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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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53話 シュラバアル戦⑥

敢えて生み出された“破壊”の余波による高速飛行術。


それはカシュナのみに許された奇跡。


「漸く出て来たか。カシュナ」


アークは術式によってクラフター組を安全圏に弾き飛ばし、同時に同胞達を拠点へと退避させていた。前者にはその手荒さ故に多少の怪我こそあるだろうが、激昂したカシュナとの攻防の余波に巻き込まれるよりは幾分マシというものだろう。


カシュナはアネッテを巻き込む事はしない。残りの三一八小隊は離れた場所で交戦していた。クアンは直撃さえしなければ余波程度で死にはすまい。


一方カシュナの顔には、強い怒気が刻まれていた。


今なお空高く立ち上っている赤茶けた柱は、シュラバアルを綺麗に飲み込む程の直径を誇っている。巻き上がった土砂か爆発の残留物質かは定かで無いが、敵戦力は城塞都市そのものを消し飛ばすだけの凶悪さと技量を持ち合わせている。そうカシュナは理解した。


「………………」


己に匹敵するであろう魔力圧。闇を織り成したかの如き黒衣と仮面。


リエルが言っていた敵であると判断するには充分過ぎた。


「貴様ァァァァ!!!」


ことここに至るまで半信半疑だったものの、信じざるを得なかった。


大地に多量の血を吐き出し、気力のみを支えに辛うじて立っている友人の姿を目にすれば。


「ここで潰せば楽なのだろうが、それは許されないのだろう?」

「何をッ! ゴチャゴチャと!!!」


ッドォン!!!


キィトスより飛来した慣性に加えて更に加速をつけ突撃を敢行したカシュナは、致命の一手を放つ。


「壊れろ!!!」


突撃に反して、軽やかに振るわれる腕。


“破壊術式”によって放たれたその怒濤は、術者本人を除き感知出来ない。


視認など以ての外。


彼女が望む物を除いた全てを破壊し、その跡には彼女が認めた物しか残らない。


障壁を何枚廻らせようが、それそのものすら瞬時に“破壊”する。


それこそが、彼女が魔王たる証。しかし──


「やはり、私は貴様と同格であるらしい」


同じく軽やかに手を翳す。わずかそれだけ。


「!?!?!?」


アークは未だ悠然と立ち続けていた。


(術式ですらない!!! 私の術式そのものに干渉して掻き消した!?)


「魔術を賜る。『相克』をここに」

「舐めるな!!!」


アークが基本色数八百万『相克』を発動する。解き放たれた熱線が直撃するも、臨戦時のカシュナの体表面には常時“破壊術式”が展開されており、彼女に対する攻撃の一切は意味を為さない。これにより彼女は、最高の盾でありながら最高の矛としての立ち回りも可能としていた。だが……


(それでも突撃はリスクが高いか!! 仕方が無い!!)


選ぶ場所は、アークの側面から五m地点。


ッドォン!!!


地面へと激突する間際。大地と自身間で交わされる力量を“破壊”し、カシュナは滑らかな着地を見せた。一般的な魔術士と同様に減衰を行なっても良いのだが、こちらの方が確実で手っ取り早い。


