46話 三一八小隊④
「接敵ッ!!!」
「三ツ眼の魔物、飛び、畝り、渓谷に蔓延る者。三十の瞳、二十の槍、白の救済者は捻魂しく笑うがいい!!!」
クアンを先頭に、ターキュージュとリュデホーンが続いた。マーヴァニンは改めて周辺を探知し、ガルファンは既に神聖魔法の詠唱を終えんとしている。エメクサは二人を護衛する位置に陣取った。
クラフター組は多角的に展開し、逃走を防ぐ腹積もりか。一斉に防御術を発動し、退路を物理的に塞がんとする。
『奴霊の槍』!!!
ガルファンが神聖魔法『奴霊の槍』を──
クアンは袖口から『リンプファーの落とし子』最高傑作の一つ、トンデモ汎用機関銃『ヘカトンⅣ』を引き出すと、腰だめに構え、付与された召喚術を起動し──
ターキュージュとリュデホーンは、背負っていた召喚付与式自動小銃を構え、付与された召喚術を起動し──
──放とうとしたが、全てが不発に終わった。
「「「「……は?」」」」
有り得なくは無い。
理論上は、起こり得る。
神聖魔法は、極々々々々低確率で、世界との接続を仕損じる。つまり、スカる。
クアンの武器『ヘカトンⅣ』は、見た目こそスナイパーライフルだが、付与された気体系の召喚術を用いて、異空間から直接装填される銃弾を、完全無音・無反動で1000発/分打ち込むうえ狙撃まで可能という、全距離対応トンデモ汎用機関銃である。しかし、この付与された召喚術。極々々々々々々稀に、起動に失敗する事がある。
ターキュージュとリュデホーンの召喚付与式自動小銃は、規定の銃弾ではなく、召喚された石片・鉄球を銃弾とし、付与された気体系の召喚術を利用し900発/分で破壊を振り撒く。しかしこれもまた召喚術の性質上、極々々々々々々稀に、起動に失敗する事がある。
運悪く、天文学的な確率で以って、それらが全て同時に発生した。
(そうか、コイツ……術式か!!!)
クアンは、クアンだけは、全てのカラクリを理解した。
己一人で戦うべきだったとも。
だが、全ては遅きに失した。
黒衣の……口元から判断するに、少年だろうか? その身体から、強大な魔力が迸る。
心中詠唱でひた隠していた呪文の正体。その一端が垣間見えた。
(気体の大規模召喚術!!! コイツ、街諸共消し飛ばすつもりか──!?)
大きく息を吸い込み……
「気体の召喚術だ!! 円陣急げッ!!!」
自身を中心に全力で障壁を展開する他に、生存の道は無い。
(問題無い!! 外壁の杭は全て地中で繋がってる! 壁になる!!)
総員、クアンを中心に円を描いた。
『城壁!!!』
スキルを発動し、全員がそれを補強する。敵の動きを考慮する必要は無い。どの道、ここで防御姿勢を取らなければ、皆等しく死ぬしかないのだから。
そう、したがって──
大規模召喚術が発動された。
──術者の少年の命は、ここで潰える。
ドォッ!!!!!!!!!
白の暴虐が、視界を塗り潰した。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
本来ならば衝撃だけにとどまらず、爆音や光すらも遮断する事が出来る筈の“防御術式”だったが……
(俺じゃ、この程度が限界か。音響・光学系の攻撃だったら終わってたな……)
単純物理攻撃であったが故に、危なげなく防ぎきった。
「ぐ……う……っ」
しかし、負荷が大きい。今の状態でリョウの身体を乗っ取れば、こうなることなど分かっていたが。
「アネッテ……!! 多分アークは、お前に、危害を、加え、られない。そこの、補佐官の記憶を、消したら……クアンの援護に、向かえ……」
「わ、分かった!!」
アークの論を信じるならば、アネッテは世界に必要であるらしい。そして、アネッテの運命値は極大。生死の結果でしか運命に干渉出来ない、十把一絡げの雑魚共とは違う。その行動一つ一つが、運命を左右するレベルなのだ。この手合いが立ちはだかるのなら、アークにとって脅威となり得る筈である。
頭を抱えて蹲る補佐官に対して、すぐさまアネッテは記憶の一部消去を行なった。
オマケでしか無いが、補佐官には、この身がリンプファーと呼ばれる瞬間を耳にされた。殺す必要までは無いものの、記憶も消さずに放逐するには危険すぎた。
「リエルは、カシュナと、一緒に兄弟を……守れ!」
「リョウさんは……」
「直ぐに、起きる。それまでだ」
肉体から精神が剥がされていくのを感じる。依代であるリョウの精神に、多大な負荷がかかっている証拠だ。
(安全地帯も作らずに投げ出しちまった。廃人になる程じゃねえだろうが……)
「“空間術式”を……起動する!!」
空間に黒い穴が現れる。
「シャーミに、繋がってる……連れて行け……」
リンプファーの意識は、ここで限界を迎えた。弛緩し、崩れ落ちる身体を、リエルが慌てて抱きかかえる。
「じゃあ、リエル。リョウくんを頼んだよ!」
「はいっ!」
「“代償術式”を使う!!」
アネッテはリョウの身体を一瞥すると、窓から身を翻す。基本色数五百『虚力』により召び出された重力は、アネッテを空へと弾き飛ばす。
リエルはリョウの身体を背負い、空間の向こう側へ。
ただ一人、前後の記憶も無い補佐官は、その場で呆然とするのみであった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
外壁の杭は、一部倒れてはいるものの、未だ概ね健在と言えた。
「し、死ぬかと思ったぁー……」
「隊長居なかったら、普通に死んでたなコレ」
(コクコクコク!!)×2
「油断すんな。まだ生きてるかもしれねえんだからよ」
モイフォロとシントタンが軽口を交わし、クトゥローとラビィが強く頷いた。それをエメクサが諫める。未だ障壁の中に居るうえ、仲間が密集している現状では、油断するのも仕方がないが……
「『城壁』を解除する。同時にマーヴァニンは探知を頼む」
「分かった」
(危ねえー……)
努めて平然と振る舞ってはいたが、クアンの内心もまた、モイフォロと同様であった。本来ならば、全方位からの衝撃波に対して発動するべきなのは、圧力に強い球体型の障壁である。しかし、今回は人数を考慮すると直方体の障壁を展開せざるを得なかった。
『城壁』が解除される。
探知など、使わせるまでもなかった。
タイミングを見計らったようにそれは現れる。
「前後左右に敵!! 数は合わせて四!! 囲まれてる!!」