49話 シュラバアル戦③
全てを穿たんと猛進したタンタル杭。それらが黒衣に触れることすら無く、その身体をすり抜け、大地に深々と突き刺さった。
(回避の術式!?)
同時。ソードブレイカーからスルリと自然に黒剣が解放される。
(攻撃を回避するだけじゃない! 任意の対象を、任意の対象からすり抜ける術式!!??)
黒衣が、風で大きく靡いた。
「ぐっ……」
傷口から血が噴き出すのも構わず、突き出された剣を飛び退いて回避する。
(……あれ?)
追撃は無い。これ幸いと、無用の長物と化したソードブレイカーを袖口に仕舞う。
「私に勝てると思うのか?」
「知ってて当然みたいな口振りだけどさ。そもそも、キミの名前も分かんないんだけど?」
「そうか……それなら今はダイタスとでも呼ぶがいい」
それは、遥か昔。逆上したリエルが手にかけた近衛騎士の名。
目の前で最愛の姫の首を斬り飛ばし、絶望の中で殺された男。
(アイツは確実に死んでる。惑わされない)
アネッテは考える。
(アイツは剣でこっちを斬る。斬れるって事は、こっちからも剣に干渉出来るって事。逆に、アイツが回避している間は、こっちに干渉出来ない……?)
つまりその理屈なら、接近戦に持ち込み、回避不可能なカウンターを打ち込めば勝機がある。
(いや……術式は理不尽。もしかすると、その理屈は通らない?)
……アネッテは、良いことを思い付き、思わずその顔に笑みが浮かぶ。
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」
「気が触れたか?」
血が止まらない。流れ出た血でグチュグチュと小気味良い音を立てるブーツに、笑いが込み上がってくる。それは人形の身体故に耐え得るが、一般的な人間であれば昏倒しているであろう出血量だ。そう、万事上手く回っている。
(……いや、やっぱりコレは奥の手にしておくかな。まずはカウンターと、回数制限狙い。その方が、奥の手に信憑性が出るし)
そう、先程迄は術式に頼らず銃弾を回避していた。つまり、無限に“回避”し続けられるのかも定かではないのだ。
右手に手甲を着けたアネッテは、ゆらりと構え、足に力を込めた。
「「………………」」
ドオッ!!!
音の源は、軍靴の底に設えられた穴。そこから大気を召喚し、アネッテは吹き飛ぶように飛び込んだ。万全ではない左手には、召喚付与式自動小銃が握られている。
ギキュッ!!!
着地点に設置した障壁を踏むと、靴底のゴムと血が愉快な音を奏でる。
「シッ!!」
右手を突き出し、それは喉をすり抜けた。次は目を。頭部を。あらゆる急所を狙うものの、全て“回避”される。
ダイタスが黒剣を振りかぶる。
ガガガガガガガガガガガガガ!!!
小脇に構えた銃。発射される膨大な数のその弾丸は、的確に黒剣をすり抜け続けた。
「大方、“回避”と攻撃が同時に行えないと考えたのだろうが……」
弾丸は今なお発射され続け、アネッテの徒手空拳は急所を打ち据え続けている。ダイタスの身体も、剣も、“回避”の最中にあった。
だというのに。
「この術式に隙は無い」
(ああ……──仕方無いか)
「回数制限すら存在しない」
ヒュパッ
狙いは、首。
威力を減衰したため、切断までには至らなかった。
しかし血は迸る。
アネッテは崩れ落ちた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「アタイの名前はセラってんだ。アンタ達は?」
銀槍を担いだ女。セラは問うた。
「意図が分からないから、全員答えないで」
「つまんない男だねぇアンタ……まさか、童貞かい?」
「それと、大規模な術は禁止。言わなくても分かってると思うけど」
マーヴァニンが質問をバッサリと斬って捨てると、セラは呆れたように首を傾げた。
ターキュージュとリュデホーンは手甲を装備し、セラの前に歩み寄ろうとしていた。
エメクサとマーヴァニンの手には、既に召喚付与式自動小銃が握られている。マーヴァニンはその場に留まり、エメクサは距離こそ詰めはしないが、弧を描くようにジリジリと、セラの真横に移動する。
ガルファンは敢えて、敵にバレる事なく詠唱出来る心中詠唱をせず、成り行きを見ていた。この心中詠唱だが、その代償として威力が若干減衰する。故に、それを是としないガルファンは、ターキュージュの動きを食い入るように見つめていた。
「時間くらい、稼がせてやろうかと思ったんだけどねぇ……『強化術』」
「『金剛』」
「『身体強化〜!』」
セラが『強化術』を使う。それにターキュージュが基本色数五千の身体強化魔術『金剛』で、リュデホーンがスキルでそれぞれ応じた。
「へえ? アンタ、『金剛』を一発で詠唱すんのかい。やるじゃないさ」
「そんだけ余裕な態度で『強化術』を使う奴に褒められてもな」
「そりゃあ、アタイの方が上手さ。当然だろう?」
………………
「よし、マーヴァニン。準備いいよな?」
「オッケー」
二人の足が、あと数歩でセラの間合いに入るというところで止まる。
「?? かかってこないのかい?」
クアンが戦っている少年の可能性もあるが、恐らくは『無手』の男がアークだろう。クアンとアネッテが戦いにケリをつけたとしても、魔導士を圧倒するであろう相手を前に、二人がすぐさま此方に救援が来るとは考え難い。
とは言え、時間稼ぎには意味がある。魔導士二人と、その二人が護衛する程のVIPが攻撃されたのだ。本国から救援が来る可能性は充分にある。
「じゃあ、やるかぁ……リュデホーン」
「俺はもう準備できてるって〜」
「ブレねえな、オメー」
ターキュージュの足元に、小さな障壁が展開される。それは脆弱な地面を踏み抜かないための補強であり、荒地に足を取られないようにするための滑り止めであり──
ダァンッ!!
──開戦の合図でもあった。
「ハァッ!!」
目にも留まらぬ速さで間合いに踏み込んだターキュージュは、真正面から小細工の無い打撃を見舞った。当たるはずもない愚直な攻撃は、当然の如くバックステップで躱される。
「その攻撃は躱すとするかね」
「……なるほどな」
「澱みを湛えた黒き頂。響け慟哭。注げ灰塵。恐れ、讃えよ、言祝げ!!──
ガルファンが神聖魔法を詠唱し、リュデホーンはエメクサの火線を潰さない位置に回り込みながら、セラへ手刀を放った。
──世界の柱、その片割れが降誕する!!」
ガガガガガガガッ!!
ガルファンの詠唱が完了する間際。真横に陣取っていたエメクサが、セラ本体ではなくその後方に弾をばら撒いた。ターキュージュの連撃に際し、敵の行動範囲の制限という狙いがあったが、それ以上にリュデホーンへのフレンドリーファイアを警戒したが故の行動である。
「魔法膠着!! 『暴虐の萌芽』!!!」
魔法膠着。つまり、いつでも発動できるように待機状態に置いた。
「ふん……」
リュデホーンの手刀を涼しげな顔で受けながら、続けざまに放たれたターキュージュの攻撃を躱すべく、セラは躊躇なく後ろに──弾丸の嵐の中へ一歩を踏み出した。