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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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51話 シュラバアル戦⑤

一つの戦いが終焉を迎えると同時、偶然にも(・・・・)微風が吹き、視界が晴れる。


脳を損傷し、思考すらまともに展開できなくなったクアンを視認すると、少年はその場から立ち去らんとする。その手には、長剣が握られていた。


理屈の上では、クアンは未だ生きている。この先数分、心臓は動き続けるだろうし、現状薄らと意識もあるだろう。


(完璧だった……)


今回の戦い、アークは少年──ノルンに具体的な戦闘内容について言及をしていなかった。戦う以上、特に明言されていなければ殺すのが常識だが、アークは三一八小隊の底上げが目的と言っていた。ノルンはそこに着目したのである。


ノルンの思考としては「此方の術式の前に儚くも敗れたが、厄介な特技があったのかもしれない。アークが己と同等とまで言うからには、何かしらあるのだろう。今回の戦闘でクアンの糧となる要素があったのかは分からないが、取り敢えずアークの“精神術式”で傀儡にしてしまえば、全てが解決する」といったところだ。しかし──


(あ、ダメだ)


ノルンは歩みを止める。


シュラバアルを壊滅させる直前の攻撃には術式が効き、その後のタイマンでは術式の影響を受けていなかった。術式保有者に直接術式で干渉する事は出来ない。よって、クアンも術式保有者であると分かる。


(“精神術式”も効かないや。そもそもアーク様のお手を煩わせるのも……)


こうなれば、治癒術で癒し、再び叩きのめす事でアークの命令を遂行するしか無い。


仰向けに空を見上げるクアンへと向き直ったノルンだが、同時に信じられないものを目にする。


「え?」


眉間にナイフを深々と埋め込んだその男。力強く五指を広げた手を此方に向け、あろうことか──


「『時雨』」


その身で魔術を放たんとしていた。


(『時雨』!?)


それは中級程度の式数でありながらも、細心の注意を以って扱われる魔術。


意趣返しのつもりか。クアンの放った『時雨』もまた、自爆テロで好んで使われる魔術である。


(こいつ!!)


基本色数七百『時雨』が発動した。


「防御術!!!」


クアンの掌から放たれたフッ化水素酸が、辛うじてノルンの防御術によって阻まれた。


(距離!! をッ! 取らないと!!)


白煙を吹き上げるその液体は、数滴触れただけでも命の危険がある。


体内が爛れてしまえば、治癒術の発動は不可能。故に吸引など以ての外。


風上二十mの位置まで退いたノルンは、クアンを観察した。


周囲を慮ったのか、既に召喚した劇物は転送されている。


「そうか、分かった。お前の術式、“幸運”だな?」

「!!!!」


ノルンの目が驚愕に見開かれる。


召喚された物質の指向性を決められるとはいえ、あれだけの劇物を召び出しておいて、その声のなんと明朗なことか。


「俺と同じ、常時発動型だ」


クアンは乾いた笑い声を上げながら、額のナイフをギコギコと引き抜いた。


凄惨に血と脳漿が飛び散るが、まるで痛痒を感じていない。


「視界を塞いで、探知を無効にして、完全に運に任せたわけだ。術式による力任せな……いや、術式の力を最大限に引き出すために」

「ありえっ……ない! 脳を損傷して、しかも心中詠唱で治癒なんて!!」


治癒術をはじめとした治療目的の術は、心中詠唱では発動出来ない。リエルやアネッテといった例外はあるものの、必ず口頭で詠唱する必要がある。


クアンは先程手放したヘカトンⅣを手繰り寄せ立ち上がる。


「まさか、“回復”……いや、“生命術式”か!!」


アークから聞いたことがある。 “幸運”と同じく根幹術式の一つ。術式の中でも特に強力な分類であるそれは、最上位二天の術式以外で殺す事は叶わないとも。


「正解。じゃあ、もうお互いネタは割れたってことでいいな?」


ギュリッ!!


一息の間も無く、クアンはノルンの懐に飛び込んだ。


「!! 早っ……」


クアンが飛び込んだ速度のままに突き出したヘカトンⅣは、苦し紛れに振るわれたノルンの腕に当たり、狙いを大きく逸らされた。


幸運(・・)なことに減衰にも成功したらしく、まるで損耗は生じていない。


(チッ!!! やり辛え!!!)

