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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
55/132

54話 始点と幾つかの結末と

本来ならば扉の奥に引き摺り込まれ、淀みと一体化しているはずであった。


「状況的にアークが兄弟を殺すとは考え難かったが……それにしても奇跡に近いな、こりゃあ」


若干の手足の欠損が見られるものの、リョウの精神体は未だ健在である。


(安全圏無しで兄弟を放り込むか。結果的に…………いや、負け惜しみだ。最終局面を考えるなら、アークのこの一手が最善だった)


感情論で言えば、当然リンプファーとしては認めたくはない。しかし、事実は事実として受け入れなければならない。


(ここからはアークの掌の上で踊りつつ逆転の一手を──って、そんなもん可能なのか? いや、今はんなことよりも……)


精神体は記憶で形造られる。欠損した部位を修復する為には、扉の奥に吸収された記憶を取り返す必要がある。


(また魂を弄くり回して記憶を初期化……じゃねえや。んなことすりゃ昨日今日の記憶も吹っ飛ぶ。いやでも同じ記憶を探すのも現実的じゃ………………初期と現在の差分で判断、いや、いや、違うか。扉の奥に吸収されちまった分の記憶は、兄弟の精神体全てに稀釈されてる……差分もクソも無え。つまり精神体を一部欠損しても記憶を喪失はしない。そうなると……)


扉の奥の記憶だまりに封じられた記憶は数千年分にも及ぶ。吸収されたものと同一の記憶を回収するなど、どう足掻いたところで不可能だろう。


(ここからはアークの作戦に乗ってやるしかねぇな。つまりアイツは…………完全ランダム修復をお望みか)


リンプファーが軽く手を招くと、扉の隙間から淀みが溢れ出てくる。それはリョウの側近くに来るまでに手足の形を成し、欠損部にピタリと吸い付く。


(計画がオジャンだ。笑うしかねえな……っとと!!)


リョウが僅かに身動ぎするのを見て、リンプファーは慌てて安全圏の建造を開始した。


(どんな記憶が戻るかは分からねえが、せめてリエルとの記憶だけは当たるんじゃねえぞ……)


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


意識は明確。しかし体が動かない。


(いや、違う)


厳密には体は動いている。しかし、それにリョウの意思は干渉出来ない。


映像を見せられている……否、これは明晰夢に近かった。


「なあ。リンプファー」

《……どうした。兄弟》


それはどこかの平原。空は赤黒く染まりひび割れ、その隙間からは黒い液体が滴っていた。


黒い液体は大地を潤すことはしない。触れた大地は抉られ、粒子状に分解され消えゆく。


「最初の説明だけどよ。あれ、畳み掛ける感じで話し続けた方が手っ取り早いと思うぞ?」

《そうか? ……なら、()からはそうしてみるか》

「クソ辛気臭えな。最後まで笑え。らしくねえよ」

《すまん》

「謝んな」


数秒、何かを噛み締めるように押し黙る。


遥か遠くからは戦いの音が聞こえた。


《……必ず》

「あ?」

《……必ず、お前達を幸せにする》

「おう」


傍らに倒れ伏した娘の髪が風にそよぐ。


赤黒く染まった陽光を弾く金髪が、リョウの目にやけに美しく映った。


「自分の女も、自分の娘も守れねえのか……俺は」


×××××


場面は切り替わる。


そこは不毛の荒野。


リョウは倒れ伏していた。


外傷は無い。


「ごめんなさい……」


しかし心を潰された。


(……泣…………か、い……で…………)


声など出ようはずもない。


白く塗り潰された顔。その哀しみに染まった瞳が、緩やかに狂気を湛え出す。


(次は、……や、い…か、勝つ…………だから……)


確約すら出来ない。そんな己の不甲斐なさを呪う。


「違う…………」


彼女は大きくかぶりを振った。


「違う!! 違う!!! この私は私だけ!!!」


声など出ようはずもない。


彼女の狂気を止められない。


「いつまでも操り人形のままでいると思うなよ……!!!」


彼女は挑みかかるように空を見上げた。


「その高みから引き摺り下ろしてやる!!!」


×××××


どうか、どうか、おねがいします


《…………》


わたしはどうなってもいいんです。だから


《…………》


ひとつだけ、ひとつだけ、どうか、どうか、どうか


《…………》


彼女に、今度こそ、人並みの幸せを、どうか──


《…………お前はブレねえな。終わり際には、いつもソレだ》


?????


《バカにはしねえよ。俺にも、護りてえ女が居た》


…………


《…………何がしてえんだろうな? 俺は》


…………


《お笑い草じゃねえか。なあ? ここまで歩いてきて、歩いて歩いて歩き続けて、何度繰り返しても結果は全てこのザマだ。俺の護りたいものなんざ、大事なものなんざ、とうの昔に喪失しちまってる。無かったんだよ。それに気が付いてるってのに、未だに未練がましく挑戦してんだぜ? なあ? バカみてえだろ? 稀代の天才……時空を越える賢者の俺が》


──…────……


《聞こえねえ》


──バカにはしねえよ。俺にも、護りてえ女が居る。


《…………ああ、お前──》


…………


《お前なら。お前なら、まだやり直せるのか》


×××××


濁流の中。


それでも、彼女の哄笑だけはやけにハッキリと聞こえる。


淀みに飲み込まれたリョウは、上も下も分からない。


一瞬指先に何か硬い物が触れた気がしたが、気にする余裕など無かった。


流され行く。


次第に精神体は淀みに溶けて無くなり──


×××××


「絶対に助かる!! もう少し……」


彼女の顔は黒く塗り潰され、輪郭すら窺い知る事は出来なかった。


血が止まらない。


「ご…………めな──コポッ!! けほっ……」


血の塊を吐き出す音が、妙に軽快に響いた。


「喋るな!!! もうすぐだから……」


血が止まらない。


謝るのは此方だというのに。


護れなかった己に責があるというのに。


血が止まらない。


握り返す指の力が、徐々に緩やかになってゆく。


血が止まらない。


漆黒の闇の中でも、その真紅はまるで北極星のように鮮やいて見えた。


血が止まらない。


「頼む……逝かないでくれ……」

「………………ずっと、ごぽっ……いっし…………」


血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。血が止まらない。


全てを察したリョウは、強引に笑みを貼り付けた。


「俺は、大丈夫だから。だから…………少し、休んでろ。後で、起こしてやるから」

「………は………い」


また一人に戻るだけ。何という事はない。


終には指から力が抜けて──


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「む……んあ……??」


目が覚めると、そこは広大なドームだった。


横で胡座をかいて居るのは──


「…………お前、リンプファーか?」

「よう、兄弟。起きたな」

「目覚めは最悪だけどな」


悪夢を見た所為か、酷い胸やけがする。目覚めとしては最悪であると言えた。


「なあ、リンプファー」

「どうした」

「夢を見た」

「……………………どんな夢だ」


リンプファーは溢すように呟いた。


「いや、夢じゃない。これは記憶だ」

「………………そうか」


抜けたピースがピタリと嵌るような感覚。それが確かに感じられた。


「リンプファー」

「何だ」

「全部…………いや、話せる部分で良い。話せ」


………………


…………


……

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