47話 シュラバアル戦①
正面。倒れた杭を押し除けながら、先程の少年が平然と立ち上がった。
後方。細身の黒剣を肩に担いだ女性が。
右。白銀の槍を携えた女が歩み寄って来た。仮面から僅かに露出された口元には、獰猛な笑みが形作られている。
左。無手の黒衣が、ゆっくりとした足取りで近付いて来る。三人とは違う。顔を完全に隠す仮面を身に付けていた。
「あのガキ、何で無事なんだよ……!?」
ターキュージュの嘆きが聞こえる。常識で考えるならば、確かにその通りである。
全範囲であるが故に諸刃の剣ではあるが、膨大な大気による圧殺攻撃の殺傷性は誰もが認めるところ。キィトス国内の自爆テロにも利用されるほどである。さらに言えば、あの少年に防御が間に合ったとも思えない。
「クアン、どうする?」
指示を仰ぐマーヴァニンだが、その顔には絶念の色が見える。
それもそのはず、未だ距離があると言うのに、彼等一人一人から伝わる魔力の圧は、探知を使っていないクアンでさえ分かるのだ。探知を使っているマーヴァニンには、それ以上のものが見えているのだろう。
「……あのガキは俺がやる」
正面で呑気に埃を払っている少年は、自身でしか対応出来ないだろうと確信していた。
「マーヴァニン達は、『槍』と戦え」
「承知」
「「おぅ」」
「りょ〜か〜い」
「分かった」
見たところ、搦手を使うタイプには見えない。彼等の実力ならば喰い下がれるだろう。
「クトゥロー達は、『無手』の相手をしろ。確定じゃねえけど、アイツがアークだ。無理はするな。時間を稼ぐだけで良い。俺がガキを秒殺して駆け付ける」
(コクコク)
「「あざっす」」
「分かりました」
戦う気力が薄いのか、『無手』は歩む速度を上げようともしない。時間稼ぎならば望むところ。最も実力の低いクラフター組をぶつける。
「後方の『黒剣』はどうするんですか?」
「落ち着けクトゥロー、あのバカはな、なんだかんだで甘ぇんだよ」
「は??」
「ほら……来たぞ」
ふわり……と、彼女は羽ばたくように戦場に降り立った。
「遅えよ。それと、リエルは来ねえんだな?」
「?? 護衛対象がいるって言ってたでしょ。逃げてるよ」
「一体、何者なんだよ。その護衛対象はよ……」
キィトス国軍第十軍団長 アネッテ・ヘーグバリがそこに居た。
「どれをやればいい?」
「『黒剣』を頼む」
「オッケー」
距離的優位を得るつもりか、アネッテは袖口から召喚付与式自動小銃を取り出した。
「……戦闘開始」
なんとも呆気なく、火蓋は切って落とされた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「『身体強化』」
準備を終えたクアンは『ヘカトンⅣ』に付与された召喚術を起動し、その猛威をばら撒いた。
チャチャチャチャチャチャチャチャチャチャッ!!!
今回は問題無く、続々と次弾が装填され続ける。
(やっぱ、相手に干渉するタイプの術式だったか)
『ヘカトンⅣ』。音速の二倍で12.7mm弾を完全無反動かつ、1000発/分でぶち込み、さらに射出から弾着まで一切の音を発さないというコンセプトで作られた、トンデモ汎用機関銃である。棍棒としても使えるあたり、完全にリンプファーの悪ふざけで誕生した魔武具と言える。
(あっちの強化も、速度と攻撃重視か)
黒衣の少年は危なげなくそれを避け、いつの間にか握られていたナイフで弾きながらも徐々に距離を詰める。そして──
ドンッ!!
一気に此方に跳躍する!!!
(……早い! だが焦ったな!?)
そう、彼我の間には未だ距離があった。このままでは、クアンに辿り着くよりも先に、『ヘカトンⅣ』の銃口が少年を喰い千切るだろう。
(間に合った!!)
もっとも、そうは問屋が卸さないが。
銃口が向けられる直前、それは発せられた。
「……『雷涙』」
「!? 『衝打』!!」
ッッッッッガァン!!!