(幸運の補正を、強引に実力差で埋められてる!!!)


術式と言う最大のブラックボックスが開封された今、中距離戦に拘る道理は無い。クアンは後退るノルンに追い縋り、執拗に攻め立てていく。しかし──


突如としてノルンの身体が黒い穴に飲み込まれ、クアンの視界から消え失せた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「これで、終わりか」


ダイタスは気怠げに問いかける。


「数万年足掻き続けた果てがこれとは、憐れだな?」

「────……」

「何?」


ゆるりとした動作で、アネッテはダイタスに右手の指を突きつけた。


「魔術か…………私は未だ術式の影響下にある。無意味だ」


アネッテは蹲ったまま、顔を上げようとしない。否、上げられなかった。それは精神的な損耗ではない。ただただ首を半ばまで切断されているが故。


「次に考えるとすれば、足元だろう?」

「!!!!」

「気付いていないとでも思ったか?」


アネッテが切り札として考えていた内の一つは、まさにそれであった。


「障壁の上に立っている。つまり、足元は“回避”の制御下に無い……凡人の考えそうなことだ。残念だが“回避”する対象を選ぶだけではなく、選んだ対象以外を全て“回避”している。残念だが、その最後の希望は届かない」

「………………」

「さらに、胸の傷を塞がなかった。それは血を撒くためだろう?」


アネッテは、敢えて血を地面に吸わせていた。その理由とは──


「体液を染み込ませた糸を使い、あらゆる死角から極大の一撃を放つ……今回はノルンも模倣したリエル・レイスの絶技だが、体液そのもので代用・再現しようとするとはな。土壇場での、その発想だけは評価してやろう」


断たれた首の傷が修復され、アネッテに声が戻った。


「…………今思い付いた。その話が本当なら」

「本当なら、どうだ?」


己の術式に対して、絶大な信頼があるのだろう。此方を観察するダイタスの口元は、嘲るように歪んでいた。


互いに根幹術式同士、本来なら互角のはずだというのに。


アネッテは、ダイタスよりも先にその結論に辿り着いていた。


「その話が本当なら、私の勝ちだよ」

「ほう?」

「『私は拒む(ヴァスタルトゥ)』」


私は拒む(ヴァスタルトゥ)』。探知を妨害するスキルであり、主に逃走・隠蔽目的で用いられる。


「??? 何を──」


「するつもりだ」とまで、言葉を紡げなかった。


ッッッッッッバン!!!


いつの間にかアネッテの左手に握られていたスタングレネードから、眩いと表現するのも生温い程の閃光と、耳をつんざく爆音が放たれた。


半機械の身体を有しているアネッテには影響が無いが、ダイタスはそうはいかない。


「ギァァッ……!?」


200dB(デシベル)・120万kd(カンデラ)の暴力を前に、聴覚・視覚は完全に奪われる。


気絶しないだけでも驚嘆に値すると言えた。


当初アネッテは、ダイタスの足元を支える障壁を破砕した後に大地に立たせ、その大地から魔術を放とうと考えていた。しかし、それはダイタスによって否定された。


敵の言葉を馬鹿正直に受け取った訳ではない。追い詰められたアネッテは、その条件も加味した上で効果的な攻撃を放つことに成功したのだ。


此方を見て、此方の声を聞いているという事実。それこそが、光と音を“回避”していない証左だと気付いた。さらに──


「『沙慈』!!!」


基本式数千二百『沙慈』が詠唱され、薄水色の液体が召喚・射出される。


召喚されたそれは液体酸素。白い尾を引きながら襲い掛かる液体は、あらゆる有機物を急激・爆発的に酸化させる。


「チィィッ!!!」


探知と聴力は潰されている。ダイタスは辛うじて感じ取った魔力から、発動される魔術の委細を知った。


放たれた液体酸素の猛威から逃れたい。ただただその一心から、なりふり構わず後ろへ大きく飛び退る。


そう、ダイタスは今なお呼吸をしている。それはつまり、少なくとも空気の大部分を占める窒素・酸素は“回避”していないという証左。


スタングレネードの残弾はまだまだある。


もっともアネッテは、視力・聴力を治癒させる暇など与えるつもりは無いのだが。


しかし──


突如としてダイタスの身体が黒い穴に飲み込まれ、視界から消え失せた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

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