応した。安全圏も無しに扉を直視した兄弟は、危うく精神が融解するところだった…………ここで話が繋がるワケだ。オーケー?」

「俺の精神が溶ける危険性よりもヤバイ攻撃だったってことか」

「ありふれた攻撃ではあったが…………規模が桁違いだった。あの分だとシュラバアルの住民は全滅だろうな」

「マジかよオイ。んな事より、リエルとアネッテは無事なのか?」


万単位の人間の命を「んな事」呼ばわりするリョウに閉口もせず、リンプファーは質問に答えた。


「リエルと兄弟はキィトス本国で魔王カシュナに保護されてる。アネッテは……多分カシュナが救援を寄越すくらいはしてんじゃねえかな?」


それもそのはず。リンプファーは数多の時間を渡り歩き、その都度幾億の人間を殺すだけでは飽き足らずに実験台としてきている。


「とりあえずは分かった。そんで? 俺はこっから何をすりゃ良い?」

「軍に入る為に学校に行ってもらう手筈になってんだけど……予定外に大量の人間が死んじまったからな…………運命値がわけわからん値になっちまってるし、校内でどんなイベントが起きるのか全然分からん」

「んん?」

「どうした。兄弟」

「いや、何か……ああ、いや、問題無い。理解した」

「?? ……なら良いが」


既に軍籍に登録されているという旨を伝えられた気がするが、恐らく軍に籍を入れた後に学校で研修を受け、その後に晴れて入隊と相成るのだろう。学校で使い物にならないと判断された場合はどうするのかという懸念を考えれば順序が逆ではないかと思うものの、そういうシステムならば納得する他無い。


「じゃあ、そろそろ戻るのか?」

「いや、折角だ」

「???」


ガシリと頭を掴まれる。


「??? 何やってんだお前」


自分と同じ顔をした男に頭を鷲掴みにされているのだ。中々に意味不明な状況である。


「こんな良い機会だ。予定よりも数日早いが──」

「???」

「戦闘訓練と洒落込もうか」

「マジか」


リンプファーが獰猛な笑みを浮かべている。


「先ずは基本的な減衰・転送の練習から。次は反射的に使えるようになるまで、徹底的に叩きのめすぞ」


………………


…………


……

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