44話 三一八小隊③
「マーヴァニン、どの辺まで探知してる?」
「リュデホーンの探知限界から外側。藪の終わりまで」
「クアン! 俺はね〜!「そりゃ凄えな黙ってろ」うわあん!!」
普段は閉口するバカさも、こんな時には頼もしい。踏んできた場数と、それに裏付けられた自信もあるのだろうか。最古参組からは余裕すら感じ取れる。
「マーヴァニン、次の探知交代要員俺とエメクサで行く」
「分かった」
「んでガルファンは……白目剥いてんな。クラフター組は気張り過ぎだぞ。深呼吸しとけ」
殺気を漲らせている五人組に対し、ターキュージュが配慮の言葉を送っていた。彼方のフォローは任せても良いだろうと判断したクアンは、探査を再開しながら言葉を発した。
「新しい情報も出揃った所で──」
………………
…………
……
各ポイント地点名、大雑把な動きの擦り合わせが終わり少し経った頃、通信用魔具が二回だけコールされた。これは事前に打ち合わせていた合図であり、ライシンサとの対面を意味する。
(予定より早いな。いや、それよりも直接会話しない理由は、恐らく警護対象に聞かれない為。なら、その対象は誰だ……)
殺して良い手合いならば敵味方関係無く殺すだろうし、殺してはならない敵ならばライシンサと同様に奴隷にするだろう。
「アネッテがこれからライシンサと対面する!! 何かあるとすればこのタイミングだろう。気を引き締めていけ!!」
「「「「「応っ!!」」」」」
(つまり、殺してはならない味方……? なら通信を聞かれても良い筈。まさか、アネッテとリエルが反目し合って……?)
仮に自分一人ならば、どちらか片方を敵に回しても生き残る自信はある。戦い方によっては勝利も視野に入るだろう。しかし、クアンには大事な部下が居る。彼等を人質に取られてしまえば……
「……ん?」
クラフター大氾濫に関与していると聞かされれば、再び同じ手を使う可能性は排除し切れない。そう考えたクアンは中近距離を部下に任せ、外壁を探査していた。領主に見捨てられていたクラフターと違い、シュラバアルの外壁は魔物の単純な力押しでは突破出来ない。魔物を操り自身は姿を隠すのならば、先ずは外壁に何かを仕掛け、その深さ三mとも言われるジルコニア杭をどうにかしようとするだろう。
(根元がケルベムのロープで繋がってる杭を、乗り越える以外に……)
北東・南東・南西・北西の順でズームアップしながら探査していたクアンだったが、運悪く最後の北西部で漸く不審な影を発見した。
(……何だコイツ?)
本来ならば、外壁部に近寄ろうものなら巡回中の兵士に取り押さえられる筈である。だがその黒衣の人間は怯える素振りも無く、杭の間で俯きながら糸状の何かの束を手にジッとしていた。
「マーヴァニン、外壁の北西部を探知。全力!」
「分かった」
探査ではなく探知ならば、視覚と比べ多くの情報が手に入る。
各々、唯ならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。命令せずとも出撃準備を始めていた。
(黒衣。そう、黒衣。アークも黒衣を纏っていると言ってなかったか)
クアンはソレを真上から見下ろしていた。すると──
「────ッ!!!!!」
──ソレが、顔の上半分を隠す仮面を着けたソレが此方を見上げ、ニヤリと笑って見せた。
「クアン!!!! 探知妨害!! 藪から先に伸ばせない!!!」
「出撃ッ!!! 目標外壁北西部!! 急げ!!」
(糸…………まさか!? リエルと同じ──!!!)
クアンは通信用魔具を手に取り、アネッテとリエルに信号を飛ばした。
「──強制通信!! 全範囲攻撃! 来るぞ!!」
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リョウは大使館にて、柔らかなソファに座って寛いでいた。
「良いソファだなぁ」
「はいっ。生地も柔らかいですね」
アネッテはライシンサと共に何処かへ向かって行った。今この部屋にはリョウとリエル、それにライシンサの補佐官が一人居るのみである。
目の前には普通のサンドイッチ(に見える物)と普通のショートケーキ(に見える物)と紅茶(これは多分大丈夫)が並んでいた。
「このサンドイッチのハム、不思議な感じがする」
「…………美味しくないですか?」
補佐官の顔色がみるみるうちに青くなっていく。軽率な発言をしてしまったリョウは、慌てて訂正を述べた。
「いや、美味しい美味しい!! ただ……記憶は無いけど初めて食べるような気がして」
美味しいことは美味しい……のだが、見た目は普通のペラペラハムだというのに味は蟹なのだ。脳の処理が追い付かない。
「蟹型魔物でしょうか……この辺りですと、水棲の魔物肉は高級品だったと思います」
説明を求められた補佐官は今一度背筋を伸ばし、快活に答えた。
「ハッ! その通りであります!! ショートケーキはイチゴ型魔物に牛型魔物のクリームを素材としておりますっ!!」
「……なるほど」
(なんでもかんでも魔物って付ければ良いと思うなよ)
《俺に言われてもっ……》
リエルが甲斐甲斐しくもショートケーキをフォークで掬い、リョウの口元へと運んでいる。
「美味しいですか?」
「ああ美味しいなぁ。リエルに食べさせて貰ってるからかなあ(棒)」
それは見た目と味が乖離しておらず、実際美味しかった。魔物だと知らなければもっと美味しく頂けたのだろうが……
「もう……でしたら、もう一口──」
ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!
「──え?」
最愛の女性の声は最悪の知らせによって中断される。
『強制通信!! 全範囲攻撃! 来るぞ!!』
誰よりも迅速に、的確に動いたのはリンプファーだった。
《悪りぃ兄弟。身体借りるぞ!》
「は!? 借りっ……あ゛あ゛っ……」
リョウの意識は刈り取られ、何処か深い場所へ沈む。
(何だ……ここ……)
そこは、砂漠。
遥か遠く、巨大な扉が見える。
………………
…………
……
突如、右腕が汚泥と化し、溶け落ちた。
再び意識は刈り取られ……
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シュラバアル大使館 執務室
アネッテはライシンサと一対一で対話…………否、命令していた。
「以下の命令を遵守して」
「承知しました」
「これから私とリエルの命令には全て従うこと……いいね」
「承知しました」
「アーク・シクラン及びその仲間からの一切の命令、懇願に対応しないで」
「承知しました」
「私とリエルとリョウくんとリンプファーと……クアンもだね。これらの人間及びその仲間の不利益になる事はしないで」
「承知しました」
「勝手に死なないで。死にそうになったら何を犠牲にしても逃げて」
「承知しました」
“精神術式”は問題無く発動し、ライシンサに絶対遵守の命令を打ち込んだ。
「……ふぅ。いや、まだ足りないか」
アネッテは袖口から一振りの剣を取り出し、ライシンサに手渡した。
「これはリンプファーの落とし子。切先にノータイムでタングステン合金を召喚出来る。射程は二十m。“空間術式”も“譲渡”してあるから、相手の体を貫通した状態で召喚して殺せる」
「承知しました」
漸く、漸く本当の意味で人心地ついた。
(リエルとリョウくんの所に行……お邪魔か。でもコイツと二人きりってのも……)
精神に大量の命令を書き込んだ反動か、ライシンサは虚な目をしている。この状態では会話も覚束ない。
(……戻るかな)
すっくと立ち上がったアネッテの懐から、コール音が三度鳴り響いた。
「──え?」
『強制通信!! 全範囲攻撃! 来るぞ!!』
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