50話 シュラバアル戦④
「完全に減衰するよコイツ〜!!」
手刀を当てたリュデホーンが嘆いているが、皆既にそんな事は痛感している。エメクサの放った花崗岩の弾丸を受けてもなお微動だにしない、その姿を見せられては。
豆鉄砲では効果が無いと判断したエメクサは、懐から手甲を取り出した。
「こっちも、そろそろ良いかい?」
言うが早いか。銀槍がスルリと掲げられ、尋常でない速度でターキュージュに振り下ろされた。
その一撃は凄まじく、足場としていた障壁を食い破り、大地を穿つ。
ドォォォォォン……
「っ……なかなか早ぇな」
「そろそろ殺すよ」
ターキュージュは体を捌いて回避した。否、回避できるよう手心を加えられた。
振り下ろしに比べ、振り上げの速度が緩やか過ぎる。敢えて間合いを取り、回避可能な速さで振り下ろされた銀槍。つまり、遊ばれていた。
「不機嫌なツラするんじゃないよ。魔導士補佐官クラスの実力だって聞いてるよ? ……手を抜いてるのは、そっちだって同じじゃないさ?」
マーヴァニン達はリスクを負う行動をせずに、人数差を武器に安全策を取り続けていた。未知の実力者に対し、それは当然といえる。甚だ心外であった。
ドォッ!!
背後に回り込んだエメクサがセラの脇腹を打ち抜くが、減衰される。まるで痛痒を感じていない。
「アークの旦那が言うには……アタイの強化術の仕上がりは、第四軍団長のスライ・ハントゥと同程度みたいだね」
キィトス国軍第四軍団長 スライ・ハントゥ。強化術のみで魔導士にまで成り上がった豪傑である。その強化された身体は、あらゆる魔術を跳ね除け、あらゆる敵を叩き潰す。単純故に対策が難しい。技巧の『蹂躙』者。
ブォォォンッ!!
銀槍を暴風の如く振り回した。エメクサと、再び距離を詰めようとしていたリュデホーンを牽制する。
「さっさと本気を出したらどうだい?」
「半端な攻撃だと減衰されて終わりみてえだな……どうする? マーヴァニン」
「仕方ないでしょ…………じゃあ、減衰し切れない飽和攻撃で潰す。他から距離を取る事を意識しつつ、各自擦り潰す方向で」
「いや、マジで的確に減衰すんだけどコイツ。勝てんのか?」
「久方振りに、我が邪拳を「ガルファン煩い〜!!」最後まで言わせろっ!!」
………………
…………
……
ターキュージュの攻撃を契機に、戦端は開かれた。
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第六感で感じ取れる魔力圧の、なんと絶対的なことか。
十m程の距離を置き、彼等は数分に渡って対面し続けていた。
「私を前に随分と冷静だな。術式こそ与えられなかったとは言え……流石、世界に選ばれるだけのことはある」
「趣味の悪い、自画自賛だがな」と続ける『無手』の男。そのアーク・シクランを前に、クトゥロー以下五名は警戒態勢を敷いていた。
「世界って言うのは分からないけど……命令だからね」
(こくこく)
実際には、モイフォロとシントタンは、直ぐにでも戦闘に移りたかった。しかし、敵は強大。息を合わせず二人だけで斬り込んだとて、返り討ちは必至。あくまで、リーダーのクトゥローが慎重派である点を考慮したに過ぎなかった。
「あなたが、アーク?」
ローゼが問う。するとアークは両手を広げ、仰々しく言葉を発した。
「そうだ。私がアーク・シクラン。世界の意思を遂行し、世界を救う者だ」
「……滅ぼすの間違いだろ」
シントタンが吐き捨てるように切って捨てる。アークは大袈裟な立ち振る舞いを止め、シントタンに問うた。
「何を以て、そう判断する?」
「現に、街一つ潰しただろうがっ!!!」
「街が滅んだところで、世界は滅ばない。貴様等はそれをクラフターで、身を以って知っている筈だが」
「テメェ、やっぱり隊長の言う通り「世界は、運命と言う名の大河に放たれた船に似ている」
「……あ?」
シントタンを無視し、アークは語る。
「目指すべき場所があると言うのに、その船にはエンジンも帆もオールすらも無い。そして、このままでは目指すべき場所に辿り着くより先に、船は岸に叩き付けられ四散してしまうのだ。ならば、積み荷の重量の加減によって、方向を制御する他に方法は無いだろう」
皆、言葉を失った。それも当然だ。この場に居る全員、アーク以外は運命値など、存在すら知りもしないのだから。
「……つまり、あなたは運命を操作出来るって言いたいの?」
「私を妄想に取り憑かれた狂人とでも思っているのだろうが、これは昔から行われている手法であり、純然たる事実だ。リエルとアネッテも、こうして望む未来を形作っていった。もっとも、ここ二百年は私の掌の上だがな……」
「二百年……」
それは、クラフター大氾濫が起きるより昔。ならば……
「じゃあ、やっぱり、クラフター大氾濫は、お前の仕業なんだな?」
たまらずモイフォロは核心を突きに行った。しかし──
「──残念だが、原因は私ではない」
「……は?」
運命の操作については別として、目の前で街一つ潰した集団の一味がこの局面で嘘を吐く理由が無い。
「アネッテの目指す未来では、本来起こり得なかった事件だ。つまり、私が終着点を変える為に船の軌道を変え、その結果起きたとも言える。その意味では、アネッテも貴様等の隊長も嘘を吐いてはいない」
「だから!! あなたが居なければ!! 氾濫は無かったってことでしょう!?」
「私が軌道を修正しなければ、世界が滅ぶのだがな?」
「ッ……」
無論、その滅ぶ「世界」にはクラフターも含まれる。
「でも、それはあな「私の話が真実ならば……か? 真偽の判断すら出来ないとは、貴様等を高く評価し過ぎたようだな……」
「…………」
「貴様等の街を襲ったのは、牙狼種族長のガルドだ。氾濫当時の牙狼種族長は保守派……ヤツはそれが気に食わなかった。己が族長となり、牙狼種を保守派から改革派へと移行させる為の功績作りとして、貴様等の故郷は踏み台にされた」
意思無き下級の魔物は人を狩り、腹を満たす。人もまた魔物を狩り、時に糧とする。捕食・被食関係にある両者だが、これを良しとしないまでも変える程でもないと考えるのが保守派。人を滅し、魔物こそが絶対捕食者であろうと考え、時代を切り開かんとするのが改革派である。
「僕達の故郷は……婆ちゃんは、そんなことのために殺された?」
「そうだ。しかし私が──」
予備動作も音も無く、アークは瞬時にクトゥローの前にスルリと滑り寄った。
十mの距離を、一mmかの如く。
「──貴様等の願いを叶えてやろう。それが(ギィンッ!!!)……それが、世界の意思だ」
傍らに控えていたラビィが、逆手に握った肉厚のナイフを叩き込んでいた。しかしそれは甲高い音を立てるのみで、アークには届かない。
「ダメ。敵の言葉を真に受けないで」
それは、己以外には久方振りに聞かせる恋人の声。
クトゥローの目に力が戻った。
「どちらにせよ、如何なる返答にも意味は無い。貴様等の願いは成就される。それが、世界の意思だ」
「それは、この場でだよな?」
モイフォロから殺意が迸る。その手には、古めかしい槍が握られていた。
「ふむ……それが師から送られた槍か」
ローゼとシントタンが横に回り、徐々に距離を詰めている。
アークは気にも留めず、空を見上げた。
「残念だが主賓の到着だ。術式を賜る──“念動術式”・“空間術式”」
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