48話 シュラバアル戦②
「『命城』」
武器で弾き落とさず、かと言って魔術やスキルで対応するでもなく、純粋な身体強化のみで銃弾の猛威を回避し続けていた『黒剣』。しかし、然しもの彼女もこれらを同時に回避することは出来ないと判断したのか、基本色数四百『命城』により召喚された力場の塊にてこれを防いだ。アネッテへの歩みは止められ、僅かに数瞬、その場に縫い付けられる。
バキャッ! ガガガガッ! ドォッ! ドガッ! ガガガガッ!
弾丸と岩が、力場によって阻まれた。
少しずつ前進していた『黒剣』だが、アネッテが平行に移動すれば、状況は再び始点に戻る…………ように思われたが、答えは否。既に状況は大きく変わらんとしている。
(今っ!!)
ッドン!!
未だ、牽制のために召喚付与式自動小銃は弾丸を吐き出し続けている。そこは先程と同様。しかし、アネッテの間合いの取り方に違いがあった。
(前へ!!)
そう、前へ。『黒剣』に向かい、大きく飛び込む。
本来ならば、敵が己の身を守るべくして設置した力場の塊を、逆に利用する。こうしてアネッテは、安全に“精神術式”の射程に踏み込んだ。
「“精神術式”を使う!!! そこに伏せろ!!!」
アネッテはトリガーから指を離した。発動の距離的条件さえクリアーしてしまえば、後はどうとでもなる。望めば望むだけの記憶が読め、心の声は流れ込み、命令は確実に受諾され遂行されるのだから。
……そのはずだった。
『黒剣』の膝が力を失い、数歩つんのめった後、前のめりに倒れる。その間際……
「……変わらないな。貴様は」
『黒剣』が、くぐもった声で小さく呟いた。
力場の塊が解除される。
ヒュパッ……
「油断」
一閃。
「え?」
その女は、踏み止まっていた。
地面に伏してなどいない。
剣は振り抜かれていた。
ゴトッ……
一拍遅れて、アネッテの左手が、構えていた召喚付与式自動小銃と共に地面に落ちる。
(強化術の付与で耐久を引き上げたケルベム鋼の骨格を、こんなに軽く!?)
「私を傀儡にし、当座凌ぎの戦力にでもしようとしたのだろうが……貴様は“精神術式”を過信し過ぎた。周囲への影響を考慮し、大規模殲滅魔法が使えないなりの一手だったのだろうが、お得意の飽和攻撃の方がまだ勝ちの目はあった」
しかし、アネッテの硬直もまた数秒。
(……こんなところで、死ねない)
伊達に、幾度となくリンプファーに叩きのめされてきた訳ではない。
(死ぬなら、あの二人のために!!!)
先端を消失した左腕を突き出し、叫ぶ。
「『礫「幻滅だな」
ヒュパッ……
さらに、一閃。だが──
「『礫柱』!!!」
「ふむ」
袈裟斬りにされたアネッテだったが、執念で魔術を発動させる。とは言え、その目的は攻撃ではない。『召喚先に何かしらの物質が存在する場合、それを影響が出ない形で押し除けた上で召喚される』というルールを利用し、距離を取った。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
両者の間には、十mの細い石柱が横たわっていた。お互いに押し退けられた形ではあるが『影響が出ない形で押し退けられる』都合上、これによっての損耗は無い。
「咄嗟の判断としては、悪くない。私に術式が通用しない……つまり、未知の術式を使う敵だと判断し、攻撃よりも距離を選んだか。もっとも、攻撃にせよ距離にせよ、回避は出来たのだがな」
アネッテは傷の具合を確認した。
(痛覚はOFFにしてる。フェイクの内臓が幾つか潰されただけ。コアは無事。左手は直ぐに生やせる。血は……止めないでおくかな。大丈夫。伊達に人間辞めてない)
右腕に意識を集中する。
「だからこそ、初動が悪手だった。アークの部下なのであれば、術式を分け与えられている。そこを想定すべきだった」
切断面から五本のケルベム鋼ワイヤーが伸びると同時、ボコボコと肉が盛り上がり、手の形を形成した。胸部の傷は戦闘行動に影響を及ぼす程ではないため、この場では放置とした。
「“代償術式”で最高の強化術を纏っていたようだが、それだけでは仕上がりとしては五十点だ。的確に威力を減衰しなければ、優れた魔武具の前には紙切れ同然。油断が過ぎたな」
「……随分とお喋りなんだね」
「当然だろう? 五百年振りに、戦友と会ったのだから。さて──」
手を握り、開く。万全とは言い難いものの、絶望する程ではない。
「──治療は十分か?」
『黒剣』の足元に、防御術による障壁が展開された。一定以上の術者が本気で戦うとなると、防御術を歩法に利用するようになる。
(来る!!)
凶刃が迫る直前。アネッテは袖口から、返しが付いた刃が櫛状に並ぶ剣……ソードブレイカーを取り出した。本来ならば刃と刃の間で相手の剣を受け止め、圧し折る武器なのだが、そう上手くはいかないだろう。今回は、剣を縫い止める役割だと割り切ることとした。
「む!?」
ギィンッ!!
果たして狙い通り、リンプファーの作り上げたソードブレイカーは『黒剣』に切断されることなく、その剣を縫い止めた。さらに、アネッテはここで手首をクルリと返し、剣を完全に固定する。そして基本色数八百『執華』を発動した。
「『執華』!!!」
「!?」
『黒剣』が魔術・魔法・スキルで対応しようとも、それより『執華』が届く方が早い。
この瞬間、いつでも距離を取れるよう脚に力を込めながら、アネッテは『黒剣』に対して二つの選択肢のどちらかを選ぶよう強要したのだ。
即ち「①剣を手放し回避する」か「②魔術・魔法・スキルよりも発動が早い“術式”に頼る」かである。前者ならば、単純に敵の武器を奪うだけでなく、後にリンプファーに解析させることによって何かしらの情報を得られる可能性がある。後者の場合はリスクこそあるが、不利な状況で未知の“術式”を放たれるよりは遥かにマシであるし、アネッテは既に回避の準備も整っている。
「キミみたいな戦友、記憶に無いけどね!!」
基本色数八百『執華』によって杭の形に召喚された数千℃のタンタル。その数二十本が、敵を食い破らんと突進する。それらを前に『黒剣』は後者を選択した。
「“回避術式”を捧ぐ」