放たれた基本色数四十『雷涙』は、先程クアンが立っていた地面を貫いた。半身をズラし、紙一重で避けはしたが、衝撃で派手に土埃が舞い、敵を見失う。遠距離攻撃は胴体を狙うのがセオリーなのだが、これは足下に着弾した。この事から、可能ならば足を。次点で視界を塞ぐのが目的だったのだと分かる。
少年が馬鹿正直に直線運動をしたならば、まさに体が有るであろう位置に魔術を叩き込んだが、『雷涙』の発動と同時に飛び退いたのだろう。手応えは無かった。
(……チッ!! こうなると、時間稼ぎか)
いつまでも同じ場所に立っていれば、良い的である。すぐさま大きく後ろに飛び退き、探知スキルを発動する。
「『感受する』」
何故、クアンは時間稼ぎと断ずるのか? それは、このレベル・状況に於いて、視界の有無は勝敗に帰結しないためだ。
お互いに探知を使うだけで解決してしまうのだ。それは即ち有視界に等しい。
ならばと探知を妨害したとて、自身が発動する探知も妨害されてしまう。そして、此方から見えないという事は、彼方からも見えないという事。状況が膠着するだけである。
周辺でも戦闘が行われている以上、音は頼りにならない。
糸を張り巡らせてもいない。
極大の魔術を解き放とうとしても、溢れる余剰魔力でその狙いは見抜かれてしまう。むしろ、居場所まで知らせてしまう。
果たして、探知スキル『感受する』は、妨害スキルによって意味を為さなかった。これで、互いに互いの姿を見失ったという事になる。
(マジで時間稼ぎか。付き合ってられねえ……!!)
クトゥロー達の相手は、恐らく魔導士をも圧倒すると言う化け物だ。未だ戦闘は行われていないようだが、猶予は無い。
基本色数四十程度の魔術であれば、土埃の範囲はそこまで広くはない筈である。クアンは極力音を立てぬよう、慎重に脱出を図る。
刹那。
ズガンッ!!!
「…………あん?」
手で触れ、漸く理解した。
クアンの眉間に、少年のナイフが突き刺さっている。
(……有り得ない)
『身体強化』は、速度・攻撃・耐久の中から、いずれか二つを大幅に強化するスキルだ。今回、確かにクアンは耐久を切り捨て、他二つを強化していた。とは言え、それでも多少なり耐久は強化されている。打撃・斬撃を始めとしたあらゆる攻撃を減衰させ、投げナイフ程度なら耐えられたはずだったのだが……
(リンプファーの落とし子? いや、そもそも、俺の居場所を正確に……)
脳にまで達したそのナイフは、人ひとりの人生を終わらせるには充分過ぎる。
クアンは、その場に倒れ伏した。
一つの戦いが、ここで終焉を迎え──
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
その一方で、アネッテはアウトレンジからの一方的な蹂躙を敢行していた。
ガガガガガガガガガガガガガッ!
キィトス国軍正式兵装の看板は伊達ではない。『黒剣』は銃弾の猛威から逃れるべく、回避行動を余儀無くされていた。それだけでは決め手に欠けると判断したアネッテは、更なる一手を打つ。
(やっぱり、速度と攻撃重視の『強化』。じわじわ距離詰めてきてるし、いい感じかな)
本来、距離を詰められたなら、その分後方に下がれば良い……のだが、この状況では、他人の戦闘に巻き込まれる。それは面白くない。
何より、アネッテの狙いは別にある。
「『劣銛』!!」
その兵装の素晴らしきは、なにも威力と連射性能だけではない。魔力こそ消耗するものの、トリガーを引きさえすれば、装填・射出を全自動で行ってくれるのだ。そのおかげで、制圧射撃をしつつ、このように魔術を放つ事も出来る。
放たれた基本色数四百の『劣銛』は、大量の鋭い岩を召喚し、相手に叩き付ける魔術である。直撃も当然有効なのだが、歪な形状の岩が掠った際に生まれる擦り傷は、刃物よりも強い痛みを与える。
さらに、今回召喚された岩は純粋な岩石ではない。微細な二酸化ケイ素を纏い、殺傷力を引き上げてある。