「ふん……」


カシュナは着地の際、敢えて過剰な“破壊”を注ぎ込み、アークに向けて余波を放っていた。しかし、漏れ出た“破壊”どころか、着地の風圧さえも届いていない。


有り得べからざる光景に、カシュナは冷静さを取り戻す。


「……お前、どんな手品を使っている?」

「手品ではない。タネも仕掛けも無いのだからな」

「それは手品師の常套句だ」


アークに向けて力強く指を突き付ける。それだけで意識を刈り取れるのではないかと見紛う程の殺気が込められた動作だが、当然終わりではなく続きがある。


「“創造術式”を展開する」


召喚の上位互換である『創造』。


創造されるは空を埋め尽くす二十万本ものケルベム杭。創造主の中心に侍るそれらは、主人の命令を待ちわびるようにユラユラと揺れている。


一定時間で転送されてしまう召喚術と異なり、“創造術式”で創られた物質は半永久的に存在が保たれる。カシュナはこの力でキィトス国内の資源全てを賄っていた。


「終われっ!!!」


これもまた、彼女が魔王たる証。


これに対するは、


「“幸運術式”を賜る」


二十万の猛威が大地を穿った。


………………


…………


……


地底海まで貫かれた大地を見、カシュナは呟いた。


「逃げ…………いや、退いたか」


先程まで感じていた魔力圧を感じない。


相手が凡夫であったのならば粉微塵に鏖殺したと考えるのだが、そこまで温い手合いではないだろう。数手仕合っただけの曖昧な感触ではあるが、敢えて退いたと見るべきか。


「ごめんねカシュナ。助かったよ」

「………………」


アネッテとクアンが並び立つ。


方や顔を血で染め上げ、方や全身を赤黒く染め上げている。その様相は幽鬼もかくやといったところだろうか。


クアンは敬礼をするのみで口を開かない。お互いにそう思っていないとはいえ、階級上ではクアンはアネッテの部下に当たる。許可が無ければ魔王へ発言の権限など無いのだ。


……もっとも、クアンの内心には魔王に対しての畏敬の念や忠誠心など欠片も存在しない。結果的に部下を助けられた点では感謝しているが、それはそれである。


「シュラバアルと、その衛星村が全壊とはな。目を疑ったぞ」

「衛星村もかー……いや、規模的に当然だね」


(自国民でもあるまいし人命救助は不要か。まして復興を終え経済基盤が整うまでは間違いなく無駄飯食らいになる。実効支配することになっても、まるで旨味が無い)


領は一つの城塞都市のみで成り立つわけではない。その近辺に点在する村々──衛星村と呼称されるが、それらを含めての『領』である。それなりに距離は離れているのだが、爆発の規模が規模であるうえに、衛星村は漏れなく貧しい。建物が爆発に耐え切れなかったのだろう。


「ところで、補修は必要か?」

「寝てれば治りそ……いや、片手切り落とされちゃったからその分のケルベムは補給したいかも」

「血と肉は」

「食べて寝れば大丈夫。傷も塞いだ」

「…………そうか」


送れて三一八小隊の面々も集結する。最古参組は手酷くやられてはいたものの、大怪我を負った者は居ないようだった。


今まさに命の遣り取りをしていた兵は顔付きが違う。薄汚れているとはいえ、彼等が立ち並ぶ様は荘厳とすら表現できた。……アネッテについて、知りたくもなかった秘密を知ってしまったという後悔と恐怖も勿論あるが。


「さて……貴様等」


呼び掛けに応えるように、全員に緊張感が走った。


「分かっているだろうが、作戦行動中に見聞きした内容は他人に吹聴するな」

「「「「「御意」」」」」


キィトスでは人工生命体・人工知能の作成を厳しく禁じている。そもそもの数が少ないとはいえ、国内でのPG(プログラマー)全員が厳しい管理下に置かれていると聞けば、その重要性が理解出来るだろう。


アネッテの身体の秘密だけでは無い。キィトスは魔王カシュナと魔導士達の絶対的な力で成り立っている。その頂点達が始末し損ねる手合いがいたとなれば、彼女の権力構造にヒビが入りかねない。


(不要な離反者は殺せば良いし、必要な離反者はリエルに洗脳させれば良いんだがな……)


単純な戒厳令。寛大な処遇に、分かりやすく空気が弛緩した。


ふと、アネッテがあることに気付いた。


「あのさ、カシュナ」

「どうした?」

「その……右肩」

「あ?」


言われるがままに右肩を見るカシュナだが、そこで久方振りにある物を目にする。


「…………なん、だ……これは……?」


僅かに走った裂傷から滲み出た己の血。


それはつまり、体表面を覆う“破壊術式”が突破された事を意味する。


俯いたアネッテは、小さく笑った。


万事、うまく回っている。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

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